第10話 MRバトル
帰りのホームルームも終わった放課後。
クラスメイト達は、帰りはどこに寄るか、一度家に帰ってからどこへ行こうなど、遊ぶ相談をしながら廊下へ出ていく。
ふっ、君らがそうして遊んでいるうちに、俺はぐいっと差をつけてやる。
にやりと、心の中でほくそ笑む。
教室に残っているのは、俺、夏希、春香、美奈穂の四人だ。
「よし、じゃあすぐやってもいいかな?」
俺から見て美奈穂は正面、春香は右、夏希は後ろで、ちょうど席が近いので、話はしやすかった。
「へぇ、やる気じゃない幹明。感心感心」
出来の悪い弟を褒めるように、春香は頭をなでる仕草をする。
「そりゃ、人生に三年間しかない高校生活がかかっているからね。見ていろよ。俺は月末試験で、絶対に最下位から抜け出してパン耳地獄から脱出してやる!」
「そんなに意気込まなくてもいいんじゃないかい? 幹明は本来優秀なプレイヤーだし、まともにやれば春香ちゃん級だろ?」
俺が意気込むと、夏希は飄々と喋りながら肩を組んできた。近い近い。
「あれ? そうなの?」
夏希の説明に、美奈穂が小首をかしげた。
「あぁ、美奈穂ちゃんは知らなかったね。幹明は【スクランブル】の上位ランカーだよ」
「えー、すごーい」
期せずして有名人に遭遇した、子供のような反応で喜ぶ美奈穂。
「いやぁ、まぁね」
春香や夏希とは違い、女の子らしい反応に、つい照れてしまう。
「そうそう、幹明は凄い奴なんだよ。羨ましい限りさ、このこの」
からかうようにして、指で俺の胸板を突いてくる。
一見すると、男子高校生同士の何気ないじゃれ合いに見えるけど、夏希は女子でしかも指が俺の乳首に当たっている。
制服越しに、どうして的確に乳首を突けるんだよ。
おいやめろ。くるくるするな。いじるな。笑みから爽やかさが抜けているぞ。
「じゃあ春香と夏希のランキングは?」
ここで美奈穂が尋ねているランキングは、もちろん学内ランキングじゃなくて、オンライン対戦での全国ランキングだ。
「あたしは幹明よりも上よ。夏希は、幹明よりも少し下だったかしら?」
「わぁすごい。いいなぁ、わたしなんて上位ランカーどころか未だにパリング(敵の攻撃を寸前で弾くテク)とかめくり(相手を飛び越えざまに攻撃するテク)とかできないよ」
「じゃああんたも末席でないにしろ学園ランキングあまり高くないの?」
「あはは、残念ながらね。だから幹明と一緒で、わたしも月末試験でランキング上げたいの。よかったら誰かパリングとめくり教えてよ。おねがい」
最後の、おねがい、に重なるようにして、顔の前で両手を合わせる美奈穂。
すると、両腕に挟み込まれた胸が、むちむちっとボリュームアップした。
「ちなみに、美奈穂ちゃんのアバタータイプは?」
「パワードスーツだよ。ダイブ・アバター」
椅子の背もたれに体重を預けて、美奈穂が眠ったように、こくりとうつむいた。
同時に、彼女の横には、もう一人の穂奈美美奈穂が現れた。
その艶姿に、俺と夏希が息を呑む。
MRゲーム【スクランブル】は、異能学園モノの主人公になれる、が売り文句のゲームだ。
そのアバタータイプは全部六つ。
【超能力学園】【異能武器学園】【魔法学園】【ミリタリー学園】【召喚術学園】【パワードスーツ学園】だ。
どれも、アバターの格好は現実にはあり得ない、アニメチックな、かっこいい制服姿なのだけれど、例外がふたつ。
召喚術学園は、召喚獣を模した衣装になり、パワードスーツ学園は、インナースーツの手足に機械の手足をつけた格好になる。そしてお約束と言うか、なんというか、パワードスーツ学園の格好は……。
「ほら、パワードスーツだよ」
目の前に現れた美奈穂は、ハイレグタイプのワンピース水着姿だった。
インナーデザインは、もちろんキャラメイクの時に変更できる。露出度のない、宇宙服のようなデザインにもできる。
けれど、美奈穂のインナーはかなり露出度が高い。
太ももはもちろん、足の付け根まで丸見えのハイレグタイプで、胸元のスリットからは、深い谷間がモロ見えだ。彼女の動きに合わせて揺れ動く胸のモーションが、物理エンジンの優秀さを物語っている。
俺は察した。
美奈穂とパリングの練習をするということは、彼女の胸の谷間を見放題ということであり、彼女とめくりの練習をするということは、彼女の胸とハイレグをローアングルから見放題ということである。
それに美奈穂のことだ。練習が終われば、お礼にとハグとかハグとか色々なスキンシップも期待できる。
そうなれば、あのクッション性抜群の胸を、思う存分味わえるだろう。
「えへへ、ありがとう、幹明」むぎゅ
「幹明って、上手いんだね」ちゅ
「お礼にパンツ見せてあげるね。ほら」ふぁさ
「ねぇ、幹明。わたしね、いますごいドキドキしているよ。ほら」どたぷん
ぬぉおおおおおおおおおお! このチャンスを逃してなるものかぁ!
ここまで〇・〇六秒。
「「任せてくれ!」」
俺と夏希が、同時に立ち上がった。
「「むむっ!」」
俺と夏希の視線がかち合い、仁義なき火花を散らした。
夏希は王子様スマイルで牽制してくる。
「いやいや幹明。君は最下位から抜け出すための練習があるだろ? 美奈穂ちゃんにはボクが教えるから、君は春香ちゃんと練習に励んでくれたまえよ」
俺も、優しい声音で応戦する。
「いやいやいや、夏希の言う通り、俺は上位ランカーだし練習はいいよ。それよりも今は美奈穂の練習が大事だろぉ」
俺と夏希は、笑顔を張り付けたまま、両手を重ね合い、リング中央で力比べをするプロレスラーのように対峙した。
「いやいやいやいや、ここはボクが」
「いやいやいやいやいや、ここは俺が」
互いの手から、ミシミシと音が鳴り始める。
このままじゃあ埒がかない。なら、夏希と勝負をつける方法はただ一つ。
「「スタンド・ダイブ・アバター!」」
体に、直立姿勢を維持する信号を残したままMRアバターに意識を移す、スタンドモードで意識をアバターに移した。
途端に意識と視界がブラックアウトして、聴覚や視覚を含めた五感が消失する。
まるで、夢から覚める直前のような感覚を経由して、五感が戻ってくる。
そこはさっきと同じ一年二組の教室。
けれど、決定的に違う点がある。
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