第20話
ドーントレスを倒した次の日の朝七時。
俺は十六夜の病室で彼女を見守っていた。
昨日は女医の坂上先生に頼んで、隣の病室に泊めてもらった。
それから朝起きると、彼女のベッドのすぐ横に椅子を置いて、彼女が起きるのを待っている。
十六夜は寝息一つ立てず、放っておけば、世界の終りまでここでこうして眠っているようにさえ見えた。
十六夜は強い。
吸血鬼の眷属はおろか、並の吸血鬼では束になっても敵わないだろう。
高等吸血鬼……王を守る御三家の一角と言う話から、おそらくは敵の大幹部クラスであろうドーントレスだって、俺も手を貸したとはいえ、実質的に倒したのは十六夜だ。
無口無表情無感動で、鋼の心と強さを持った、鉄血の戦女神。それが、皆が持つ、十六夜咲月という人物の印象だ。
でも俺は知っている。
吸血鬼と人間の間に生まれたダンピールであり、まだ十八歳の少女である彼女の苦しみを。
グールはすでに死体とはいえ、元は父親と同じ人間で、吸血鬼は母親と同じ種族だ。なのに、彼女はその両方を殺め続けなければならない。
女の子の、小さく細い体で、敵の攻撃に耐え忍ばなければならない。
心身の苦痛は限界だろう。
なのに昨日、彼女は知ってしまった。
最愛の母が殺された理由が、自分を産んだせいだと。
自分さえいなければ、母が死ぬ事は無かったのだと。
「………………」
肩が重くなって、肺の奥から、長い溜息が溢れ出す。
彼女の支えになりたい……彼女を助けてあげたい…………。
今は、その気持ちでいっぱいだった。
不思議だ。
子供の頃から、他人のことなんて気にしなかった。
他人の問題はその人個人の責任で、自分でなんとかすればいいと思ってきた。
少なくとも、難民の子供の話を聞いても昔話にしか聞こえなかった。
でも、彼女にそう思うことは無理だった。
彼女は弱くて、脆くて、ずっと苦しみ続けて、あんなにも泣いて、だけど俺の命を助けてくれた。
俺みたいなクズを守るために、母親と同じ吸血鬼を殺して、その手を汚してくれた。
逆に俺は、彼女に甘え、守らせてしまったのだ。
申し訳ない、なんてレベルじゃない。
何をやっているんだという自責の念が津波のように襲い掛かってきて、その感情は、絶対値をそのままに、彼女を救いたいという想いに変わっていた。
「十六夜…………」
もう、どれだけ彼女の寝顔を見つめているのだろう。
見れば見るほど、本当に綺麗な娘だ。
初めて彼女を目にした時に思った。
心を奪われるような美少女だと。
その一本一本が銀糸のように輝く、しろがねのやわらかな髪に、大きな目を縁取る長いまつげ。
深窓の令嬢を思わせる白い肌はみずみずしさと張りに富んでいて、彼女のまとう空気には、神々しさを感じた。
そして……彼女は真正の美少女だった。
セットしたヘアも、綺麗な衣装も、愛らしい笑顔もない。
ただ下しただけのストレートヘアに入院患者用の青いガウンに、感情を映さない寝顔。
それでもなお、彼女は圧倒的かつ絶対的な美少女だった。
戦いに精神を消耗して意識を失い、病室のベッドに弱々しく身を横たえる姿には、戦女神のような生命力と強さこそ感じないものの、ガラス細工のような繊細さと美しさがあった。
十六夜咲月は、美少女に見せる、そして魅せる装飾の一切を排除しても、その身一つで、美少女として完成している。
故に彼女は、何を着ても、どんなシチュエーションでも、美少女であり続けるのだ。
「……………………ん」
ゆっくりと、銀縁のまぶたが持ち上がり、ルビー色の瞳が目を覚ました。
「起きたか?」
首を回すと、十六夜はその瞳に俺を映す。
「……あなた…………どうなったの?」
まだ意識がはっきりしないのか、言葉が少し足りない。
「心配しなくていい。ドーントレスは死んだよ。ラケルタたちも、俺らで全部やっつけた」
これは余談だが、他のみんなは、襲い掛かってくるラケルタを倒すのに夢中で、終盤の十六夜のことを見ていなかったらしい。
戦闘処理の後、音別は、敵リーダーを倒した十六夜のことを最強過ぎると興奮していたし、他の人たちも、誰も十六夜の苦しみに触れる人はいなかった。
「そう、迷惑かけたわね……」
「気にすんなよ。俺だってお前と同じ、ハンターだからな」
たとえ虚勢だとしても、平静でいてくれることに安心した。
ドーントレスから聞いた、自分のせいで母が殺されたということを思い出して、まだ辛そうな顔をすると思い、ずっと心配だった。
「それでも、えっと……貴方、名前なんだっけ?」
「今更だなおい。タ、カ、サッ! キッ! キヨフミだ」
しばしの沈黙の後、十六夜はまばたきをする。
「……何故『さ』と『き』を強調するの?」
やっぱり気になるよなぁ、と思い、頭をかきながら仕方なく説明する。
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