第17話


 そして、ドーントレスの言う、面白くしよう、の意味がすぐに分かった。


 ドーントレスは、俺の実力に合わせて戦ってくる。


 俺の攻撃は全てかわし、空ぶる度に軽いジャブを打ち込んでくる。

 俺が気絶しない程度に、痛がり苦しむ程度に力を加減しながら、子供が虫やミミズを痛ぶるようにだ。


 また一発、左ジャブが頬にヒットする。


 頬に鋭い痛みが走り、衝撃は後頭部まで抜けて、尾を引く鈍痛が襲い掛かってくる。


 歯を食いしばって、痛みを無視するようにして刀で突くと、かわされてボディブロウを入れられる。


 内臓が一気にせり上がって、肺が潰れて胃液が口に広がった。眼は限界まで開いて、呼吸器官は鋼のように固く動かない。


「おっと強すぎたか、ならこれはどうだ?」


 言って、ドーントレスは十六夜の細い首を左手でわしづかむと、そのまま万力のように締め上げた。


「ッッ~~~~‼」


 十六夜はもがきながら、ドーントレスの手首を殴り、それが効かないわかると、ドーントレスの顔面に蹴りを入れた。それも、眼球に。


 流石にドーントレスの眼球が潰れた。が、ドーントレスがさらに力を込めたのだろう。


 十六夜の首から不吉な音がすると、彼女の動きが鈍くなり、弱々しくうごめくだけになる。


「やめろ!」

「貴様がやめさせろ」


 そう言いながら、ドーントレスは空いている右手一本で俺の相手をし始めた。

 それでも結果は変わらず、俺はドーントレスに遊ばれる。


 再生力を超えたダメージの蓄積に、足が辛くなってきた。

 すると、ドーントレスが手の力を緩めたのか、十六夜の声が漏れた。


「ッッ、余計な、ことをしないで……逃げなさいよ……」


 そう言われると、不思議と体の痛みが引いた。

 膝に力が入って、背筋が伸びる。

 十六夜にそんなことを言わせていることが、俺には許せなかった。


「そうだな、お前は辛いとも助けてくれとも言ってないさ。だからこれはお前の言う通り余計なことなんだろうな。でもな、大人なら、十代の女の子が苦しみながら戦っている姿を見て、なんとかしてやりたいって思って当然だろ‼」


 ドーントレスに首を握りしめられたまま、十六夜は目元を歪める。元から涙を流しながら戦っていただけに、潤んでいる目からは涙が落ちる。


「……何が大人よ……貴方みたいなオジサンに何ができるっていうのよ……」


 耳が痛い。

 十六夜の言うとおりだ。


 俺はこの年まで、ずっと何もせず、人生を無駄にしてきた。

 でも、だからこそ、俺は言いたい。


「オジサン? 馬鹿言うなよ。男はな、三〇過ぎてからが本番なんだよ‼」


 心、技、体、の全てを合一した横薙ぎの一撃を、ドーントレスの脇腹に食らいつかせた。


 けれど、俺の刃はドーントレスの腹筋を食い破れなかった。

 ドーントレスは、憐れむような目で俺を見下ろしている。


「勇気だけは認めよう。もう終わりにしてやる」


 雑な喧嘩キックが襲い掛かる。俺はアバラと胸骨を踏み砕かれながらリングの鉄柱に背中から激突して、追撃とばかりに、十六夜が投げ飛ばされて俺と衝突した。


「十六夜……首は大丈夫か?」

「なんとか……すぐに再生するわ……」


 俺が十六夜の安否を確認すると、手の平を打つ大きな音がした。

 すると、会場から一頭のラケルタがリングに跳んでくる。


「貴様の勇気を評して、私の全力を見せてやろう」

ドーントレスが頭に触れると、吸血恐竜のラケルタの犬歯が伸びて、口から大きくはみ出した。


 その牙の長さは、まさに伝説の吸血UMAチュパカブラを彷彿とさせる。

 そう思った次の瞬間、吸血に使うのであろう牙の先端から、真っ赤な鮮血が流れ出した。


「なっ……」


 驚愕する俺の前で、ドーントレスはその血流に豪快に口を付けた。

 まるで水道、いや、ビールサーバーの直のみだ。


 そういえば、座学で言っていたな。

 チュパカブラの正体であるラケルタは、主である吸血鬼のために血を集める生物だって。


「んっ んっ んっ ぷはぁ……うまい……ふっ」


 真っ赤に濡らした口元を拭うこともせず、ドーントレスは満足げな顔で一息ついた。


「はははっ、吸血鬼は、他人の血を呑むと細胞が活性化して、一時的に強くなる。その強さは、体に入った他人の血液量に比例する」


 ドーントレスの肌に、薄くだが赤みが増す。

 両目は赤く充血して、眼球全体が赤く見える。


 変わったのは外見だけじゃない。

 俺の本能が叫んでいる。


 全身の血管にドライアイスをぶちまけられたような悪寒と同時に叫んでいる。

 こいつはヤバイと。今すぐ離れろと。


「十六夜!」

「ええ!」


 十六夜は素早く刀を拾った。

 けれど俺らが立ち上がった時、ドーントレスは既に距離を詰め終わっていた。


 全力全開のラリアットを喰らい、俺は首が吹っ飛んだ錯覚を覚えながら視界を失った。


 もしかすると、目玉ぐらいは本当に持っていかれたかもしれない。

 第二の衝撃が全身を襲う。

 客席に突っ込んだのだろう。


 上下の感覚もないまま何度も回転しながら全身の力を失う虚脱感に、意識が持っていかれそうだった。


 呼吸なんてとっくに止まっていて、呼吸も回復しないまま、まぶたを開けていないのに視界が再生した。


 やはり、衝撃で眼球が飛び出していたようだ。

 一瞬で悟った。



 勝てない。



 心は折れていない。

 今でも勝つ方法を考えている。


 だけど、少なくともドーントレスと俺らの実力差は、根性でどうこうなるレベルじゃない。


 少なくとも、正攻法で勝つのは絶対に無理だと断言できた。

 仮に、今日ここに来ている全ハンターで束になっても、犠牲者を増やすだけだろう。


「ッッ、貴方、だいじょうぶ?」


 離れたところから十六夜の声と、這いずる音が聞こえる。


 流石は十六夜。

 同じ攻撃を受けても、俺とはダメージも回復スピードも段違いだ。


 どうやら、俺らは客席の床にめりこみ、ドーントレスからは隠れているようだ。

 それから、十六夜の綺麗な顔が覗き込んでくる。


 こんな状況なのに、彼女が心配してくれることに喜ぶ自分がいて苦笑を漏らす。

 そして、彼女の口元を見て勝利のカギが閃いた。


「なぁ十六夜、俺の血を吸ってくれないか?」


 十六夜の顔に衝撃が走り、息を呑む。


「急に、何を言っているのよ……」

「だって、他人の血を飲んだら強くなるんだろ?」

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