第40話


「守人、無理していない?」

「無理って、なにがだ?」

「だって、その、狩奈の言葉で気づいたんだけど、千年前の友達とか、家族とか……」


 口にするのもはばかられるように、奏美の声は徐々に小さくなり、途切れてしまう。


 ついには、言葉にしたのを後悔するように、奏美はうつむき、肩を落とした。

 周りにも、なんだか気まずい雰囲気が流れている。

 明恋や女子たちも、まるで思い出したように意気消沈する。


 どうやら、俺はかなり気を使われているらしい。

 でも、そういうことだったのかと納得した。


「ん~、なんて言えば良いのかな。気にしてないわけじゃないけど、心配しなくても大丈夫かな。確かに、俺はもう二度と家族にも友達にも会えない。妹の真守はどうなったのかなぁ、とか気になる。でもさ、慣れるんだよ。人の死に」


 緊張感が走る奏美たちの顔を眺めながら、俺は説明した。


「みんな軍事高校に通っていて、将来は戦場に出ることになると思うから聞いて欲しい。戦場って本気で厳しい世界でさ、一緒に朝食を食べた奴が昼食にいないなんて当たり前だし、なんなら目の前で話している奴が流れ弾で死ぬこともある。最初は悲しくて、落ち込んで、次は自分が死ぬのかって怖くなるんだ」


 昔のことを思い出しながら、俺は感情が静かに冷えていくのを感じた。


「でも、そんなことを重ねていくうちに、受け入れるのが早くなるんだよ。まるで死んでから何年も経ったように、『幼い頃にこういう奴がいて、でも事故で死んじまった』みたいな感覚に、すぐなるんだ。俺らは死んだ人のことを、【アルバムの人】って呼んでた。だから正直、ここが千年後の未来だって認めた時は、まぁ結構こたえたよ。心のアルバムのページが、一気に倍化したんだから……」


