形知らずの鬼 物部探偵シリーズ
銀満ノ錦平
第1話 万の娘
私は今、目の前の鏡を見ている。
その姿はただ私が姿勢よくご飯を食べているようにしか見えない。
実際に食べているのでそこは間違ってはいないが何を食べているかが鏡越しではわからない。
鏡の向こうの私も同じものを食べているのだろうか…そう考えていても仕方ないと思いながら私は食事をする。
味はしない…訳では無いがしなくもなくだからといって不味いというわけでもない。
ただ食べている、食事をしている、ものを食べている それは生物の本能で頭の中ではこれを食べればお腹が膨れる。
そこに感情などはない…美味しいまずいはあくまで生物の感情で起きていることであってほんとなら不味かろうが美味しかろうが食べればいいことである…と私は今は思う。
ただその感情に今浸っているわけではない、今は食べているものと一身に浸っている、兎に角一回一回丁寧に咀嚼をする。
私が今食べているものが心身に染み渡るように丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に…。
歯と歯の間に噛んでいる肉の感触は、とても良いものではなかった。
ただそれでも体内に入る…私と共に歩んでいく一歩なのだろうと思えば全く気持ち悪いものではなかった。
しかし本来…『食べる』という行動は、生物がやらなければならない…生きる為に必ず行わなければいけない本能…生物の身体を構築する為の唯一の摂取方法なのである。
光合成と水で生きる植物でさえ、動物を捕らえるものまでいる。
勿論、我々人間にそんな植物の様な真似はできない。
だから他の動物同様、他の動植物を食べて生命を食いつながなければならないのだ。
しかし…人間は贅沢に生まれ、知能が上がり過ぎてしまった。
他の動物は、どんなものでも食べなければならない環境である為、見境なく…目の前にある獲物であれば捕らえ、喰らうしか無い。
そうでなければ生きることが…生命を維持して、子孫を残すという生物本能を機能させることが出来ないからだ。
それだけなら何か機械のように作業してるようにしか聞こえない。
生まれ…生きて、そして子孫を残し…死ぬ。
そこは人間も同じである…そんなことは私でも分かりきっている。
ただ…贅沢なのだ。
住む場所を厭わないモノと住む場所を作り、そこに住む者…。
知能が高いからその厭わないが出来なくなってしまっている。
勿論、理由があり止む終えなく厭わない場所に来てしまうものもいる。
ただ…ただ私は、そちら側ではない。
私は、快適に…その厭わないから外れている。
睡眠を快適にし、地べたでの睡眠を防ぐ布団やベッド…。
食事を快適にして、更にバイキンや病気を防ぐ様に設計されたキッチン、道具も皿というものまである。
これも人間の骨格の構造上、食事しやすいようにテーブルがある。
身体を洗う為のバスルーム、汚くないようにトイレも便利になり、今やシャワー付トイレというものまででてきた。
人間は贅沢で…知能が高いからより気楽生活を目指している賜物ではあるとは思っている。
そこはありがたい。
だが…本当に高すぎたとも思う。
食事だ。
食べるものまで激選してしまうほど人間は野生本能をより贅沢な方向に向かってしまったのだ。
今ならそれが分かる。
彼女が言っていたからだ。
それまではそこまで何も考えていなかった。
それが普通だったからだ。
普通…?
普通…人間としてみれば普通かも知れないがその他の動物に見れば異常である。
2足で歩き、裸ではない何か纏っていて、更に良くわからない言葉を永遠と話し、良くわからない巨大な建築物…もしかしたら他の動物から見ればただの家の様にも見えるかもしれない。
蟻などは別にしても…いや、蟻はあれで家と認識しているならやはり人間の感性がおかしいんだろう。
私は今までは…あの数週間…彼女と過ごさなければ考えていなかったことが溢れ出し、いつも以上に感傷的になっていると自覚していった。
ふと、肉を噛みながら浸っていたらもう食事を終えていた。
お腹も満たされ、私の心も満たされたと思う。
そして…感傷に浸りながら辺りを見回す。
周りには綺麗に拭き取ったであろう血の後はまだ残っている。
臭いは感じない、血の臭いには慣れている…がそれでもいつもと違う雰囲気を感じる。
骨もまだ残っている。これをどうしようか、その辺りに捨てるのは無理だろう。
なら今度外出たときに捨てよう。ほんとはこの骨も身体に染み渡らせたい。けどそこまではできない。なら捨てるしか無い…そこは仕方ない、仕方ないんだ…だがこれだけは捨てれない。
私の目の前にあるモノを見ながら、そこにあるモノと眼を合わせた。
とても綺麗なまるでガラス玉のような眼がこちらを無表情で見つめている。
息をする動作も痛がる動作もしていない…ただじっとそれを見つめながら彼女を食べている。
彼女が食べているのを彼女が見つめている…不思議な光景だろうが逆に私は嬉しかった。
自分が彼女を食べているのを見てくれている、身体が一つになる瞬間を見続けてくれている。
それを感じるとまだ口の中に残っている肉を咀嚼するのが早くなった。興奮している、満足感が溢れてくる、こんな凡庸な自分がこんな美を集結させたような彼女の頭に見られながら…
たった数週間だけの同棲だったけど愛情とも言えないなにか特別な感情を抱いていたことは彼女も分かっていた。
ただそれはお互いに身体を抱くとかまぐわいとかそういうものではなかったのは言わずとも感じていたと思う。
彼女はその時まではごく普通に私と生活を共にしていた、なんでも何処かの小金持ちのお嬢様だかでとある理由で家出をしたと言っていた。
あの日の夜…外は少し雨が降っていた。
雲が空を覆っているのかとその時は感じながら一人自宅に帰宅していた。
周りは可もなく不可もなくみたいなただ都会というほどでもないが田舎と云われると考え込むくらいにはちょこちょこと建物があり生活には困らないレベルの場所である。
なので人通りも多くはなく場所次第だと一人で歩いいるなんてこともある所で、そんなところをいつも歩いていた。
「今日も疲れた。…いつもいつも日が沈む時間まで働くのは疲れる。…」と小言を言ってたと思う。
私は一人で歩くときでも少し下を見ながら歩いてる。人と眼を合わせるのが嫌いなので人通りの多いとこでも下を見ながら歩くが一人の時でも下を向く。
なんというか世界の風景でさえも眼に見えてしまいそれがとても辛かった。
仕事場でもなるべく人と眼を合わせるのを控えてる。
ただ仕事上どうしても眼を見て合わないといけないからプライベートの時はほんとに人と眼を合わせないように、背景に目を向けないようにしている。
ただそんなことをしてもこの背景や人は消えてはいない。
眼は本当に嫌だ、眼を合わせることと背景というものが嫌だ、けど人体の構造的に障がいや意図的に眼を潰さない限り世界が見えてしまう。眼を取りたいなんて思わない。
痛いのは嫌だ、だから潰さないだけ。
家にもテレビもない、たまにテレビの画面が眼に見えてしまう。テレビに見られてるようで今情報はラジオで聞いている。
新聞も一時期取っていたが文字が眼に見えてしまい取るのもやめた。
そんな見られるというのが嫌になり…しかしこの世で生きる限りは見なければならない…。
人としては必要だけどなんというか感情というか心というか意思というかその面に関しては反発してる。眼と感情が合わない。
眼を無くしたい気持ちと眼がなければ生きられないと思う気持ち、眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼…
そう思いながら歩いていた時、眼の前に少し人の気配があり顔を上げた。
とても綺麗な顔をしていた。雨の日の夜というのに顔が光ってる様に見えた…。
人を見るのが嫌な私がその時は眺めてしまった。その時はくっきりと憶えてる。
二重で眼もくっきりとしていて鼻も小さいながらも綺麗で愚痴もとても綺麗としか言えないものだった。
服は女子高生の制服を着ていた、黒色だったからより顔の印象を強く感じた。
その女性は少し息を切らしていた。
まるで誰かから逃げてきた様な…そんな雰囲気を出していた。
私は何か嫌なことに関わりそうだから無視しようとしたが眼が離れられない、とても綺麗な顔だ…初めて人をここまで見てしまってたかもしれない…。
するとその女性は私を見て近づいてきた。
私は焦りを見せたが顔を見つめ続けてしまい女性が目の前まで来た時に私にこう言ってきた。
「私を食べてほしい」
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