第13話 許された時間、許されない想い
4月20日土曜日。この日は朝から雨が降り、ここ最近にしては肌寒い一日だった。
昼過ぎ。
先日、生徒会室で調べた資料によると、「想いよ、届け」の主人公、末永健太のモデルは「永野健一」という実在する人物であろうことが推察された。
今日はその時の名簿を頼りに、永野さんの自宅を訪問してみようということになった。
「95年当時で高校2年生だったって言う事は、今はもう40代半ばってことだよね」
星那は傘を子どものようにくるくる回しながら、軽い足取りで歩いている。
「そうだな。30年くらい前の話だから、そうなるよな」
「なんか、楽しみ~」
一方、大輝は緊張感しかなかった。見ず知らずの人の自宅に訪問するなど、やはり抵抗がある。
駅から歩いて程なくして、2人は生徒会の名簿にあった住所と同じ場所に着いた。しかし、確かにその場所に住宅はあるが、表札の名前が違う。
「あれ? 表札が森田さんになってるけど……」
2人は一応、隣近所の住宅も見て回ったが、「永野」という苗字を見つけ出すことはできなかった。
「住所的にはここで会ってるんだけどな……」
大輝はスマホで地図アプリを開きながら、そう言う。
「インターホン押してみようか?」
「え? マジかよ」
大輝は星那を止めようとしたが、星那は何のためらいも無く、呼び出しボタンを押した。
大輝は緊張しながら待つが、いつまでたっても応答はない。
「う~ん、留守みたい」
星那がそう言うと、大輝は安堵のため息をついた。
「しょうがねぇな。収穫なかったけど帰るか」
大輝がそう言うと、星那は提案する。
「佐倉さんの家も行ってみる?」
「でも、佐倉さんこそ、もう引っ越してるだろう」
「まぁ、でも何らかの手掛かりがあるかもしれないし」
確かに大輝たちは他に手掛かりがない。大輝は渋々、佐倉さんの家へ行ってみたいという星那の提案を受け入れた。
生徒会の名簿によると、佐倉さんの家は大輝たちの通う高校からほど近い位置にあった。今いる場所からは少し距離があるが、バスに乗るほどでもないので、2人は歩いていくことにした。
20分ほど歩いて、2人は佐倉さんが住んでいたであろう場所にたどり着いた。
しかし「想いよ、届け」が実話だった場合、先ほどの永野さんとは違い、佐倉さんは既に引っ越しをしている可能性が高い。
大輝が諦め半分で目的の住所に立つ住宅の表札を見ると、お洒落な門の柱の部分に、何と「佐倉」の表札が掲げてあった。
大輝と星那は思わず驚いて顔を見合わせた。
「もしかして、引っ越してない?」
星那が満面の笑みでそう言うが、大輝はすぐに異変に気付いた。
「……いや、そうでもないかも」
大輝の言葉に星那は首をかしげる。
「どうしたの?」
「部屋にカーテンがかかってないんだ。人の住んでいる気配がしないよ」
大輝にそう言われ、閉ざされたお洒落な門から中を覗いた星那は、ため息をついた。
「そうだよね。高校時代に引っ越してるんだもの、いるはずないよね」
ただ、大輝は引っかかる点があった。
「たださぁ、30年前に引っ越したにしては綺麗すぎるよな?」
そう大輝に言われ、星那は改めて門から中を覗く。
「確かに。もっと庭とか荒れてそうだもんね」
そんな話をしていると、偶然にも佐倉さん宅のお隣の住人が出てきた。
「あれ、あなたたち、佐倉さんに御用かしら?」
突然声を掛けられた2人は驚いて飛び上がりそうになった。
「あ、えっと、俺たち札幌あいの里高校の演劇部の者なんですが、部活の卒業生名簿に佐倉さんのお名前がありまして、次の公演のご案内に伺ったのですが……」
――さすがに厳しい良い訳か?
