煮三鳥居島商店街(全1.5店舗)

 朝、というには少々遅い時間。

 英人は「島を案内します!」と迫る女性二人の猛攻をのらりくらりと回避しながら、軽い朝食を掻き込むと逃げるように鈴藤家を後にした。

 彼も男だ。女性二人からちやほやされる事は嬉しくもあったが、それが自分と近しい血縁で尚且つ結婚し、家を継がせようという魂胆であると知れば、二〇そこそこの彼にとっては重過ぎる話であった。

 そんな軽々に扱えない問題とそれ以外の理由に頭を痛めながら彼は気晴らし、暇つぶしがてら島を見て歩いた。

 と言っても、島の大部分は深い木々に覆われた険しい山。

 気軽に歩いて回れるような土地は、店や役場、何故か笛や太鼓の音が聞こえる集会所、民家が集中した集落周辺、外れには田畑、そこから少し離れた島の中心部にあるお寺くらいものだった。

 小さいながらも農工商、大体の物はそろってはいるが、本土から離れ今のような季節は船の行き来すら事欠く僻地。

 島民同士支えあい日常生活に必要な物は大体島内で賄えるになっているのだろうと英人は納得した。

 実際、島民は老いも若いも英人に親しげに挨拶をかけ、道に迷い何か探し物があれば島民側から声をかけ助けてもらっていた。

 英人は最初、不審者への対応の一つなのかとも勘繰ったが、それとなく聞いてみれば小さな島で助け合うのは当然の事だと言う者もいれば、鈴藤家の人だろと小さな島ゆえか英人の事情を知っている者までいたが、どちらにせよ裏表無しに彼に親切にしてくれているのはたしかだった。

「田舎らしい人の温かさか、それとも監視社会と言うべきか……」

 ひねた感想を抱きながら英人は集落の中心部、島役場に設置された昭和の香りが漂う朽ちかけた観光地図を見つけた。

 それには山の中に展望台や古い神社もあるようだったが、そちらの方向を眺めても木々が鬱蒼と茂り、今も無事に残っているのか不安と意地悪な興味が湧いてくるのみ。

 ふとこの島に来る一因であった大学の卒論のネタという建前を思い出し、暇そうな所員に資料館に該当する物を聞いてみたが、あったのは役場の片隅に忘れ去られたかのような小さなコーナーのみ。

 それも簡単なこの島の歴史と現在の主要産業等の情報程度。

 一応、弘法大使伝説や縄文期以前の遺物の出土等、面白そうな逸話もあったのだが、如何せん資料が少なすぎたのだ。

 小さな役場無いを見渡してもそれを担当していそうな部署どころか、観光関連の部署やコーナーすらない。

 熱が冷め切っているとはいえ一応民俗学を専攻し、歴史を齧った英人に言わせれば、この島の人間は記録を取るという事を知らないのかと思うレベルで島の史料が少なかった。

 その逆境とも言える状況が、これはもう多少足を使ってでも少し離れた寺や神社に行って何か聞くなり見つけねばと、英人の消えた情熱に僅かに火が戻ったようだった

「しかし、まずは腹ごしらえだが……」

 英人が僅かに眉をしかめ目前の店を見た。 

 昨晩の歓迎で出された出前の寿司の器に書かれた文字と同じ名前だ。

 美女二人に勧められたというのもあるが、一緒に出された島のどぶろくを勧められ、あれよあれよと流されるままに呑まされ、いつの間にか呑まれてしまい早々にダウンしてしまったというなんとも情けない昨晩の思い出がフラッシュバックする。

