第3話 真正の美少女

「最初に説明した通り、これは人類の危機です。ハンターになっていただける場合、国家公務員として最高の待遇をお約束します。今の職場には、国家プロジェクトの一員に選ばれたとして穏便に休職できるようにしますし、世帯主の方が死んだ場合は、遺族に年金が支払われます」


「金の問題じゃないだろ! 自慢じゃないが、私は一流企業の課長で、次期部長と言われているんだ。くだらない殺し合いに付き合う必要はない!」


「私だってそうです困ります。いくら給料よくてもあんな怖いのは嫌です!」

「悪いけど俺帰るわ」


 一人の若い男が席を立つと、牧野さんは間髪入れずに口を開く。


「どうしても断るならそれでもいいですが、機密情報漏洩防止のため、政府が吸血鬼の存在を公にするまで、無期限の拘束をさせてもらいます」


 若い男が出口のドアに手をかけるも、ドアは開かない。ガタガタとドアを鳴らしてから、若い男はドアを蹴り飛ばした。


「ふざけんなよテメェ‼」

「そうだ、これは人権無視だ!」

「国民をなんだと思っているんだ!」

「そうよ、帰しなさいよ!」


 若い男と一緒に、何人かの人たちが牧野さんに詰め寄りなおも叫ぶ。


「つうかなんであたしが戦わないといけないのよ!」

「税金を払っているんだからそういうのは政府がどうにかするのが筋だろ!」

「弁護士に連絡をさせてもらうぞ!」

「つか、ここ電波入んないけど絶対拡散するし! 政治家炎上しても知んないから!」


 みんな必死だった。

 演技には見えない。


 これはドッキリに決まっている。決まっているけど、もしも本当のことだった場合、どういう流れになるんだ?


 あの人たちには悪いけど、もしも国が本気なら、俺らがどれだけ抵抗しても無駄だろう。


 もちろん、政府が折れてくれれば、俺は帰らせてもらう。


 けど、このまま強引にハンターに、って流れなら、まぁ、仕方ないだろう。


 仮にドッキリだったとしても、強引に力づくで帰るシーンが全国に流れれば、会社や取引先での俺の心証は最悪だ。


 ここは、冷静に状況を見守っておこう。

俺が静観を決め込むと、誰かが言った。


「第一俺らみたいな素人が勝てるわけがないだろ!」

「その点は心配しなくて結構です。咲月」


 牧野さんの一言で、さっきまでロックされていたドアから鍵の開く音がして、するりとドアがスライドした。


 その場を、三度目の静寂が支配した。


 それは俺も同じで、果たして、そこにいたのは、心を奪われるような美少女だった。


 軍服に身を包み、無表情のまま、俺らを一瞥してきて呆気に取られた。

 腰まで伸びてさらりとやわらかく揺れる白銀の髪と、大粒の赤い瞳を縁取る長いまつげの艶は、他に例える比喩が見つからない。


 深窓の令嬢を思わせる白い肌はみずみずしさと張りに富んでいて、生命力に満ち溢れているし、背筋の伸びた佇まいからは、軍服越しにも彼女の神々しさを感じさせられる。


 頭のてっぺんから、つま先の姿勢まで、彼女は完璧な美少女だった。


 そして、真正の美少女だった。

 セットしたヘアも、綺麗な衣装も、愛らしい笑顔もない。

 ただ下しただけのストレートヘアに軍服の、無表情女子。


 それでもなお、彼女は圧倒的かつ絶対的な美少女だった。


 美少女に見せる、そして魅せる装飾の一切を排除し、その身一つで、美少女として完成している。


 故に彼女は、きっと何を着ても、どんなシチュエーションでも、美少女であり続けるのだろう。


 彼女は無駄のない所作で牧野さんとの距離を詰めると、九〇度回って俺らと向き合った。


「彼女は十六夜咲月。おそらくは、世界で唯一のヴァンパイアハーフ、いわゆるダンピールです。彼女もまた、吸血鬼並の身体能力を持ちながら太陽という弱点のない超人です。その戦闘力は、既にハンター化した警察や自衛官を遥かに凌駕します。彼女こそが人類の主戦力であり、貴方たちのことは、彼女が鍛えます。咲月」

