第29話


 そして到着したのは、イベント開始場所である公園だった。


 最初からここを指定してダイブできればよかったんだけど、当日は混雑を避けるために、ダイブ時にここを指定することはできなくなっている。

公園には、数百人規模のアバターが集まり、ごった返していた。


 誰もかれもが、アニメチックな制服姿や華美な衣装、またはパワードスーツ姿だ。一見すると一般人らしい人も、銃火器や、俺みたいに非現実的なデザインの武器を手にしている。


 昼下がりの公園が、まるでコスプレ会場だ。

 その中に、見慣れた姿を見つける。

 向こうも、俺らに気づくや否や笑顔で駆け寄ってくる。


「やぁ幹明。遅かったじゃないか。あと一分遅かったら美咲ちゃんとランデブーするところだったよ」


「幹明。早く来たご褒美になでてあげますわ」

「ワン!」


 俺は犬の真似をしながら、漆黒のドレス姿の美咲に頭を突き出した。


「ふふ、可愛いわね」


 美咲の白くたおやかな手が、頭のきもちいい部分を的確に刺激してくれる。

 あぁ、美咲の手はイイなぁ。


「あはは、幹明ってば本当に犬みたい。わたしもいいこいいこ」

「じゃあボクもいいこいいこ」


 美奈穂と夏希も一緒になって、俺の頭を撫でまわす。

 上品な手と無邪気な手と爽やかな手が、仲良く頭頂部、後頭部、側頭部を分け合うように撫でまわしてくる。


 こ、これは……。

 頭をなでられると、なんだか得も言われぬ快感に意識がトロける。

 気持ちよくてあたたかくてでもこそばゆくもある。

 脳に近いせいかな。と思った矢先、


「そんなに好きならなでであげるわよ!」


 春香が俺の頭にヘッドロックをかけながら、乱暴にかき回してくる。


「あ~、誰かたすけてぇ!」


 とは言いつつ、アバターだから痛みはないし、けれど春香の豊乳が顔に押し当てられて、それこそまさに得も言われぬ快感に多幸感が溢れてくる。


 誰も助けないで妨げないで、この快感を、一秒でも長く!

 そんな俺の願いも空しく、無粋な声がかかってくる。



「ねぇ君たちぃ。イベントに参加するなら俺らと組まない?」

「女の子だけじゃ不安だろ?」


 そう言って声をかけてきたのは、一目見ただけでいら立ちが募りそうな、ちょっと派手な五人のイケメングループだった。


 みんな髪を染め、耳にはピアスをしている。

 首から下のアバター衣装も、なんだかファッショナブルな感じにあれやこれやをあれこれしてとにかくなんかそういう感じにしている。キャラメイク上手いな。


 夏希を見習え。同じイケメンでも、夏希のミリタリー学園アバターの制服はキャラメイク時のカスタイマイズは最小限で、実に洗練されている。夏希は女子だけど。


 それは置いといて。

女の子だけ? 俺の存在を無視する愚かなナンパ野郎たちに、一言言ってやる。


「何が女の子だけだ。俺を忘れるな!」

「え? その声、君、男だったの?」

「なんだ男連れかよ」

「じゃあそっちも男か?」

「ボクは女子だよ! 幹明の前ではね!」

「え!? 演技だったの!? じゃあ雑食じゃなくて百合なの!?」

「え? いや、ボクは雑食だけど……そういう意味じゃ……」

「うん、だよな。というわけでお前らはお呼びじゃないんだよ!」

「そ、そうだよ。それに幹明はボクら全員のパンツをコンプリートしているハーレム王なんだから!」


 春香が赤面して震え、美奈穂はわざとらしく恥じらう演技をする。


「ワタクシは見せていませんけど」

「とにかく!」


 美咲の言葉を遮るように夏希は声を上げる。


「君らが割り込む余地なんてないからとっとと帰るんだね!」


 夏希の勢いに押されつつ、ナンパ野郎たちは不機嫌そうな顔で踵を返した。

 なんか、大事な所を夏希に持っていかれた気もするけど、とりあえず良しとしよう。


「それにしても、あいつら俺のことを女子と間違うなんて失礼だよね。一八〇度どこから見てもイケメンなのに」


 なんて、俺がちょっと冗談めかしたことを言うと、美奈穂たちが頷いた。


「確かに幹明って後ろから見るとかっこいいよね」

「あんたは振り向かないほうがいいわよ」

「幹明は後ろ美人ですのね」

「前から見てよ!」

「ははは、大丈夫、幹明はカッコいいよ。あんな奴らよりもずっとね」

「うぅ、ありがとう夏希」


 お前が女子なら恋に落ちているところだよ。実際女子だけど。俺は何を言っているんだろう。



 そこへ、突然周囲がざわめいた。

 皆の視線の先、頭上を見上げると、昼間の空、太陽を隠すようにして、黒い影が広がっていく。


 空にぽっかりと空いた孔の中では嵐のような渦が起こり、穴から空へヒビが広がっていく。


 何が起こったのかと思い、固唾をのんで見守っていると、孔の奥から何かが聞こえてきた。


 声。

 それも人のではない。多種多様な生物の雄たけびが何千何万と重なったような、地の果てから響いてくるような声だった。


 遠くから、徐々に津波が近づいてくるのにも似た恐怖が、心臓の鼓動を一段階上げる。

 次の瞬間。

 孔の中から、モンスターの軍勢が吐き出された。

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