 もちろんこの店に何の罪もない。

 しかし、それでも呑みなれないどぶろくに呑まれて記憶を失うなど、年頃の男には恥かしい経験が苦手意識を生んでしまった。

 だが悲しいかな。

 午前中島の中心地を回ったが、此処以外に食事が出来そうな店は他に一見も存在しなかった。

 いや、食料品を売っていそうな商店もあるにはあったが、それはこの店と同じ屋根の下に門を構えた同じ名前の商店。

 十中八九同じ経営の店だ。

 どうせ同じ経営の店なら、作り置きの冷たい弁当やパンより温かい飯が喰いたいと、英人は小さくため息をつくとゆっくりと店の戸に手をかけた。

 カランカラン

「いらっしゃーい……?」

 扉を開けると若い店員が少し不思議そうに歓迎の声を上げる。

 店内には幾つかのテーブルと三組の座敷があり、壁にはいつの時代の物か、色褪せたビールを片手に笑顔を振り撒く水着姿の美女のポスターが貼られている。

 そして、英人が予想していた通り、隣の同じ店名の商店と内部で繋がっていた。

 少しばかり昼食時を過ぎたからか店内に客らしき姿は無く、英人以外には島外の人間を興味深げに覗き見る若い店員がテーブルを拭いているだけであった。

 適当な席に腰掛け、これまた年季の入ったメニューに目を向ければ、和食メイン化と思えば、蕎麦に丼物、ステーキにスパゲッティ、炒飯に青椒肉絲と和洋中何でも揃っている。

 後からマジックで書き足されたメニューの様子から、頼まれた物をドンドン追加していったらこうなったという所だろう。

 英人は日に焼け色あせた赤でおススメと書いてある定食を頼むと、それほど時間もかからずにそれを運んできた店員が尋ねた。

「あの~、お客さんもしかして本家……鈴藤さん家の?」

「はい、そうですが?」

 歳若い店員、と言っても英人よりは少し上、百合佳よりは若い程度の歳の頃。

「やっぱり!」

 女性店員は当たったと嬉しそうに声を上げた。

 一体どうしてわかったのか?

 一瞬そう悩んだ英人であったが、よく考えなくとも答えは明白だった。

 今日の海の荒れ模様ではまず定期船は来ない。

 この見るからに観光を諦めているこの島に、変わり者の観光客が今日以前に来ていれば、この島唯一の飲食店を利用していないわけが無い。

 そして、この島の人口から島中の人間はほぼ顔見知りのはず。

 となれば、島の名士が親族を迎える為に船を出させた事くらい商店の店員が知っていてもなんらおかしい事はない。

 英人はホームズでは無いし、決して頭がいい方でもないが、その程度の推理が出来ないほど脳みそが腐っているわけでもなかった。

 彼は小さく手を合わせ箸を口に運びながら店員に尋ねた。

「──島の歴史ですか?」

「そう。来たばかりで何も知らなくて、役場の資料コーナー?も見てきたんだけど、よくわからなくて」

 店員は定食を運んできた盆を抱えながら、右上を眺めるように考えた。

「ごめんなさい。私そういう事詳しくなくて、哲将さんやおじゅっさんだったらそういうの詳しいと思うけど……」

 英人は島の事を島の住人が知らないという事に違和感を感じた。

 だが、自分が住んでいる身近過ぎる土地の歴史など、一部の歴史オタクや暇すぎて郷土愛に目覚めた老人等の変人の類でなければ、興味を抱くなど普通は余りない事だ。

 特にこの島のように村興し、観光に力を入れていない土地ならなおさら。

 だが、それに気付かない英人は彼女を訝しみ、しかし、それを指摘するでもなく別の事を尋ねた。

「おじゅっさんって?」

「お坊さんの事ですけど……言いません?」

「ああ、そういえばそう呼ぶ地方もあるって聞いた事があった気が?」

 英人は言われて昔受けた講義を思い出した。

 同じ宗派でも山一つ越えれば作法が違う。

 お坊さんの呼び方もそれなりに違いがあると、誰かが言っていたのを思い出した。

「お客さんのところでは何と呼ぶんです?」

「たしか、爺さんが『おっさま』って呼んでた気がするなぁ」

 英人は、妙に協力的というか、ただたんにお喋り好きな店員にあれそれと島の事を聞いた。

 島民の職業、学校、困る事はないのか、島外への憧れなど、大体は事前にネットで調べた通りの答えであったが、幾つかネットで調べきれなかった事で気になる事がわかった。

「神社の神様は縁結びの神様だって聞いた事はありますが、行った事はないですねぇ」

「島内なのに?」

 ネットで所在以外全く情報がでなかった島唯一の神社についてだ。

「もう大分前から寂れているらしくて、誰も手入れすらしてないらしいんですよ。行った事があるのは昔山で遊んだ事のある男の子くらいじゃないですかね?」

 このご時勢にネットで全く情報が出ないのは、半分忘れ去られた存在だからではないかと覚悟はしていたが、まさかここまでとはと英人は少し驚いた。 

 だが、仏教の盛んな土地柄のすぐ近く、自然とそうなるのも無理がないのでは?