牧野さんに促されて、彼女は一歩前に出る。


「ダンピールの、十六夜咲月よ。ヴァンパイアの母と、人間の父親から生まれたわ。これから一緒に戦う人は、私が責任をもって鍛えるわ」


 綺麗な、そして何よりも、存在感のある声だった。

 正直、そこらの女優よりもよほど魅力的だ。


 そんな、常人離れした魅力を持つ彼女に、皆は静寂を破って動揺するも、やはり意見は変わらないらしい。


「いや、だから鍛えるって言っても、俺そんなに運動得意じゃないし」

「だからあたしら国民に命かけろってのがおかしいのよ!」

「オレ、やってもいいぜ」


 え?

 みんなの視線が一斉に集まる。

 最初にそう言ったのは、眼鏡をかけた細身の、オタクっぽい男子だった。


「いや、だってさ、どうせ断れないんでしょ? それにこんな機会ないし、ねぇ?」


 すると、ちょっとオラオラ感のある人たちが、にわかに騒ぎ始める。


「まぁ、確かにそうだよな?」

「つうかさ、銃とか撃てるわけ? それちょっと興味あんだけど」

「俺は最初から文句言ってねぇぞ。やれるぜ俺は。吸血鬼殺せば金もらえんだろ? 最高じゃねぇか」

「おっし、やってやろうじゃねぇか!」

「まぁそういうわけだから。ビビリ共は帰れよ」


 そう言われて、牧野さんに文句を言っていた人たちはムッとする。

 その一方で、席に座っていた他の人たちも次々立ち上がる。


「あ、俺も俺も。つうかついに来たよこの展開!」

「選ばれし存在、目覚める力、そして美少女……」

「キタキタキタキタコレキター!」


 続けて、アイドルのまゆりんも声を上げる。


「あたしも戦います。怖いけど、でもあたしが戦わないとみんな死んじゃうんですよね。ならあたし、やります!」


「まま、まゆりんは僕が守るよ!」

「そうだよ、俺らも戦うよまゆりん!」

「うんうん」

「まぁ、断れば無期限に拘束で、OKならエリート高給取りね、選択肢ない、か」


 これが集団心理なのか、徐々に部屋の空気が変わっていく。


 やってやる、仕方なくだけどやる、そんな意見が口々に飛び出す。


 文句を言っていた人たちは、だんだん気まずそうな顔になる。


 いつの間にか、反対派は部屋のドア側に集まり、賛成派は反対側の壁に集まる流れになっていた。


 やがてドア側にいた反対派の人たちも、ひとり、またひとりと賛成派に加わっていく。


 最後に残ったのは、いかにもサラリーマン風の、バーコード頭のおじさんや、眼鏡をかけたおばさんたち数人だった。


 さて、俺はどうしようか。


 これがドッキリだとしたら、反対派に回れば自分の身が可愛い自己中野郎に見えるかもしれない。


 それに、もしもこれが本当だったとしても、どうせ惜しむような人生でもない。


 毎日同じことの繰り返し。ルーチンワークと化した人生だ。

 最後に、非日常を体験してから死ぬのも悪くないだろう。


 第一、断れば無期限拘束、そんなのはごめんだ。

 中立は俺を含めて数人、というところで、牧野さんと目が合った。


 俺は何も言わず、賛成派に回る。

 結局、残りの中立は全員賛成派に回った。


 反対派の人たちは、牧野さんの部下と思われる人たちの指示でどこかへと連れていかれた。きっと、拘束中に住む部屋があるのだろう。


 勝手に牢屋のような場所を想像して、苦笑する。


「では早速ですが、時間がありません。皆さんにはこれから、別室でウィルスの投与をしてもらいます」


 牧野さんの指示で、俺らも別室へ移動するために退室する。


 その途中、ちらりと十六夜の顔を見た。


 ヴァンパイアハーフ、ダンピール。


 確かに、普通の人間とは違う感じがする。そう思ってから、ガラスの向こうで死んだ男を連想してしまう。


 妙にリアルなあの光景……いや、最新のCG技術なら、作れなくはないはずだ。

 自分にそう言い聞かせながら、みんなの後をついていった。

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