 奏美たちは悲しそうな顔をする。誰も、茶化したり、おどけたり、その場を和ませようとはしなかった。まったく、本当にいい子たちだよ。


「でもさ、俺って恵まれているよなって思うんだよ」


 みんなの顔が上がって、俺の顔に注目する。

 だから俺は、前歯を見せて笑った。


「アルバムのページがたくさんあるってことは、それだけ多くの仲間がいたってことだろ? アルバムの厚みの分だけ、幸せな人生だったって、俺は思うぜ」

「守人……」


 安心させるつもりだったのに、奏美の瞳が濡れ、涙の粒が大きく膨らみ、溢れて目から零れ落ちた。


 いい子すぎて、嬉しくて、自然と口元がほころんだ。

 すると、奏美はブレイルを量子化させてから、ぎゅっと俺に抱き着いてきた。


「だいじょうぶだよ守人。わたしは、絶対にアルバムの人にはならないよ」


 涙ぐみながら、俺の胸板に顔をうずめてくれる奏美の体温が心地いい。

 奏美は優しくて、温かくて、そして俺の新しい家族になってくれた。

 仲間との別れを悲しむのに負い目を感じる程の愛情を、彼女から貰っている。


 暗い顔なんてしていられないな。

 俺がそう思っていると、ギャラリーの女子たちが涙ながらに殺到してきた。


「わぁぁん! 守人くんもう大丈夫だよあたしたちがいるよぉ!」

「守人くんはこの時代で一人ぼっちなんかじゃないよぉ!」


 みんなして俺を取り囲んで、四方八方から抱き着いてくるので、少し苦しい。


 でも、嘘泣きとは思えないみんなの涙は、よほどの感動屋でもなければ、本物だろう。


 本当に俺のことを心配してくれているなら、困ったくらい、いい子たちだと思う。

 ふと、みんなの向こう側で、明恋がぽつんと立っているのに気が付いた。


 足と手を出したり引っ込めたりしてまごついている。

 独りだけ、波に乗り遅れて取り残されたらしい。


 不器用な子だなぁ、と思いながら、俺は笑顔で手を伸ばした。


「明恋も慰めてくれるのか?」


 彼女の顔がポンと赤くなって、俺の顔色を何度もうかがってから、おずおずと歩み寄ってきた。


「慰めてあげてもいいわよ。じゃないと、可哀そうだもの」


 明恋が伸ばした手が、ぎゅっと俺の手を握った。

 どれぐらいの力で握ればいいのか迷うような、不器用な手が、ひたすら可愛かった。


 すると、視界の中にAIコンのくまおが、丸い体でころりん、とおむすびのように転がってきた。それから手紙を取り出した。

 どうやら、狩奈からのメッセージらしい。


   ◆


 一週間後の午後四時。

 満員の観客が見守るアリーナのバトルフィールド中央で、俺と狩奈は対峙した。


 学園主席で絶世の美貌を誇る憧れのお姉様だけあり、狩奈が入場した時の歓声は、俺に負けていなかった。


「すげぇ人気だなぁ、じゃあ今日はひとつ頼むぜ」


 試合解説のアナウンスが流れる中、俺はスポーツマンシップに則り、正々堂々戦おうとするも、彼女の第一声はこれだった。


「おい守人」


 怒りを漲らせた目じりを吊り上げ、狩奈は怒声を飛ばした。


「この一週間、なんで一度もアタシの部屋に来ないんだよ!?」


 なんのことだかわからず、俺は首を傾げた。


「部屋?」


 ビャクヤという名前の通り、白い機体をまといながら、狩奈は怒鳴った。


「アタシの寮の部屋番号、メッセージで送っただろ!」


「部屋番号だけで来いとは言われていないし、用があった時に来れるよう送ってきたんじゃないのか?」


「バカかよ! この鳴界狩奈様が部屋番号を送ったんだぞ。そこは夜にお忍びで尋ねて謝罪して愛を語って仲直りしてシャワーを浴びた後でベッドインだろ」

感情的にまくしたてる狩奈に、俺はちょっと心をくすぐられた。


「お前……可愛いな」

「は?」


「いや、理想の恋愛像があるっていうか、素敵な恋に憧れているんだなって。そういうの、すごい女の子っぽくて好きだぜ」


 狩奈の眼が限界まで開いて、首筋から耳まで、赤みが走り抜けた。


「いぃ、いまさらご機嫌取るんじゃないよ! アンタの出兵願いなんて、アタシが全力で潰してやるよ」

「俺も手加減しないぜ。こうしている間にも、いつこの学園に弾道ミサイルが落ちるかわからないからな」


 狩奈の片眉が、怪訝そうにきゅっと歪んだ。


「弾道ミサイル? そんなのもう二〇〇年以上も落ちていないよ?」

「甘いなぁ。千年前の俺も予想していなかったよ。まさか、自分の通う学校に弾道ミサイルが落ちるなんてな」


「なんの話だ?」

「ただの、昔話だよ」


 俺が言い終えたところで、試合開始の合図が響いた。


「だったら病院のベッドの上で昔話に浸っていな!」


 言うや否や、狩奈の手に、一本のロングソードが構築された。

 その切っ先が俺へ向けられた刹那、刀身が弾丸のように射出された。


 スペツナズナイフ――スプリング式刀身発射ナイフ――の一種かと思うも、刀身は何段階にも分割して、すべてがワイヤーで繋がっていた。


 ゲームやマンガで見かける、いわゆる蛇腹剣らしい。

 体を半身に構えると、頬をかすめるようにして、剣尖とワイヤーが通り過ぎて行った。


 刀身に対してワイヤーが長すぎる。分割された刀身同士の感覚が空きすぎて役に立たない。俺がそう思った矢先、変化が起こった。


 分割された刀身同士の隙間を埋めるように、青白い光が奔った。

 高周波蛇腹剣ではなく、プラズマ蛇腹剣らしい。


 鞭のようにしなり、変幻自在に動くプラズマソードを引き戻すと、狩奈は上機嫌に舌を回した。


「アビリティや広域殲滅武装を使っちゃ勝負が一瞬でつまらねぇ。オーディエンスを楽しませるのも、選ばれた者の務めだからな。まずはこいつで、反省の機会を与えてやるよ」


 従僕を罰する女王様気取りで、狩奈は蛇腹剣を振り回し始めた。

 遠心力を高めながら、自由自在に動く蛇腹剣は、あっと言う間に音速を超えて、白い軌跡を空中に描きながら襲い掛かってきた。


「こいつの動きは、ブレイルで強化された動体視力でも捉えられないよ!」

「でも、先端の動きはお前の手元が事前に教えてくれるだろ?」


 そう言って、俺は蛇腹剣の猛攻を避けた。ちなみに、実際は刀身の動きもある程度は見えていた。かつて、銃弾相手に鍛えた動体視力は伊達じゃない。


★前にも言いましたが、本作は私が2012年にMF文庫Jから発売したデビュー作、【忘却の軍神と装甲戦姫】と同じ設定で作っています。前作を読んだ方はどちがら面白いか比べてみて頂ければと思います。20代の鏡銀鉢VS30台の鏡銀鉢ですね。前の方が面白かった、という意見も大歓迎ですwww

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