 英人はそれから注文した定食を食べながら色々と雑談をした。

「──そういえば、もうじきお祭りですけど、英人さんも何か役があるんですか?」

「え?あぁっ!」

 言われ、英人は家々に吊るされていた提灯、アレは祭りの準備であったのだと合点がいった。

 また同時に、アレが別に島独自の風習というわけでもない事に少し肩透かしを食らう。

「そう言われれば昨夜何か言われた気もするんですが……」

 残念ながら昨晩の英人の記憶は飛んでいる。

 祭りの話を聞き少し思い出してきはしたが、哲将に何か言われた気がする程度。

 それ以上を思い出そうにもいつ布団に入ったかすら思い出せないのだから、無理に思い出そうとしても土台無理な話である。

「祭りって具体的にいつなんです?」

「明後日ですけど?」

 それも知らないのかと少し驚いて返答する店員とは裏腹に英人は胸を撫で下ろしていた。

 もし、練習のいる役や面倒な役を仰せつかっていたのなら、今のようにふらふら外を歩かせてはもらえなかったはずだ。

 おそらく先ほど祭囃子が聞こえていた集会所で一緒に特訓をさせられているはずだ。

 少なくとも重要な役を押し付けられている事はないだろうと英人は安心したのだ。

「ところでそのお祭りってのはどんなお祭りなんですか?」

「そんなどこかの珍妙なサンバ踊ったり、トマトを投げつけたりするようなお祭りじゃなくて神輿を引き回して、出店……といっても、お金を出して何か買うようなものじゃなくて、島民で簡単な食事を──」

 店員は楽しそうに自身の思い出を挟みながら祭りの事を英人に話して聞かせた。

 その内容は有り体に言えば、人口の少ない田舎の祭りそのもの。

 英人の知りたい祭りの由来、何を祀る祭りなのか、どのような儀式を行うかなどそういった話は一切無く、祭りの内容と思い出話の割合が、一対五を下回った時、英人は堪えきれず聞いたのだが。

「儀式?そういうのは知らないわ。神輿で島中回った後、偉い人達がお寺で何かやってるみたいだけど、私はあんまり知らない……そもそも興味ないし!」

 店員はそう言ってケラケラ笑った。

「まぁ、そういうもんだよね」

「そうそう。辛気臭いお寺より、友達と騒いでるほうが楽しいしでしょ!」

 当然といえば当然の答えである。

 英人がの答えに悩んでいると、店員は期待に添えなかった事に申し訳なくなったのか、少し考えてゆっくり口を開いた。

「そういうの知りたかったら、本家の哲将さんかおじゅっさんに直接聞くのが一番じゃない?本家の跡取りだって言えば大事な事も教えてくれるでしょ?」

「いえ、俺は跡取りってわけj──」

 英人が否定しかけた時、厨房の奥から中年の声が響いた。

「こ~らアキラ!そろそろお喋りやめて真面目に働いたらどうだぁ~?」

「は~い!」

 本気で起こっているような声ではなかったが、アキラと呼ばれた店員は誤魔化すように頭を掻いて厨房に向かって謝罪を述べると英人にウインクを飛ばした。

「ごめんね!もう仕事戻るからっ!今度遊ぼうね♪」

 なんとも元気のいい娘だったな。

 英人は年上相手にそんな事を思いながら机の上を見る。

 アキラの話を聞いているうちに既に定食は食べ終えお冷の氷も殆ど解けている。

 英人は厨房に向かうアキラの背中に声をかけ呼び戻した。

「すいません。お会計」


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