第6話

図書館の開館時間と共に中に入ると、いくつか本を選んで、例の棚が見える席に座る。


(たまには図書館で過ごす休みもいいよな)


光里ひかりは自分で自分に言い訳をしながら本を読み始めた。

元々本は好きなので、読み進めているうちにこんな休みも悪くないなぁと本当に思えてきた。

とはいえ、棚が気になって本に集中は出来ない。


(いつ来るんだろ)


そもそも今日来るかどうかもわからないのだ。

気長に待つしかない。


お昼が近づいて、お腹が鳴り始める。

静かな図書館だとお腹の音が周りに聞こえてしまいそうだ。

寝起きは食欲がないので、朝はコーヒーしか飲まない。

そのため、昼前にはかなりお腹は空いてきて、胃が早く何か食べろと文句を言ってくる。

胃に何かを入れに行きたいが、席を外している間に光莉ひかりが来たらと思うとなかなか動けない。

いよいよ14時を過ぎて、空腹は我慢できたが、トイレは無理だった。


(この間に来たらそれはそれで運命だな)


そう開き直って、トイレと食事を済ませた。

図書館に戻り、棚の中の本を見ると、光莉は来ていないようだった。

ほっと胸を撫で下ろし、また席に座った。


ご飯を食べてポカポカした部屋の中で、眠くなるなと言う方が無理である。

うつらうつらして、ガクッと肘が机から外れて目が覚めた。


(16時!?)


大の大人が1時間以上図書館で寝るとか恥ずかしい。


それ以上にこの間に光莉が来ていたら目も当てあられない。

見に行こうと立ち上がったら、女性が棚の前にいるのが見えた。


前に立っていた女の子とは明らかに違う。


それなりに歳を重ねているようだ。

母親と同世代だろうか。

ショートカットに白のブラウスに黒のカーディガン、ワイドパンツを履いている。

マスクをしているからはっきりとはわからないが、若いころは間違いなく美人だったであろう。


しびれている腕をさすりながら様子を見ると、女性は棚から本を抜いて、ぱらっとめくり、再び閉じて貸出の手続きへ向かっていった。

さっきの動きは手紙が挟まっているか確認しているように見えた。


(ということは、つまり…)


女性が去った後、棚に近づいて確認すると、やはり手紙を挟んだ本がない。


(あの人が光莉さん・・・?)


以前若い女の子を見たが、あの人が光莉とは限らない。

年齢はわからないのだ。

光莉の年齢を探るべくした読書以外での好きなものも絵を描くことという幅広い年齢層に当てはまる回答だった。


(どんな年齢のどんな見た目の人でもいいじゃないか)


心の中でそう呟いてみるが、以前見た後ろ姿をイメージして手紙を書いていたので、少し落ち込んでしまう。


(変な夢を見る前で良かったんだ)


そう思って少し肩を落とし、棚から離れようとくるりと背を向けた。

すると、「あの」と遠慮がちな声が聞こえた。


振り返ると先ほどの女性が立っていた。


「光里さん?ですか?」


もしかしたらたまたま借りただけの人かもというわずかな希望も失った。



(気まずい…)


光里は図書館近くのカフェで、どうしたらいいかわからずコーヒーに口をつける。

光里の前には、光莉であろう女性が座っている。

彼女に誘われて、カフェに来たものの、何を話していいのかわからない。

相手も同じで何を話すか悩んでいるのか、コーヒーに口をつけては机に置くという行動を繰り返していた。


「あの」

「あの」


同時に声を出して被るという恥ずかしい状況になる。

お互い「どうぞ」と譲り合うという一連の動作を繰り返した後、彼女が話し始めた。


「私、光莉ではないんです」


「え?」


思いがけない一声に、光里は盛大にコーヒーカップを倒した。

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