第38話


 奏美も、息を呑むようにして見上げてくる。


「中佐殿は高校生の身分ですが、前線へ戻られたいのですか?」

「もともと前線組のプロ軍人だしな。ブレイルの操縦を覚えて前線で戦えるようになり次第、すぐにでも前線に戻りたい」


 奏美は眉間に力を入れて、桜色のくちびるを横に結んだ。


 行ってほしくない、でも、俺の邪魔をしたくない、そんな表情だった。

 もちろん、奏美を残して戦地へ行くのは心苦しい。


 けど、そんなのはどの兵士も同じだ。

 家族と離れたくないから戦地に行かない、なんて言うなら、軍人をやめるべきだ。


「学生を戦地へ送るには、本人の希望と有用性を示す必要があります。残念ですが、元プロ軍人とはいえ、ブレイル歴の短い中佐殿では、上層部は出兵許可を出さないでしょう」


「俺の有用性を示すにはどうすればいいんだ?」

「戦闘系の実績を上げることです。戦闘系の学校行事はまだ先なので、てっとり早いものは、学園主席を倒し、中佐殿が学園最強を示せば、有利な材料になるでしょう」


「学園主席? それって確か……」


「はい、先ほどの鳴界狩奈です。彼女は去年、学年末に行われる学内トーナメントで、上級生を抑えて優勝した実力者で、一〇〇年に一人の天才と言われています」


「なるほどわかった。じゃあちょっと行ってくるわ」

「え? 中佐殿?」


 俺は踵を返すと、廊下へと飛び出した。

 うしろから奏美が追いかけてくる。


「あ、待って守人」


 左へ首を回せば、鳴界のボリューム溢れるポニーテールはすぐに発見できた。

 あれだけ大股に出て行って、もう結構経つのに、なぜかそんなに離れていない。


 ていうか、今はのろのろと、牛歩のようにのんびりと歩いている。

 まるで、俺が追いかけてくるのを待つかのように。


「おーい鳴界、待ってくれよ」


 俺が声をかけながら駆け寄ると、鳴界はとびきりの笑顔で振り返った。


「なんだい守人ぉ? やっぱりアタシと付き合いたくなっちゃったかぁ? まったく、変にカッコつけると損するぜ♪」

「お前と勝負して勝ったら俺、出兵できるらしいんだ。だから俺と勝負してくれよ」


 鳴界の笑顔が固まった。


「勝負……アタシと付き合いたいとかじゃなくて?」


 さっきまで、小躍りせんばかりの勢いでウキウキワクワクだった声はしぼんでいた。


「それはさっき断ったろ? お前みたいな美人に好かれて悪い気はしないけど、地球唯一の男だからって理由で好かれてもなぁ。それで勝負なんだけど、受けてくれるか?」


 俺の問いに、鳴界は酷く無機質な声で訊き返してきた。


「アタシに勝てないと、アンタ困るんだよな?」

「おう」


 鳴界の顔が、獰猛な笑みを浮かべた。


「いいぜぇ、やってやるよ。そんでギッタギタのメッタメタにブチのめしてわからせてやるよ。自分の立場ってやつをな。なんなら千年前のお仲間の元に送ってやろうか?」


 ――おっ、こいついい挑発するなぁ。


「それは至れり尽くせりだな。墓参りの手間が省けるぜ。というわけで」


 ニヤリと笑みを返してから、俺は振り返った。

 案の定、俺を追いかけてきた奏美と、あと恋芽が立っていた。


 二人とも、妙に不安そうな顔をしていた。

 特に、奏美はスカートの裾を握り、迷子が寂しさを紛らわそうとしているようだった。


「話がまとまった。奏美、悪いけど今度は鳴界対策の特訓を頼む」


 俺のお願いに、奏美はすぐには答えてくれなかった。

 不安と寂しさ、それに、心配が混じり合った、なんとも悲し気な表情をしていた。


 けれど、少しするとどうにか納得してくれたのか、スカートから手を離して、きりっと眉を引き締めた。


「うん、任せて守人。今度も、私が守人を勝たせてみせるよ」

「おう、頼りにしているぜ」


 そうして俺らが意気込むと、恋芽が眉根を寄せた。


「でもどうするの奏美。狩奈の専用機、ビャクヤは広域殲滅特化型機体で、一人軍隊と呼ばれるほどの火力を持っているわ。残念だけど、近接戦闘主体の守人の天敵よ」


 俺らの会話に、鳴界は嗜虐的な笑みを作った。


「悪いな守人。残念ながら、そういうことだ」

「なら、俺も見せてやるよ。銃剣の可能性ってやつをな」


 俺も、久しぶりに嗜虐的な笑みを作った。


   ◆


 試合は一週間後に決まり、俺と奏美、それから恋芽は、これまで通り、アリーナに集まった。ギャラリーもずいぶんと賑やかだ。学年もクラスも問わず、多くの女子が集まっている。


「じゃあ始めるか。でも恋芽が手伝ってくれるのは意外だったよ。ありがとうな」


 専用機のアカツキを構築しながら俺がお礼を言うと、恋芽はイザヨイをまといながら、ツンと視線を逸らした。


「昨日のお礼よ。深い意味はないわ」


 ギャラリーの女子たちが。ほっこりと和む。


「まさか明恋のこんな可愛い姿が見られるなんて」

「ツンがデレる瞬間っていいよね」

「デレてないわよ!」


 恋芽がツッコむと、女子たちはますます盛り上がった。


「まぁ聞きまして隣の奥様。ツンですわよ」

「うふふ、デレたての頃はまだ素直じゃないですわね」

「ッッ~~!」

「恋芽って愛されているなぁ……」


「愛されてなんかいないわよ! あと守人、いい加減、その恋芽って呼び方やめてくれる? なんでいちいち苗字で呼ぶのよ」


「俺の時代だと普通は苗字呼びなんだけど。そういえばこの時代に来てからみんな俺のこと下の名前で呼ぶな」


 そこへ、奏美が、そっと俺に寄り添ってきた。


「いまは下の名前で呼ぶのが普通だよ。苗字で呼ぶのは、同じ名前の人がいたときに呼び分ける場合かな」


「随分フレンドリーだな。まぁいいけど。それで本題だけど奏美、鳴界、ていうか狩奈ってどんな戦い方をするんだ?」


「うん、さっき、明恋が言ったと思うけど、狩奈の専用機ビャクヤは広域殲滅特化型機体だよ。両手や肩、浮遊ビットのガトリング砲に榴弾砲、過電粒子砲に多連装ミサイルランチャーを装備していて、圧倒的な火力と弾幕の厚さに、他の専用機の生徒も圧倒されちゃうの」


「私も去年の学内トーナメントで戦ったけど、一分と持たなかったわ」


 明恋が、悔しそうにまつ毛を伏せた。

 自慢の未来視も、広域殲滅攻撃には、歯が立たなかったらしい。

 街中ならやりようはあるけど、アリーナは遮蔽部のない平地だからなぁ。


「でも、多重武装で勝てるなら、みんな多重武装にするんじゃないのか?」


 ブレイルバトルがそんなに単純なら、苦労はないだろう。


「よく気が付いたね。流石は守人。もちろん、それだけじゃないよ。狩奈最大の強みは、幻覚アビリティだよ」

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