第5話

「もしもし?」


「おー、光里ひかりか?」


「そうだよ、お前が俺にかけてきたんだろうが」


「元気か?」


「あー・・・まぁまぁかな」


「悪くないならいい」


約半年ぶりくらいの電話だが、友人の守口彩人もりぐちあやととはすぐに高校時代のように話すことができる。

今までの人生の中で一番気が合う友人だ。


「どうしたんだよ、電話なんて」


「あぁ。俺、結婚することになったんだよ」


「結婚!?」 


「おい、そのリアクションはなんだ?」


「いや、お前が結婚って・・・」


「うるせぇ」


「で、相手はどんな人だよ」


「・・・いつもニコニコしてる穏やかな子だよ」


照れくさいのか彩人の声が少し小さくなっている。


「ふーん、良かったじゃん。結婚式とかすんのか?俺行ったことないんだよなぁ」


「お前は友達が俺以外いねぇからな」


「うるせぇよ、本当のことを言うな」


「ハハ、それはそうだな。お前の唯一の友人として、結婚式に参列という経験をさせてやりたいが、式はしないんだ」


「そうなのか。今時はそういうカップルも多いらしいな」


「いや、出来たらしてあげたいんだけどなぁ・・・」


「え?じゃあすればいいじゃないのか」


彩人は少しの間静かになって、言葉に詰まったようだ。

何か事情があるようだ。


「・・・俺の彼女さ、ベトナム人なんだよ」


「国際結婚かよ!すげぇな」


「お前みたいにみんな単純に喜んでくれたらいいんだけどさ」


彩人の話によると、彩人の両親が結婚に大反対しているらしい。

ムリに結婚すれば縁を切ることも辞さないといっていて、頭を抱えているようだ。

彼女も両親が賛成するまでは結婚は延期しようと言っていたらしいが、彩人が結婚すると押し切ったそうだ。


「だから、結婚式は、皆に認めてもらってからってことにした」


「へぇ・・。なんかお前かっこいいな。むかつくけど」


「なんだよ、それ」

そう言って少し綾人は笑って、その後真剣な口調になった。


「カッコつけるわけじゃないけど、好きになったら関係ないんだよ。親が反対してようが、全世界が反対しようが、彼女が日本人じゃなかろうが、国籍がどこだろうが、彼女を幸せにしたいと思ったら、もうそこに向かって走るしかねぇから」


「そっか」


「おぅよ。お前も早くそんな相手を見つけろよ」

最後に彩人から婚姻届の承認人になってほしいと頼まれ、今度会う約束をして電話を切った。


“親が反対してようが、全世界が反対しようが、彼女が日本人じゃなかろうが、国籍がどこだろうが、彼女を幸せにしたいと思ったら、もうそこに向かって走るしかねぇから”


彩人の言葉が蘇る。


(例え会ったことなくても、歳の差があっても関係ないのだろうか)


「いやいや、向こうの気持ちがあるから」

光里は自分の心の声に自分でツッコみを入れると、ベッドで再び横になった。


結婚するという彩人に刺激をうけたせいか、どうしても光莉ひかりがどんな子なのか知りたくなった。


(文通の相手がどんな子なのか知りたいと思うのは、おかしくはないはずだ。いや、きもいか・・・)


今朝から何度も自問自答を繰り返している。


そして明日は休暇だ。

(明日は早めに図書館に向かってみようか、いやキモイいな・・・いや図書館に行くこと自体は問題ないはずだ)


自問自答を繰り返す、混乱した頭でなんとか午前中の仕事を終わらせた。

この調子なら、定時付近で上がれそうだ。


「先輩、この書類なんですけどぉ」


(最悪・・・)

昼休憩から戻ると藤森が駆け寄ってきた。


「私には無理なんですぅ」


「はぁ、でも前もやり方教えてと思うんだけど・・・」


藤森の大きく作られた瞳が潤んでいる。


「・・・もういいよ。そこに書類置いといて、データはメールで」


「はぁい」


元気よく藤森が挨拶をして立ち去ろうとすると、「ねぇ」と低い声が聞こえた。


「あの、藤森さん。君は何をしにここに来ているの?」


藤森の後ろに、井口智治いぐちともはるが立っていた。

井口は新入社員の中のエースだ。

その上、イケメンなので、同期はもちろんのこと、先輩女子たちも彼にメロメロだ。


「いつも芦原さんに仕事押し付けてるよね?もう一回聞くけど、君は何しにここに来てるの?」


そしてこのようにはっきりと意見を言うため、男性上司からも割とウケがいい。


「こわぁあい。なんでそんな言い方するの?同期じゃん」


「いや、社会人でその喋り方の方が怖いから。この程度の仕事を何回も教わらないとわからないなら、この仕事向いてないんじゃないの?」


「そんないい方しなくたっていいじゃん・・・」


「やる気ない奴見てると腹立つんだよ。なんでこいつと給料一緒なんだろって。泣き真似とかいいから、今すぐ辞表書くか、このデータ処理を自分でするかどっち?」


「そんな言い方パワハラだよ!人事にいいつけるから」


「いいよ、別に。その時は芦原さん連れて仕事の押し付けの事実を伝えるよ。あと部長と仲良すぎることも話しておこうか?」


藤森はぐっと言葉を飲み込むと「自分でやるわよ」と光里から奪うようにして書類を持って自分の席に戻っていた。


「先輩もあれくらい言わなきゃダメです」


「あぁ、ごめん」

反射的に謝ると、「いえ、謝らないでください。俺、先輩のこと尊敬してるんで」そう言うとすっと井口は席を外した。


(尊敬…?俺を?)


井口の方を見ると、何事もなかったようにパソコンに向かっている。


(自分の仕事を見ている人がいるとは…)


井口のおかげで藤森に仕事を押し付けられず、順調に仕事を終えることができた。

定時に仕事を終えて、帰ろうとした時、藤森の方を見ると、データと格闘しているようだった。

井口が「ここは違う。さっき教えた」と隣に立って教えている。

なんだかんだで優しいのだなと思いながら、「お疲れ様」と声をかけて会社をでた。

その時、「お疲れ様でした」という井口の声に紛れて、小さな声だったが藤森が「お疲れ様です」と言っていたのが聞こえた。


会社の外に出ると、冷たい風が吹いている。

それでも今日はなんだか足取りは軽く、いつもよりほんの少し背筋を伸ばして駅は向かった。

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