大輝は背中に冷たいものを感じながらそう言うと、声を掛けてきた初老の女性は納得がいった様子で笑顔になった。
「あぁ、そう言えば、美里ちゃん、演劇部だったものね! 懐かしいわ~」
その一言に2人はパッと顔を輝かせる。
「でも、残念ね。美里ちゃんは高校生の時に東京に引っ越したのよ。その後もおじいちゃんとおばあちゃんはここに住んでたんだけどね。去年、おじいちゃんが亡くなってねぇ。それでおばあちゃん一人になっちゃったもんだから、おばあちゃんも東京の美里ちゃんのところに引っ越したのよ」
――なるほど、それで今は人が住んでいる気配がしないのか。
大輝は合点がいった。
「ちなみに、おばあさまが引っ越されたのは、いつ頃の話ですか?」
星那が聞くと、その女性は答える。
「つい、この前。三月末よ」
「そうだったんですか……」
タッチの差だったか。大輝はがっくりと肩を落とす。
「そうだったんですね。わかりました。ありがとうございます」
星那がそう言うと、2人は佐倉さんの家を後にした。
暫く歩いて、佐倉さん宅から十分な距離が離れたころ、星那は目を輝かせて言う。
「3月末ってことはさ、私たちにはまだチャンスがあるってことだよね!」
「おう! これからどうする?」
大輝も同じことを考えていた。星那は言う。
「とりあえず、学校近いし、部室行こうか」
★ ★ ★
2人は職員室で鍵を借り、部室へ向かった。
「やっぱり、この物語は実話だったんだ!」
部室に入るなり、大輝は興奮気味にそう言った。
「ダメもとで行ってみてよかったね!」
星那も笑顔で答える。
「引っ越したのは3月末ってことは、俺たちがもう一度タイムリープすれば、まだ間に合うって言う事だよな」
「それも奇跡だよね~」
「次、いつタイムリープするかわからないけどさ、次こそはクリアできそうな気がしてきたぜ!」
そう言う大輝に、星那は笑って言う。
「そんな悠長なこと言ってないで、今夜タイムリープしちゃえばいいじゃん!」
「けど、どうやって?」
星那は意味深な笑みを浮かべながら言う。
「そんなの簡単だよ! 今からボクと大輝が付き合っちゃえばいいじゃん」
その一言に、大輝は目を見開く。
「え? あ、まぁ、確かに……」
以前、大輝と星那が交際を始めた翌日、タイムリープをした経験から、それ以来2人の間では交際はご法度だった。それが急に「解禁」になると言われれば、大輝が動揺するのも無理はない。
「何? 嫌なの?」
「嫌なわけ……ないだろ?」
「だよね? じゃぁ、どうぞ」
そう言って、星那は一歩下がる。
「どうぞって、何が?」
「だから! 大輝がボクに告るの!」
「え? 俺から?」
「当たり前じゃん! ボクに言わせる気?」
「わかったよ……」
大輝は咳ばらいをすると、一歩下がって、緊張した面持ちで言う。
「あの、星那……」
「まだ『星那』って呼んじゃダメ。付き合う前なんだから」
「何だよ、その茶番!」
大輝は星那の妙な言いがかりで水を差され、抗議する。
「演劇部員でしょ? そのくらい演じてよ!」
「だったら、お前もタメ口利くな!」
「わかりました、大輝先輩♥ はい、テイク2!」
「あの、茅野……」
「……なんですか? 先輩」
「俺と……付き合ってください」
「ちょっと~! 「好き」って言ってない!」
「もう、なんだよ、それ~!」
「はい、テイク3!」
大輝はため息をつきつつ、不貞腐れ気味で言う。
「はいはい。茅野さん。俺はあなたが好きです。付き合ってください」
「心がこもってない!!」
そう言って大きな声を上げる星那を、大輝は突然抱きしめた。
星那は突然の出来事に驚いて言う。
「……だ、大輝?」
「もういいだろ。俺はもう、何か月もこうして星那を抱きしめたくて我慢してきた。だから……、次で、本当に最後にしたい」
「大輝……」
「星那、好きだ」
「ボクも……、大輝……、大好きだよ」
2人は暫くの間静かに抱き合っていたが、不意に星那が小さく言う。
「……あの、大輝?」
「何?」
「なんか、下の方で、当たってるんだけど……」
大輝は急いで星那から離れる。
「なんか、ごめん……」
慌てる大輝に、星那は笑って言う。
「もう、先輩のえっち……」
「久々に聞いた~、その言葉~!」
2人は思いっきり笑った。
――恐らく2人に明日は来ない。
本当の意味で二人が付き合うことは、未だ許されないのだ。
それを知っているから、この日2人は夕方遅くまで部室で身体を寄せ合った。
「ボクたち、これまで頑張ってきたから、神様がちょっとだけご褒美くれたのかな?」
大輝の左肩に明るいゆるふわボブ頭を預けながら、星那はそう呟く。
「そうかもな」
まるで七夕の夜の織姫と彦星のように、許された短い時間を、恋人同士として過ごした。
そして、次こそは2人で七夕の夜を迎えることを誓った。
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