猿の手⑤
物品番号四十六番。目の前の巨人はそうナンバリングされている。その存在が初めて認知されたのは七年前の動乱の時だ。『無明の神教』が作り出した人型兵器として、世間には多く知られている。動力源は不明ながらも、頭部の破壊により一時的に行動を抑制することが可能ではある。が、それも所詮頭部が完全に再生するまでの時間稼ぎにしかならない。現時点で物品番号四十六番の完全な破壊は不可能である、とされており、その収容・移送にも莫大なリスクとコストがかかる。
特筆するべきはその戦闘力であり、頭部のコンクリートは、頸部とは接触しておらず、宙に浮いている。頭部構造体は回転を始めると次第に回転を速め、一定時間経過後に狙いを定めた場所へ熱線を放射する。熱線の威力と回転数は比例しており、熱線の放射には必ず頭部構造体の回転が必要となる。
「(―さて)」
どう対処したものか。先ほど後輩たる新山に言った「ベテラン複数人で対処する」というセリフに噓は無い。目の前の巨人は単一目標との戦闘を得意とするからだ。
なにしろ、熱線放射による攻撃は、放射されるまで何を狙っているのか分からない。放射される直前まで、相対する己が分かるのは、熱線の威力のみ――それだけに飽き足らず、近接戦闘においてもずば抜けたセンスを持っている。
破壊は不可能。できることは時間稼ぎのみ―ともなれば、逃げ回るのが得策ではある。が、放射される熱線が、この広大な地下空間を傷つけ、崩落を招かぬ保証もない。
「(―熱線攻撃を避けつつ近接戦闘に徹し、頭部を破壊するか、即応部隊の到着まで耐える………!)」
タイヤが奏でるスキール音に似た音が空を切ると共に、目の前の巨人は頭部を回し始めていた。熱線は極力放たせてはならない。それだけでなく、放たれたとしたならばそれも避けねばならない―。
既に、否応無しに敵の懐へ入ることを強要されていた―。
赤山が刀を右手に、巨人に向かって駆け始めた。回転は更に加速している。熱線が放たれるまでもう数秒と無い筈だ。
「ふん―!」
熱線が放たれる前に、巨人へ接近した赤山はその勢いのまま、刀を振り下ろした。左肩から、右わき腹にかけて、巨人の体に傷が浮き出る。が、それも束の間の事。頭部のコンクリート片が光り輝き、一瞬の後に辺りは爆炎に包まれた。
赤山はどうにか熱線を避け、即座に爆炎の範囲外へ後退できたが、先の袈裟斬りに追撃は加えられなんだ。見れば、既に巨人の身体は傷の再生を始めている。
「(もう一度近づくしかない……!)」
赤山が駆け始めたその時、巨人の頭部が再び光った。それは間違いなく熱線が放たれる際のそれであり、赤山の意表を突いた攻撃である。
「(ノーモーションでの速射―! 威力は低い―!)」
咄嗟の不意打ちに他ならないが、赤山は即座に両腕を交差させ、熱線を防いだ。
物品室であれ、異存室であれ、対異常存在を主な業務とする組織には、専用のスーツが支給される。防弾、防刃は無論の事、強い衝撃から着用者を守り、今のような熱線を防ぐこともできる―無論、耐久性と防御性能に上限はあるが。
「ちっ!」
刀を強く握りしめ、もう一度走り始める。彼の持つ刀もそこいらの物とは違う。八年ほど前に物品室が試作した武装であり、名を『試製一号』。切り裂く対象の分子を両断する刀である。
頭部のコンクリート片が再び回転を始めた。既に刀の間合いまでもう一歩の距離である。熱線を撃つのであれば今しかあるまい。そう予見した赤山は、彼の持ちうる全力の脚力を発揮して、右前方へ跳んだ。
丁度のタイミングで、コンクリート片から熱線が放たれた。熱線は赤山を外れ、地面へ辺り、そのまま赤山の予想される次の位置へ照準の調整を始めた。が、もはやこの位置まで来れば間合いには充分。赤山は再び刀を横に一閃、そのまま二撃目を用いて、巨人の左腕を肘の位置で切断した。走る勢いをそのままに、巨人の股下をスライディングで潜り、背後の巨人を捉えると―。
眩い光が、そこにはあった。
「―っ!」
身体を捻り姿勢を下げ、どうにか熱線を回避する。だが、回避に気を取られた赤山は、次に来る巨人の打撃を防げなかった。
強い衝撃が、腹に伝わる。鈍い痛みが遅れてやってくる。正常に作動する痛覚が、赤山の脳に攻撃された事実を伝え、それと同時に赤山は吹っ飛ばされた。
「んん……」
痛みは激しいが、まだ相手は戦える。ここで戦闘を放棄することは、即ち死を意味する。
「クソッたれめ………!」
顔を上げると、巨人は頭部を回転させながら、ファイティングポーズを取っていた。こちらも、刀を上段に、刺突の構えをとる。
未だ、戦いは始まったばかりである。
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