第7話 私も是非
翌朝、すぐ隣の席になったばかりの大河内さんと顔が会わせ辛くて、俺は自分の席で、必要以上にラノベを覗き込んでいる。
誰とも目を合わせずに、精一杯、近寄って来るなよオーラを発散しながら。
勘違いとはいえ、純真を絵にかいたような彼女に、お色気感満載の本を渡してしまった。
罪悪感と羞恥心で、胸がいっぱいだ。
「おはようございます、剣崎さん」
けれどお嬢大河内さんはそんなことを気にしていないかのように、今日も普通に挨拶をくれた。
その奥では、ケルベロス楠さんが俺にジト目を向けていて、それ以上大河内さんと絡むなよと言いたげな信号を送ってくる。
「お、おはよう」
ひとまず挨拶を返すけれど、やっぱり気まずくて。
少しの猥談なんかだと、笑って受け入れてくれる女の子もいそうなものだけど、果たして彼女はどうだろうか。
少なくとも、楠さんからは思いっきりダメだしされてしまったし。
「おはよう、秀平!」
今度はすぐ前の席から声が聞こえた。
陸上部の朝練から帰ってきた唯織だ。
急いで戻ってきたのか、額には光る珠が浮かんでいる。
「また本? あんた本当に好きね」
「悪いかよ? 好きに読んでいるだけだ」
「もしかして、えっちな話とか、読んでるんじゃないの?」
……おいおい、今はその話は止めてくれ。
すぐ横に、大河内さんがいるんだ。
「おお、そう言えばお前、俺の貸した本読んでくれたかあ? えっちい感じが満載で良かっただろう!?」
俺と唯織との会話を嗅ぎつけた聖斗が、右斜め前の席から身を寄せて来る。
……何なんだよこの席。
せっかく角の窓際なのに、全然落ち着けないじゃないか……
暗い気持ちに打たれながら、ちらりと横に目を向けると、大河内さんと目が合って、彼女はくすりと笑みをくれた。
やっぱり超絶に可愛いな。
今回のこと、笑って忘れ去ってくれるといいな。
やがて始業を告げる予鈴が鳴って、みんなが席に付き始めた頃、
大河内さんがすっとこちらに顔を寄せて来て、
「ねえ、剣崎さん」
「な、なんでしょう?」
「やっぱり、ああいうお話がお好きなんですね。またお話がしたいですわ」
―― うわあ、やっぱ、そんな風に思われてしまったか。
もちろん全く嫌いって訳じゃないけれど、俺は清純派推しなんだけどな……
でも大河内さん、あんまり嫌そうでもない感じだな。
もしかして、結構はまっていたりとか……
純白の布地の上に、黒い墨汁を落としてしまったかな。
だとすると、これは思った以上に、責任重大だなあ……
朝っぱらから緊張と冷や汗の連続で、午前中の授業も落ちつかず。
―― あれ? 大河内さん、また寝てる?
先生に気づかれないように、シャープペンで軽く腕をつつくと、彼女ははっとなって、舟漕ぎを止める。
(ごめんなさい、剣崎さん。昨日も結構遅かったから)
(もしかして、本を読んでたの?)
(ええ。お借りした本が結構面白いし、勉強にもなりますので)
一体何の勉強だよ?
大河内さんがだんだんそっちに染まっていくのって、あんまり見たくないんだけどなあ。
その後も何回か大河内さんの腕をつつきながら、午前中の授業を終えた。
そうして、お昼休みの時間になって、
「秀平、昼はどうするんだ?」
「ああ、すまん、今日は弁当を持参なんだ」
「そうか、珍しいな。じゃあ俺は食堂に行ってくるな」
聖斗に断りを入れると、奴は疾風のように旅立ってゆき。
唯織はいつものように、女友達と一緒に食べるために、別の机へと移った。
さて、俺は――
普段は持ち歩かない大き目の弁当箱を机の上に広げて、
「あの、楠さん!」
ためらいながら、大河内さんを挟んで向こう側に座る彼女に声をかけた。
俺からの声に不意打ちをくらったためか、彼女はピクンと体を跳ねさせる。
「な、なによ!?」
「あのさ、よかったらこれ。叔母さんからの差し入れなんだ。結構気に入ってもらったみたいだったから、持って行けって」
俺が指さす弁当箱には、デミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグや、褐色で照り輝く唐揚げ、他にも海老やアジのフライ、メンチカツなどが詰まっている。
澄子さんに言われて、昨夜の営業終了間際に、売れ残りを使ってまとめて作ったものだ。
「え、あの……」
「あら? どういうことかしら、二人とも?」
若干ニヤケ顔の俺と戸惑い顔の楠さんの間を、大河内さんが不審そうに目を泳がせる。
「あの、沙羅様、これは……」
楠さんが慌てて昨日オータムを訪ねたことを説明して、取り繕おうとする。
どうやら大河内さんには、内緒だったようだ。
「そうですの。昨夜はどこかにお出掛けだったようでしたけど、剣崎さんに会いに行っていたのですね。ずるいですわ、ご自分だけ」
「いえ沙羅様、これには事情がありまして……」
「ふうん……どういったご事情ですの?」
いつになく追及が厳しくて、ちょっと不機嫌な感じの大河内さん。
見かねて、こっちから助け船を出す。
「あのさ、俺が話をしたんだよ。洋食屋でバイトしてるけど美味いぞって。それで、一回食べにきたらどうだってね」
「ふうん、そうですの。何だか私はのけ者だったみたいで、寂しいですわ」
「いえ沙羅様! 決してそのようなことは! まず私が、どんなものか様子を見に行っただけでして!!」
「はは……そうそう。まあ、良かったら食べてみてよ。揚げ立てには負けるかもしれないけど、結構美味しいと思うよ」
弁当箱を差し出してススメると、大河内さんが唐揚げを一つ摘まんで、口に入れた。
「……本当、すっごく美味しいですわ……」
「あの、大河内さん、私たちもいいですか? すごく美味しそう」
「ええどうぞ。いいわよね、剣崎さん?」
「ああもちろん。どうぞ」
大河内さんたちと一緒にランチをするはずだった他の女子たちも興味を惹かれたみたいで、みんなで弁当箱の中を摘まみ出した。
楠さんもメンチカツをぱくりと頬張って、口の端を上げている。
「うわあ、美味しい……」
「うん、いけるわ~。すっごくジューシーだし甘いし」
感嘆の声が上がる中、弁当箱の中身はどんどんと無くなっていく。
「冷めていてこんなに美味しいのなら、お店ではもっと美味しいのでしょうね?」
「ああ、それはそうだね。どうかな、楠さん?」
「え? ああ、そうね。確かに美味しかったわ」
俺とは目を合わさずに、他人ごとのように構えて、頬杖をつくケルベロス。
「剣崎さんの次のバイトの日っていつかしら? 是非お店にお伺いさせて頂きますわ」
「え!? ちょっと沙羅様、それは……」
あわてて身を起こして、大川内さんに詰め寄るケルベロル楠さん。
「いいじゃない、せっかくですもの。私だってお伺いしたいですわ。剣崎さん、いかがかしら?」
「はは、えっとね……」
断ってしまうと、何だか大河内さんと楠さんの間に隙間風が吹いてしまうのが心配になって。
明日の土曜日にシフトが入っていることを伝えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます