はじめてかもしれない

 両手を広げながら歩いていく先輩は、アタシから見るとなんだか神々しく思えた。

 しかし邪魔なのだろう。すれ違う人からは変な目で見られていた。そりゃそうもなるか。それでもやめないのは先輩のメンタルの強さが成せる技……なんだろうか? ……技、なのか? 分からない……。

「ここだ」

 そこで先輩が急に止まったので、アタシもその場で立ち止まった。

「わっ、本当にある!」

 そこには、本当に本屋があった。小さいながらも風情があり、いかにも昔から営業してますって感じだ。

「……嘘だと思っていたのか?」

「そ、そういうんじゃなくて……本当にあるなって……」

「ふ、冗談だ。入るぞ」

「あ、うん……」

 堂々と店内に入る先輩とは対照的に、おそるおそる入る。

 本屋なんて、何年ぶりだろう。……そう考えて思い浮かぶのはショッピングモールに隣接されている本屋なので、こういった店構えの本屋ははじめてかもしれなかった。

 店内は……本から出ている香りなのだろうか。独特な匂いがしていて、それを嗅ぎなれない自分が文芸部に入るなんてたしかに変な話だなと頭の片隅で思った。

「これなんていいんじゃないか?」

 先輩は、本当に絵本コーナーにいた。そこまで見くびられているのかと思うと同時に、まぁ先輩がすごすぎるだけなんだろうとも思う。

「きれいな絵の表紙ですけど……どんな話なんですか?」

「私の口から語ることはなにもない」

「なにもないって……」

「まぁたそんな本の勧め方してる。そんなんだから、文芸部の部員は増えるどころか減る一方なんだろ?」

 そう言いながら現れたのは、店のロゴが描かれたエプロンを身につけた女性だった。

 顧問の先生より……いや、顧問の先生の年齢が分からないから、なんとも言いづらい。

「私が絵本について話したら、結末まで話してしまう。それだと面白くないだろう?」

「それはたとえ文庫本であっても変わらないじゃないか。絵本ならもっとこう、中身を見せたりしてだね……」

 女性の口調からしても、気心知れた仲なのだろう。多分年上であるにもかかわらず、先輩は自分のペースを崩すことなく話している。

 その先輩がどこか楽しそうで、アタシは変に胸の奥がチクリと傷んでしまうのであった。

「はじめまして。新入生?」

「え、あ、はい。はじめまして」

 話している最中だと思ってぼうっとしていたら突然話しかけられたので戸惑ってしまったが、ここは礼儀正しくしておこうと思って頭を下げる。

「南条千早と言います。……これからお世話になるかもしれません。よろしくお願いします」

「ま、礼儀正しい子。私は新保心音。気軽にここねさんって呼んでよ。よろしくね」

「はい」

「なんでまた、こんな奇人がいる文芸部に入ったの? そんなに小説が好き?」

「えっと……」

 言われて言葉に詰まる。まさか事実を述べるわけにもいかないし……。

「奇人とはなんだ、天才と呼べ」

「部員を減らして文芸部を潰しかけた人間のことを、私は天才とは思いませーん」

「ぐぬぬ……」

 本当にぐぬぬって言う人がいるんだ、ちょっとかわいいかもと思いながら、なんて答えるべきか頭を動かす。

「……潰しかけたんですか?」

 結局、話題を逸らすことにしてしまった。でも気になったのは本当なので、聞いてみる。

「そうだよ。……まぁ、色々あったらしいんだけど、主にこの子が暴れたせいらしい」

「暴れたって……」

 ……なんとなく予想がついてしまうのは、先輩が悪いんだろうか?

「私の才能についてこれないほうが悪い」

「部活ってのはそういうのじゃないって何度言えば……」

 本当に頭を抱えながら、ここねさんはため息をついた。

 本当にヤバい部活に入ってしまった……というより、ヤバい人に恋をしてしまったんだなぁという思いが強くなった。

 アタシ、これからどうなっちゃうの?

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