第29話
それは、どうやら衛星カメラの映像らしかった。
日付は去年の冬。
場所は、どこかの廃墟と化した都市のようだった。
大通りを、骸骨と、死体と、動くマネキンや鎧騎士の軍勢が行進している。
画面中央には、骨で組まれた輿の上に乗った、黒いマント姿の巨漢がいた。
あれが、レヴナントの王、ノーライフキングだろう。
「昨年、都市の奪還を諦め、都市一つを犠牲にした、大規模作戦を実行した。燃料気化弾頭を積んだ巡航ミサイルによる、広域殲滅作戦だ」
姫様の説明に、俺はぎょっとした。
燃料気化弾頭。
それは、可燃性の液体を瞬間的に拡散してから炸裂させる、完全制圧兵器だ。
あまりの威力と殲滅範囲の広さから、敵味方地形を問わず焦土に変えてしまうため、逆に使い勝手が悪くなっている。
「この時に使用したのは、半径五キロを三〇〇〇度の炎に包むタイプだ。ビルはおろか、戦車や戦闘機でさえも蒸発させるシロモノだ。魔法で再現するには、理論上、一流の炎属性兵士二万人が必要らしい。だが……」
画面に何かが映り込んだ瞬間、映像が真っ暗になった。
爆音が轟いて、記録映像なのに、腹の底に響くような重低音が、VIPルームを満たしていく。
波が引いていくように、轟音がやむと、映像が回復した。
そこにあったのは、更地だった。
都市を形造っていたビル群は消え去り、溶岩が固まる途中のような、黒い半液状の世界が広がっている。
さしものレヴナントたちも、数十秒前の痕跡を残さず消滅していた。
にも拘わらず、画面中央には、黒い巨漢が一人、優雅に佇んでいた。
衛星カメラの映像が、段階的にノーライフキングを拡大していく。
すると、黒いフードが、ぐるりと真上を向いた。
ドクロの仮面、違う、ノーライフキングには、顔がなかった。
フードの中で、漆黒のドクロそのものが、こちらを睨んでいる。闇に堕ちた眼窩の奥に、赤い光が瞳のように灯り、何故か笑っているように感じた。
桜月は顔の輪郭を指で一撫でしてから、冷たく目を細めた。
「こいつ、衛星カメラに気づいているね」
「そうだ。おそらくだが、奴は巡行ミサイルにも気が付いていただろう。その上で、あえて受けたのだ。人類の攻撃力を推し量るためにな」
「三〇〇〇度の業火でもなお不滅、コナタなら、レーヴァテインを使った最大火力を零距離から叩き込むけど、それでも駄目ならお手上げだ」
「ただの力押しでは勝てない。冥府の住人を滅することに特化した、聖なる力が必要だ。各地で奮戦している勇者たちの報告で、聖剣がレヴナント相手に高い威力を発揮することは実証済みだ。だが問題は……」
「朝俊みたいな真の担い手でなくてもいいのか。だね?」
「うむ。もしも、聖剣の性能が、その担い手で変わるのなら、そして、他の十二人の勇者も、聖剣に選ばれていないのであれば、今の勇者たちの力がノーライフキングに通じるかは未知数だ」
二人が冷静に分析を進め、意見を交換する一方で、俺は完全に置いてけぼりだった。
「だからな、桐生曹長」
急に話を振られて、俺は背筋を伸ばした。
「残酷かもしれないが、貴君には軍の要として、心身ともに成長してもらう必要がある。荷が重いことは理解している。だが、それが果たせなければ、人類は負ける」
姫様が発した最後の言葉は、俺の胸に深く、そして重く突き刺さった。
◆
夕食が済むと、デザートは君ら二人で食べたまえと言って、姫様は席を外した。
お洒落なVIPルームで、好きな女の子とおいしくデザートタイム。
なのに、俺は考えることが多すぎて、ちっとも浸れなかった。もちろん、桜月にワンコ扱いされたことも、無関係じゃない。
「このハチミツケーキおいしいねぇ」
「……そうだね」
上機嫌な桜月に、俺はため息を我慢しながら返した。
「ん? どうしたの? キミ、甘いもの苦手?」
きょとんと尋ねてくる桜月に、俺はしばらく口を閉ざしてから、情けない気持ちを吐露した。
「勇者とか、聖剣の継承者とか、軍の要とか、俺にそんな価値、あるのかな?」
彼女の視線から逃げるように、俺はうつむいた。
「だってさ、俺、つい昨日まで何もできない劣等性だったんだぜ? なのに、急にレヴナント幹部と次期勇者を倒して、下士官最上位の曹長になって、聖剣に選ばれて勇者になって……でも、全部桜月から借りた魔力と魔剣のおかげで、俺自身は劣等生のままなわけで……さっきも言ったけど、人違いで表舞台に引っ張ってこられたみたいで、なんか……さ」
自分の感情をうまく言葉にできなくて、俺は口をもごつかせた。自分の小市民ぶりに、どんどん惨めな気持ちが湧いてくる。
借り物の力を自分の力と勘違いできる図々しさが、少しは欲しかった。
「おいおい、決闘の時の威勢はどこに行ったんだい?」
「え?」
顔を上げると、桜月はフォークをお皿に置いて、男前な表情で笑っていた。
「『力は借り物でも、勇気は本物だと桜月は言ってくれた! 魔剣は借り物でも、聖剣装備の勇者と戦うと決めた俺の覚悟は本物だ!』『お前の敗因は、お前自身の勇気の無さだ! お前に、勇者を名乗る資格はない!』だろ?」
俺のセリフを一言一句間違えず、まるでボイスレコーダーのように言って見せた。
いくら決闘の最中で興奮していたとはいえ、こんな恥ずかしいセリフを言っていたのかと、今更ながら恥ずかしくなってきた。
でも、両手で顔を隠してうつむくと、優しく、温かい声が降ってきた。
「キミの言う通り、魔剣も魔力もコナタからの借り物かもしれない。だけど、勇気と優しさはキミの自前だ! 何よりも、聖剣に選ばれたのは、コナタとは関係ないじゃないか? 胸を張りなよ。キミは、あの聖剣エクスカリバーに認められる、高潔な魂の持ち主なんだからさ!」
顔を上げた俺の目に映ったのは、桜月の明るく、そして頼もしい、無敵の笑顔だった。
その笑顔に、またも俺は、熱い勇気を貰ってしまう。
俺は、あと何回彼女に救われるんだろう。
そんな風にさえ思い、自然と笑みが吹きこぼれた。
「ありがとう。桜月って、本当にポジティブだよな」
「何を言っているんだい。過去は解釈を変えて、今をあがいて、そして未来を自分の力でもぎ取る。それが人生ってもんだろ?」
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