第37話 判決
そして、裁判長は声を大にした。
「原告側の訴えを棄却。被告、ラビリエント社側の言い分を認め、原告、奥井育雄を過剰防衛と威力業務妨害の罪で有罪とします!」
――は?
俺は、自分の耳を疑った。
開いた口が塞がらない俺の視線の先で、裁判長は高みよりつらつらと説明を始めた。
「まず、原告は冒険者資格を持っていませんが、大量の素材を換金所で換金していることから、事実上の冒険者と認定します。そもそも冒険者資格の有無にかかわらず利用できるダンジョンもあり、資格を持っていないことが冒険者ではない証拠にはなりません。そして、冒険者業界において、ダンジョン系企業が抜き打ちの実力試験をすることが慣例化しているのも事実。ならば、冒険者とダンジョン系企業の間には、いつでも抜き打ちの実力試験を行っても良いという暗黙の了解があったと考えられます」
――嘘だろ? こいつ、何を言っているんだ?
傍聴席がざわつく中、裁判官は浪々と続けた。
「また、土地の買収交渉と本件との因果関係を証明するものはなく、原告側の印象に過ぎません。社員の掛け声も同じ。そして物置小屋の器物損壊と不法侵入も被告側の主張通り、あくまでも一社員の暴走。本件とは無関係です」
裁判官は突き刺すような視線を俺に向けてきた。
「にもかかわらず、原告側は被告側の社員に過剰とも言える暴行、傷害を加え苦しめました。さらにその動画を世間に公表しラビリエント社の社会的信用を著しく貶めました。よって、原告を過剰防衛と威力業務妨害の罪で有罪と致します」
「そんな……」
俺の隣で、女性弁護士が絶望的な声を漏らした。
俺も、同じ気持ちだけどもっと静かに、ただ粛々と日本社会に失望した。
こんなふざけた判決があるわけがない。
ラビリエント社による圧力があったのは間違いないだろう。
でもまさか、こんな子供じみた判決を本当にするとは思わなかった。
昔見たテレビを思い出す。
世界の仰天事件を紹介する番組曰く、とある警官が自身の不当逮捕のミスを誤魔化すために、相手から暴行を受けたと嘘の証言をでっちあげたらしい。
一部始終を目撃していた人は大勢いたし、警官の証言は支離滅裂で矛盾も多かった。
なのに、裁判所は警察の名誉を守るため、善良な市民を暴行事件の犯人として有罪にした。
数年にわたる裁判でなんとか無罪は勝ち取るも、警官に課せられたのはわずかな減給と訓戒処分だったらしい。
でもそれは、昭和の昔の話だ。
令和の今に、そんな前時代的なことが起こるわけがないと思っていた。
でも、どうやらこの世は昭和から一歩も進んでいないらしい。
俺はこれからどうなるのか。
警察に捕まり牢屋に入れられるのか。
そうしたらコハクはどうなるのだろうか。
俺は彼女のことを想うだけで、死ぬよりも辛い気持ちになった。
「ここでラビリエント側から提案です」
顔を上げると、対面席に座っていた長谷山が勝者の笑みを浮かべて立っていた。
「原告側はまだ中学三年生。未来ある若者です。弊社としても彼の可能性を摘み取るのは本意ではない。そこで、ここは和解金として彼が自宅の土地を譲渡していただければ、こちらとしては和解に応じる用意があります」
「なるほど、原告、この提案に応じますか?」
裁判長からの問いかけに、俺は全てを悟った。
――そういうシナリオか。
どうせ、最初からそういう筋書きだったのだろう。
最高裁まで争ったところで勝ち目はない。
俺はもう何もかもが嫌になって、半ば自暴自棄になっていた。
すると、そこで俺の胸ポケットでスマホが震えた。
ここの映像と音声は、ダンジョンで待っているコハクにテレビ電話機能で中継している。
そのスマホ画面に、コハクからのメッセージが届いていたのだ。
その文面に、俺は両目を見開いてガッツポーズを作った。
――コハク、やっぱお前は最高の女だよ。
俺は立ち上がると、悲しそうな演技をした。
「その提案を受けます……俺は、あの土地をラビリエント社に譲渡します……」
長谷山が邪悪に笑った。
でも、俺は腹の中のその三倍も悪い顔をしていた。
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