第38話


そして、誰もがエネミーたちの姿を見て叫んだ。


「ぱ、パンツだぁああああああああああ!」


 何故って、ロボエネミーたちにはめ込まれている顔は、全部俺の顔だったのだ。


『みんな! 情報部からの通達よ。敵は、誘拐した生徒の脳細胞を培養して、人工知能代わりにしているらしいわ!』

竹本先生からの追加情報。

でも、なんでその誘拐された生徒のモデルが俺なんですか!?


 俺が最下位だからか、最下位だからなのかぁ!?

 あらためて学園ランキングの無常さを噛み締めていると、春香と夏希が肩をすくめる。


「は? 幹明の脳細胞なんて培養してなんの役に立つのよ?」

「戦闘マシンじゃなくて痴漢マシンには最適だけどねぇ」

「お前らまで俺をパンツ星人扱いするなぁ!」

「はいはい、いいからさっさと倒すわよ。こいつらを倒したポイントがあたしらのマネーポイントに直結するんだから」


 ビジネスライクに返してくる春香に、俺は言い淀む。


「そ、そりゃ俺だってパン耳地獄からは抜け出したいけど、自分で自分を倒すなんて」


 マグナトロの鋭利な穂先を彷徨わせながら、俺は腰が引けてしまった。


「死ねぇ幹明ぁあああ!」

「幹明のバカァ、どんかーん、にぶちーん!」


 春香も夏希も、滅茶苦茶積極的にエネミーを倒していた。むしろ、俺の顔を狙って攻めていた。


 俺の顔が水の刃で真一文字に斬り裂かれ、ライフル弾で穴だらけになってから、ポリゴンの藻屑に変わった。


「…………」ちらり


 振り返ると、美奈穂も美咲も、何の躊躇いもなく攻撃している。


「もう幹明のえっち。そんなにがっついても今わたしパンツ履いていないよ。パワードスーツなんだから」


「さぁ、ワタクシの前にひざまずきなさい幹明!」

「…………」ちらり

「死ねぇパンツ星人!」

「くたばれパンツ!」

「これで終わりだパンツ野郎!」


 周りのどこを見渡しても、誰も迷ってなんてなかった。

 一年二組の誰もが喜々として、日頃のストレスを発散するように熱を入れながら、俺を駆逐していく。


 視界が歪む。頬が濡れる。五月なのに肌寒くて震える。


「あれれ、おかしいな、前が、見えないぞ。俺も早くポイントを稼がないといけないのに。くそ、デバイスの故障かな」

「ずえりゃぁああああああ!」

「ノォオオオオオオオオオ!」


 春香のウォーターチェーンソーを、逆エビぞりポーズで避けた。鼻先がわずかに濡れる。


「何するんだよこの人殺しぃ!」

「あー本物だったのー? ごめんーごめんー」

「もっと悪びれろぉ!」


 欠片も気持ちがこもっていない形だけの謝罪。

 政治家の謝罪会見だってもう少しマシな演技をしているぞ!


「くそぉ、みんな大嫌いだぁ! インフルエンザになれぇ!」

「随分と具体的だね……」


 ちょっと渋い顔をする夏希をその場に残して、俺は涙を散らしながら走り出した。一秒で止まった。


「むぎぃ! エネミーが邪魔で走れない! これじゃカッコつかないじゃないか!」


 四人同時に、


『別にカッコよくないよ』

「追い打ちをかけないでぇ!」


 俺の叫びは、空しく騒乱にかき消されていった。


   ◆


 俺のメンタルという尊い犠牲の果てにしばらく戦っていると、だんだんエネミーの姿が見えなくなってくる。


 生徒たちはもう、何組が何階、なんて固まっていない。

みんな三々五々、学校中を探索し、エネミーを探している状態だ。


「こっちの教室には何もいないわよ」

「こっちもネズミ一匹いないよー」


 七組の教室から春香が、窓からは、屋上の様子を見に行っていた美奈穂が、背中のブーストで降りてきながら顔を出す。


「う~ん、エネミーって狩りつくすものなのかな?」


 俺の疑問に、夏希は被りを振った。


「それはないんじゃないかな? だってまだ始まって二〇分だよ? それに、いくらPKがありって言っても、ねぇ」


 夏希の視線と一緒に、美咲が説明を引き継いだ。


「試験時間の半分がPK戦なら、最初からハンティングではなくバトルロワイアルにしているはずですわ」


 MRゲームソフト【スクランブル】には、バトルロワイアルモードがある。


 ハンティング同様、広いフィールドで複数のプレイヤーやNPCが参加するものの、名前の通り、プレイヤー同士がつぶし合い、最後に残っていたプレイヤーが勝利となる。


 集団対戦ではあるものの、言い方を変えればPKバトルだ。

 中学時代は、俺、夏希、春香にNPCやネット上のプレイヤーたちを交えて、何度も遊んだ。


「暇だから地雷でも撒いとこ」


 美奈穂が、廊下の端から端まで、小さなフリスビー状のものを撒き始めた。


「そこだけ聞くとえらく物騒だね……ていうか建物内でも地雷って埋められるの?」


 ミリタリー学園アバターの夏希に話を振ると、彼女は首を横に振った。


「ボクの地雷は地面じゃないと無理だね。その代わり一度に仕掛けられる個数が凄く多いんだ」


「ふっふーん、SF系のパワードスーツ学園アバターの地雷は高性能なステルス地雷。一度に仕掛けられる数に制限があるし、それ以上使うと古いのから順に消えちゃうけどどこにでも仕掛けられるんだよ。ほら」


 言ったそばから、美奈穂の撒いた地雷が透明になる。

 これなら、埋める必要はない。

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