第12話

 それから、出席番号順に女の子が俺の前に出てきては名前とスリーサイズ、趣味や恋人の好み(明らかに俺のこと)を口にして、勝った時のご褒美をねだってから攻撃してきた。


 けれど、彼女たちの動きはどれも妙に稚拙で、俺は軽くあしらった。

 投げ技を狙ってきた女子は、しゃがみタックルで足を抱えてすくい投げてやった。


 ハイキックを放ってきた女子は、残る軸足を払って転ばせてやった。

 関節技を狙ってきた女子は、わざとかかってから返し技で逆に関節技をかけてやった。


 どの子もみんな、一年以上軍隊訓練をしているとは思えないほどつたない動きで、簡単に一本を取ることができた。


 そんなことを何度か繰り返していると、みんながどんどん静かに、そして息を呑むように見入ってくるようになった。

 一方で一人、背の高い、ポニーテールの女の子が、勢いよく飛び出してきた。


「鶴弥菜々子! 剣道三段! スリーサイズは九一、六〇、九〇のGカップ! 好みのタイプは強い人! 趣味は強い人と戦うこと! 電源は切るので、どうかブレードの使用を許可してください!」


 右手には、SFアニメに出てきそうな、機械的な刀を握っている。きっと、高周波ブレードだろう。

 俺の量子化物一覧にも、それらしき名前があった。


「いいぜ。剣道三段なら、少し期待できるしな」


 剣道の初段二段は、結構な人が持っているし、真面目に練習をすれば、誰でも取れる。


 けれど、三段からは、保有者がぐっと減る。

 二段と三段の間には、高い壁が存在する証拠だ。


 自然と、口角がミリ単位で上がった。


 ちょっと愉しくなりながら、俺はARウィンドウの量子化物一覧から、コテツ七式、という名前をタップした。


 右手の手の平に、鶴弥と同じ刀が構築される。

 刀は専門じゃないけど、銃剣の練習で基本は教わった。


「行きますよ! はっあっああああああああああああああああああああ!」


 刀を上段に構えた鶴弥は、裂帛の気合いと同時に力強く踏み込んできた。


 体の使い方は上手い。

 刀に体重も乗っている。

 気合いも十分。


 けど、先が読めていない。

 俺は、剣先で彼女の刀でも前腕でもなく、刀を握る左手の指を払った。


 左手の支えを失ったことで、軌道の逸れた刀身を半身になって避けながら、俺は鋭く踏み込み、彼女の背後に回り込みながら、首筋に刃を添えた。


 たぶん、鶴弥には俺が自分の体をすり抜けたように感じているだろう。

 ぎこちなく振り返った鶴弥の額には、大粒の汗が浮かんでいた。


「し、失礼ですが……段位は……?」

「いや、俺ちゃんと剣道やってないから段位とかないぞ」


 鶴弥の手から、刀が落ちた。

 そして、ガシャリという音が合図だったかのように、女子たちの歓声が沸き上がった。


「すっごぉおおおおおおおおおおおおい!」

「菜々子に剣で勝つ人とか初めて見たよ!」

「千年前の絶技ヤバすぎでしょ!」

「フィクション以上でしょ! ていうか超えているでしょ!」

「守人くんカッコイイ!」

「ステキー! 抱いてー!」

「自前の刀で私を貫いてぇ!」


 ――さっきからちょいちょい変な声を上げている奴は誰だよ。


 ちなみに、奏美は両手を頬に当てて、ぽぉ~っとしている。


 ――ちょっ、ガチっぽくて恥ずかしいからやめろよ。


 流れを変えるためにも、俺は組手を切り上げて、疑問を解消することにした。


「教官、これはどういうことだ? みんな本当に軍隊格闘の訓練をしているのか? 動きがまるでスポーツ格闘技じゃないか」


 カカトを浮かせてリズムを取るせいで攻撃のタイミングはモロわかりだし加速も遅い。


 特定の攻撃に対する警戒が薄い。

 相手に隙も作らず真正面から突っ込んでくる。

 どれも、俺の時代じゃあり得ない戦闘姿勢だ。


「面目ありません」


 教官は顔を伏せて、重々しく息を抜くように謝罪した。


「千年の間に、何が起こったんだ?」

「はい。結論から言えば、実戦的な白兵戦闘術は失伝してしまったのです」

「それだけ平和だったってことか?」


「いえ、この千年の間に、世界大戦と呼ばれる戦争は、幾度かありました。しかし、兵器のハイテク化が進み、兵士には兵器の操縦技術と射撃技術が求められた結果、実戦的な白兵戦闘技術は衰退しました」


 ――そりゃ、戦車や戦闘機相手に軍隊格闘技なんて効かないよな。


「今はブレイルの性能向上により、再び白兵戦闘の需要は高まりました。ですが、我々が身に着けているのは、スポーツ化している現代格闘技です」

「そういうことか」


 同じようなことは、千年前にもあった。


 第二次世界大戦中、戦闘機のパイロットには、相手の後ろを取って機銃で撃ち落とす、空中格闘能力が求められた。


 けれど、目標をロックオンして発射すれば、自動で追尾して撃ち落としてくれるミサイルが戦闘機に装備されるようになると、空中格闘能力は廃れてしまった。


 それからチャフやフレアなど、ミサイルの追尾を振り切る技術が導入されると、再び空中格闘能力が求められた。だが、その頃にはもう、満足な空中格闘能力を持ったパイロットはいなかった、という話だ。


 きっと、同じことが白兵戦闘技術にも起こったのだろう。


「守人くん本当に凄いよ! もう最高!」

「失われたロストアーツの使い手とか、カッコイイ!」

「私たちにも千年前の技を教えてぇ!」

「何か奥義見せてよ奥義! 必殺技!」


 まるで、プロスポーツ選手に群がる少年たちだな、と思っていると、氷のように容赦ない言葉が切り込んできた。


「古武術なんて、なんの役に立つの?」


 みんなの視線が集まったのは、また、恋芽だった。

 一人だけ、何故かブレインメイルを実体化しないで、パイロットスーツのままだった。


 ツンとした表情の恋芽に、女子たちは色を失う。

 そんな中、奏美は、眉をちょっと強気の形にして、恋芽に言い返した。


「そうかな? 今の試合を見る限り、すごく強いと思うんだけど?」


 けれど、恋芽はさらに声の温度を下げて、言い返した。


「街中の不良相手に喧嘩をするなら、そうでしょうね。けど、ブレイル戦闘には通じないわ。そんなこともわからないで子供みたいにキャーキャー騒いで、恥ずかしくはないの?」


 奏美以外の女子も、流石に黙っていられなかったのか、反論する。


「ちょっと言い過ぎじゃない?」

「そうだよ。一人だけ私興味ありませんオーラ出して澄ましちゃって」

「明恋だって、本当は守人くんとイチャラブしたいんじゃない?」

「バカにしないでっ」


 ぴしゃりと、叩きつけるように言って、恋芽は苛立ちを露わにした。

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