第42話


 牛の頭も一撃で落としそうな肉斬り包丁の先端を床に引きずり、ガリガリと音を立てながら恐怖を煽ってくる。


 【スクランブル】ってホラーゲームだっけ!?


「仕方ありませんわね! ここは学園主席のワタクシが指揮を執りますわ!」


 戦々恐々とする俺を落ち着かせるように、美咲は勇ましい声で背筋を伸ばした。


「幸い、廊下と教室が一体化して広さは体育館二つ分。この広さなら打てる手はあります」


「流石は美咲お嬢様、頼りになるぅ!」


 俺は腰ぎんちゃくのようにして揉み手をした。


「まず、近接戦闘タイプの幹明が最前線で先生の足止め! ワタクシたちは後方から援護射撃に徹しましょう!」

「お嬢様ぁああああああああああああああ!」


 ひどいぃ! ひどいぃ! ひどすぎるぅ! どう考えても捨て石じゃないかぁ!

 俺は美咲のドレスにしがみつき、涙ながらにすがりついた。


「もちろんタダとは言いませんわ」


 美咲は両手を胸の下で組んで、ぎゅっとバストを強調した。

 とろんとまぶたが落ちて、嫣然とした笑みで甘く囁いてくる。


「龍子先生を倒した暁には、好きなだけ揉ませてあげますわよ……そう春香が!」

「だからなんでいつもあたしなのよ!」

「うぉっしゃあああああ! 戦いは男の仕事! 春香、お風呂に入って待っていろぉ!」


「あんたも勝手に決めるんじゃないわよ!」

「うぉおおおおお! 春香ちゃんのおっぱい揉み放題権んんんんん!」

「あんたはミリタリーだから前線に出ちゃダメでしょ!」


 春香のツンデレな叱咤激励を背中に受けながら、俺は電磁ハルバードのマグナトロを、夏希は腰の銃剣をライフルの先端に着剣して、近接戦闘装備で駆けだした。


「ふっ、次は貴様らか、いいだろ……来い!」


 龍子先生から殺意の波動が放たれる。


 逆立つ黒髪を揺らめかせ、鼻に深いしわを刻んで美貌を歪める。春香よりも大きな爆乳にセクシーさは微塵もなく、まるで巨大な大胸筋に感じるほど、龍子先生は雄々しかった。


 それでもなお、俺らは挫けるわけにはいかなかった。なぜなら……。


「行くぞ夏希! この戦いには春香のおっぱいがかかっているんだ!」

「もちろんだよ幹明。ボクらは生きて、この手に春香ちゃんのおっぱいをつかむんだ!」

「■■■■■■■■!」


 背後で春香が言葉にならない何かを叫んでいるけど気にしない。

 俺と夏希は、同時に得物を突き出した。


「「はっああああああああああああ!」」


 その間に、春香たちが教室の中へ回り込んで、龍子先生のサイドを取る、はずだった。


 俺らの息を合わせた一撃は、包丁にまとめて薙ぎ倒される。

続く前蹴りが俺の腹を抉り、視界が回転した。


「幹明!」


 俺のHPバーがグイっと減った。

 仰向けに倒れながら、軽い絶望感に皮膚が粟立つ。

 ただの蹴りにしては強すぎる。


 一瞬で理解した。

 龍子先生が使っているのは、エネミーアバターだろう。


 

 エネミーアバターとは、読んで字のごとく、エネミーとしての性能を持つアバターだ。


 エネミーになってみたい、エネミーを使ってみたい、というプレイヤーのために実装されている。


 その中でも、ボスエネミーアバターは厄介だ。


 通常アバターの持つ総合力、ポテンシャルは全員同じの一方で、ボスエネミーアバターはその縛りが無い。


 主に一人プレイや、接待プレイで使われるアバターで、ようは圧倒的な性能で無双してボスキャラ気分を味わうためのアバターだ。


 これは、一筋縄ではいかないだろう。

 けど、夏希は俺の腕を引いて立たせると、頼もしい笑顔を見せてくれた。


「幹明、アレをやるよ。マグナトロの射程をボクに合わせて!」


 幼馴染の呼びかけに、俺は阿吽の呼吸でマグナトロの柄を短く持った。それこそ、夏希の銃剣付ライフルと同じ射程になるよう。


 龍子先生が、肉斬り包丁を振り上げた。


「くたばれガキ共ぉ!」

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