黒の幼女(仮)

 黒いスーツの上下に黒いサングラス、黒いフェドーラ帽の少女が何も塗らない食パンを頬張りながら小さな島の小さな町を見て回っていた。

 小さな集落のみならず、わざわざ小さな港まで戻り歩き回って彼女は呟いた。

「異様だ」

 少女は経過しながらゆっくりと周りを見渡し、サングラスの下の眼を細めた。

 書類上は一〇〇〇人に満たない離島でありながら、最低限の生活が島内で全て賄える程充実している。

 通常、このような田舎はその諸々の理由で若者が減り、老人がゾンビの如く徘徊する寂れた寒村に成り果てているのが常だ。

 しかし、この島は子供から老人まで人口に偏りがなく、恐らく日本全体の人口ピラミッドよりも安定した形をしているようにみえた。

 つまり、病的なまでに健全すぎるのだ。

 そして何より、少女に危機感を抱かせたのは、常人の目には見えない集落全体を包む濃くも名状し難き瘴気だった。

「発生源はアレか?」

 そう言うと少女は何の変哲も無い民家へと近づいた。

 その視線の先にあるのは、家紋のような印の描かれた提灯。

 常人の目には見えないが、家々の軒先に吊るされたそれからゆっくりと瘴気がたちこめ、それが集落全体、時間経過ではより多くを包み込む可能性すらあった。

 だが、今はその瘴気の正体すらわからない。

 少女はまずはそこから確かめようと提灯に手を伸ばした。

「こらぁっ!糞餓鬼何してんだっ!!」

 怒声と共に少女へ屈強な男の容赦ない拳が迫る。

 しかし、その拳は少女の手によって阻まれた。

「つっ!?」

 男は小さな少女ごときに己の拳が捕まれた事、その万力の如き力強さに驚愕の声を上げた。

「失礼。珍しかったのつい。悪さをするつもりはないんだ」

 少女はそう言いながらパッと男の拳を解放すると、騒ぎにならないよう逃げるようにその場を去った。

「(宿があるか調べるのを忘れたのが痛かったな……)」

 今までホテルどころか民宿すら一件も見当たらず、これほどまでにあからさまなほどに排他的な島で親切に部屋を貸してくれる人が現れるとも思えず、彼女は野宿を覚悟した。


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