第31話


「ならもう手加減はしないわ! 未来視プラス多重射撃。これが私の必勝法よ!」


 残る四基のビットが、俺の頭上を旋回しながら包囲してくる。


「距離を取れば死角を取られることもつかまれることもない。射撃を避けられても、未来視で照準を微調整して、貴方の逃げる方向に撃ち続ければ、いずれは捕まるでしょう!」


「なら、真正面から弾くだけだ」


 四方向から光弾が放たれると、俺はフロントブーストで地上を駆け抜けた。


 三発の光弾を避け、正面から迫る光弾は銃剣で弾いて、そのまま包囲網を突破した。


「撃った後の弾は変化しない。射撃は死んだ攻撃だ。そんなものはどうとでもなる」

「そういう貴方も射撃しているじゃない!」


「俺は活かしているからいいんだよ。牽制のつもりで弾かれるの前提の時もあるしな。なのにお前は死角から撃つこともしないで俺の視界の中でこれみよがしに撃ってきて、当たるわけがないだろ」


 敏捷性も、未来視も、ビットも攻略された恋芽は、愕然として瞳を凍らせるも、背後へ飛びながら、自分に言い聞かせるようにして叫んだ。


「まだよ! 空中戦なら、ブレイル歴の長い私に分があるわ!」

「それはどうかな」


 俺は、プラズマシールドを水平に、足元に展開した。

 階段のように、次々空中へ足場を作り、俺はその上を駆け上がっていく。


「シールドを足場に!?」


 奏美との特訓で、プラズマシールドを足の底で蹴った時、十分な摩擦があることを確認して、思いついた戦法だ。


 恋芽目掛けて猛進しながら、俺は言ってやる。


「お前の言う通り、千年の間に進化したこともあるかもしれない。けどな、失ったものもあるんだぜ。その一つがこれだ!」


 恋芽へ肉迫する刹那、足元に、畳一畳分のシールドを張った。

 十分な広さの足場の上で、俺は銃剣を上段に構えながら、一気に踏み込んだ。


 全脚力を、カカトを経由して足場に伝えて、体を前に送りながら、ブースターの推進力を上乗せる。


 さらに、足場を支えに腰をひねり、上半身の全運動エネルギーを銃剣の先端に収束していく。


 アカツキのアビリティを発動させながら、ブースターの推進力と全関節の最大瞬発力と筋力、全体重を一つに重ねて振り下ろした、渾身の上段斬りが、恋芽の左肩で炸裂した。


 銃剣の刃は、あっさりとプラズマブレードを破り、金属装甲、背面パーツ、パイロットスーツを断ち斬り、右わき腹から抜け出た。


 龍崎教官曰く、待機出力なら、攻撃がプラズマアーマーを貫くことはない。

 けれど、俺の銃剣は物理剣の高周波ブレード。使用者の技量で威力が変わる。


「悪いけど、伊達に地獄の特訓は積んでないんだよ」


 完膚なきまでに両断された恋芽の背面パーツ、いや、イザヨイの本体は激しくスパークしてから、機能を停止した。


 勝敗は、どちらか一方の戦闘不能、もしくは敗北宣言だ。

 頭上から、試合終了のブザーが鳴り、俺の名前がコールされた。


 俺のアビリティを聞いた恋芽は、専用機の意味がないと言ったけど、それは違う。


「生物を傷つけないなんて、最高のアビリティだよ。殺す心配がないから、殺人技術が使い放題だぜ」


 沸騰した客席から、熱い歓声が沸き起こり、俺は、奏美の姿を探した。

 この勝利を、一番に喜んでほしかった。


 けど、その前に、とんでもないことが起こった。

 生命体を傷つけないアカツキのアビリティ、【生類憐れ道】により、恋芽は無傷だった。


 でも、俺の銃剣で袈裟切りにされた恋芽のパイロットスーツは、胸元が斜めに裂かれて、隙間からわずかに肌色が覗いている。


 その胸元が、弾けるように膨らんだ。必然、切れ目が大きく広がり、彼女の胸の谷間が丸見えになった。


 客席から、違う響きの歓声が沸いて、実況のアナウンスも「これは嬉しいハプニング」などとはやし立てた。


 周囲からの視線に、恋芽の顔に赤みが広がり、目頭に涙が浮かんだ。


「イヤァン!」

「マズイッッ。みんな見るな!」


 俺は、脊髄反射で彼女を抱きかかえると、曇りガラスのつもりで、左右にシールドを張りながら、選手入場口へとブーストをかけてカッ飛んだ。


 シールドは半透明だが、なにもしないよりはマシだ。


 どよめく客席と実況の声を背に、俺は震える恋芽を腕に抱き、フィールドの壁にぽっかりと口を開けた選手入場口へと飛び込んだ。


 そこから先はスピードを緩めて、床に着地しながら走り続けた。

 選手控室に入ると、恋芽をベンチに下ろして、彼女のほうを見ないように背を向けた。


 俺は、罪悪感で動揺しながら壁に向かって額を着けた。


「ごめん、あんなつもりじゃなかったんだけど、恥ずかしい目に遭わせて」


 背中越しに、誠心誠意謝った。

 俺は、十代の少女を、公衆の面前で剥いてしまったのだ。

不可抗力だったとしても、許されることじゃない。


「本当にごめん。でも、言い訳に聞こえるかもしれないけど、知らなかったんだ。まさか、奏美だけじゃなくて……恋芽まで胸の大きさを隠していたなんて……」


 本来の予定なら、極細の筋が一本入るだけで済むはずだった。


 けれど、奏美と同じで、恋芽はパイロットスーツの設定を変えて、胸をキツく締め付けて、胸を小さく見せていたらしい。


 そのスーツを俺がブッタ切ったせいで、スーツは収縮機能を失い、あんなことに。

 恋芽は何も語ってはくれない。


 その静寂が、彼女の精神的ショックを雄弁に語っていて、余計に辛かった。


 どれだけそうしていただろうか。

 一度、通信機に、奏美と龍崎教官から呼び出しが入ったので、恋芽のフォローをしたいから待っててくれとメッセージを返した。


 それから、俺はゆっくりと、彼女に尋ねた。


「なぁ。もしかして、恋芽が破廉恥なこと嫌いなのって、そのせいか?」


 すると、ようやく恋芽は口を開いてくれた。


「私……この胸が嫌いなの……」


 今までの彼女からは想像もできない、弱々しい声だった。

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