第28話


 そこまでは、牧野さんが説明してくれたので、俺も知っている。


「つまり、彼らにとって我々政治家は大事な交渉役であり、殺す対象ではない。むしろ、吸血鬼たちが日本を統治した後、面倒な雑務をやらせる大事な駒だ。手を出せる筈もない」


 そこは、やや嘲るようなニュアンスだった。


「なのに一部の政治家連中が疑心暗鬼になり、ハンターを街ではなく自分たちの護衛に使おうとしているのだから、身内ながら頭痛の種だよ……」


 今度は、自嘲気味だった。


 テレビで見る総理大臣なんて、ただ偉そうで庶民の生活のことなんて考えていないようにしか見えないけど、実際は抱える苦労が多いらしい。


 よくも考えてみれば、総理と言えど与党の代表者というだけで、王様のような絶対権限を持っているわけじゃない。


 身内が離党しないようご機嫌を取りつつ、個人によって思想が違う国民みんなの機嫌を取るよう、国の舵を取らなければならない。


 そう考えると、大御所政治家=私腹を肥やす悪徳政治家、というイメージは、架空のものなのかもしれない。


 おかしな話だけど、総理大臣に親近感すら湧いてきた。


「しかし総理、吸血鬼たちは何を考えているのでしょうか? もしもそうなら、イベント会場に限らず、毎晩一晩中でも街中で暴れまわり、自分たちの存在をアピールすればいいと思うのですが」


「それは私にも解らない。ただ解っているのは、彼らは皆、演出や余興を好み、吸血鬼の王に仕える御三家にはそれぞれの趣向があるということだ。最初の接触から二〇年、彼らがおとなしかったのは、休眠中の仲間が全員覚醒し、戦力が整うのを待っていた、と見る者が多い。だが、彼らと直接、そして何度も話している私には、彼らが楽しんでいるように見える」


 両肘を机に乗せ、総理は目を鋭くした。


「奴らは観賞しているんだよ。我々がどう反応するか、吸血鬼にどんな対策を打てるのかをね。そして奴らは二〇一九年に人間牧場化計画を、セレモニーを開始すると宣言し、我々は君らハンターを組織するのを間に合わせた。そして奴らは、君らを無視することなく、戦っている」


 確かに、イベント会場に俺らがいたなら、すぐ逃げて別の場所で人間を襲えばいい。


 でも彼らはそうしなかったし、何よりも、最初に俺を殺そうとした吸血鬼は言った。



「ハンターとは、随分と簡単に【死ぬ】のだな」


 そう、あいつはハンターの存在を知っていた。

 俺達が、人間側が用意した吸血鬼対策組織だと知った上で、殺しにかかってきたのだ。


「……ッ」


 あの時の恐怖が蘇ってきたのか、疲労感がどっと強くなる。

 思わず息が詰まりそうになった。


「でも、私達にとっては好都合よ」


 俺の隣で、咲月は淡々と語り始める。


「一番厄介なのは、私達ハンターの存在を無視して街の人達を襲う事だもの。彼らの趣味の悪さに感謝しないといけないわね」


「君の言う通りだ」


 総理は頷くが、俺は体調の悪さを隠すのに必死で、頷くタイミングを逃した。

 けれど、咲月には筒抜けだったらしい。


「貴方、体は大丈夫なの? 私はデイウォーカーの体には詳しくないのだけれど、昨日の消耗が残っているようなら休んでいいわよ。総理のことは、私が付きっきりで護衛するから」


「いや、そういう訳には」


 夕方、あれだけカッコいいことを言っておいて、いきなりダウンなんて情けないことはしたくない。


「彼女の言う通りだ。どうせ私が狙われる事などないだろう」

「し、しかし……」


 通信機に連絡が入ったのはその時だった。

 耳の裏に取りつけている装置が、骨伝導を利用して、脳に直接情報を伝えてくる。


 連絡によると、吸血鬼たちがイベント会場ではなく街中に、それも駅前に現れたらしい。


「総理」


 咲月が立ち上がると、総理はスマホを耳から離した。

 きっと、俺らと同じ報告を受けていたのだろう。


 総理は咲月が言うよりも早く、親指で背後の窓を指した。


「行ってくれ!」


 総理の言葉に甘えて、俺らは総理の背後の窓を開けると、首相官邸から飛び出した。


   ◆


 咲月と清史が居なくなった後、総理は椅子に深く腰を下ろして、重たい息を長く吐き出した。


 咲月の顔を思い出し、覇気の無い瞳を窓の外に投げて呟く。


「あの娘が最大戦力、十六夜咲月、世界で唯一のダンピールか……」


 少女らしい、小さく華奢な体、細い指、白い肌……なのに、少女特有の弱さを感じさせない、毅然とした瞳は、あまりにも異質だった。


 どんな人生を送れば、十八歳の少女があんな目になれるのか、総理には想像もできない。


「十八歳の女の子を戦わせてまで守る価値なんて、俺にないよなぁ……」


 総理の代わりなんていくらでもいる。

 自分が死んでも、誰も困らないだろう。


「思えば、かっこ悪い大人になったもんだよ」


 咲月の隣に立つ男性、清史の事を思い出しながら、自嘲気味に願望を口にする。


「いっそ、私にもウィルス耐性があればよかったのに……」


 総理は、高崎清史の境遇が、羨ましくて仕方なかった。


   ◆


 ビルの屋上から屋上へ跳び移りながら、俺と咲月は全力で駅前へ移動した。

 デイウォーカーになってから初めてやった移動方法だけど、自分でも驚くほど速く移動できた。


 東京のビル群が猛スピードで背後に流れていくのに、明かりは残像を残すことなく、その一つ一つを、鮮明に認識することができた。


 これも、デイウォーカーならではの感覚だろう。


「でも駅前って、どういう心境の変化だ? あいつら、吸血鬼の存在を世間に教える気か?」

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