最強テイマーは美少女竜姫の召使いに甘んじる

三津屋シロ

第1話 竜姫とモフモフアレルギー

 子供のころ大空を駆け巡るエースパイロットに憧れていた。

 ところが眼鏡を掛けると、夢は糸の切れた凧の様に大空へ飛んで行ってしまった。

 そんなある日、高原で竜姫に出会った。

 彼女は、薄く澄んだ青色の空気の中を風と戯れながら踊るように大空を駆け回っていたんだ……。




 異世界転生といえばチート能力で活躍するはずなのに、僕は単なる低級テイマーだった。

 無双の剣術も魔力もなく、ヒロインに囲まれることもなければ特別な才能もない。

 異世界へ行ったら最強になれるって話、どうして信じてしまったんだろう……。


 孤児として生まれ、3歳でコルネリウス・ヴォーラントの養子となり、マドベ・ヴォーラントという名前を与えられた。

 しかし、実際は奴隷同然で遺産相続を餌に、ただ働きさせられていた。

 奴隷ならば賃金を支払う必要があるだろうが、養子には小遣い程度で良いのだから。

 5歳で自意識と共に前世の記憶が蘇り、動物や低級モンスターを使役できるテイマースキルが発動。

 養父からは能力を見込まれ、羊飼いの仕事を任せてもらったが、放牧に休日は無い。

 仕事漬けの毎日は、前世でも異世界でも何も変わらず……。

 15歳になってしまった。


 何やってるんだか……。




 一応テイマーなので一般人よりは羊を操る能力は高い。

 何しろ牧羊犬の手を借りるまでもなく羊の群れを操る。

 テイマースキルを使って羊たちを自由自在に移動させ口笛を吹けば1頭残らず集めることも可能だ。

 ただしテイマースキルを使い僕の半径5メートル以内に羊を近づけることは、絶対にしない。


 なぜなら……。


 モフモフアレルギーだから!

 

 猫が大好きだ!ツンデレ柴犬も捨て難いし異世界で可能なら、クマさんをモフモフしてみたい。


 だが?

 どうして?こうなった?

 テイマーなのに動物アレルギーって……。


 この体はモフモフ系動物が苦手で、近づくと鼻水やくしゃみ、痒みが止まらない。

 爬虫類や両生類は平気だが、モフモフ系モンスターに触れられないテイマーなんて残念すぎる。




 そんなある日、僕は人生を一変させるドラゴンの竜姫に出会った。


 冬の寒さが残るものの青空が綺麗な、気持ちの良い昼さがり、誰もいない高原で羊たちは草を食みながらあちこちを彷徨うろつく。

 僕は、わずかに暖かさを感じる日光を浴びながら寝そべっていると、空気が薄い澄みきった上空に赤くキラキラ輝く物体を見つけた。


 「何だろう?鳥……かな?」


 それは山脈の尾根に沿って飛びながらゆっくりと上昇したかと思うと身をくねらせ一気に急降下を始める。

 「岩場にぶつかる!」と思うと、すんでに身をひるがえし上昇しクルクルと回転してみたり宙返りしてみたり。

 赤いそれは、まるで空中で楽しく踊っているようだ。

 動きから察するにドラゴン?


 「この異世界にはドラゴンがいると噂には聞いていたけど、その姿をお目に掛かれるとは」


 田舎に住んでいると魔法や冒険者、エルフにドワーフなんてモノに出会ったことが、とんと無い。

 現世だろうが異世界だろうが関係ないんだよ、田舎は田舎だ。


 ところが突然「ザ・異世界!」を具現化したようなドラゴンを目の当たりに出来るなんて、神様からの、ご褒美?

 しばらく眺めているとドラゴンが、こちらに少しづつ近づいてくることに気がついた。


「凶悪なドラゴンだったら大変だしな、とりあえず隠れておこう」


 近くのやぶに身を隠し様子を伺うことにした。

 ドラゴンは、真紅の鱗に覆われており、大きな翼、スマートな長い首と太く強靭な尻尾を持っている。


 「すごい、エルマーの冒険か、ドラゴンライダーみたいだ!」


 ドラゴンは優雅に飛行する。

 高原の谷底に降下し姿が消えたかと思うと、今度は谷から吹き上がる上昇風を利用しフワリと高原の稜線から姿を現す。


 「想像と違ってあんまり羽ばたかないんだなあ……」


 クルクルと高原上空を旋回しながら高度を稼いでいく。


 しばらくすると真紅のドラゴンは音もなく降下して来た。

 上空から音もなく近づいてくる捕食者に羊たちは、全く気がついていない。

 地面に影を落とさないよう巧妙に飛行していることがうかがえる。


 羊たちは、草を食べることに夢中だ。

 深紅のドラゴンは、群れから少し離れた場所で無心に草を食んでいた1匹の羊に目をつけると、超低空で飛翔しながら音もなくスルスルと近づいて行く。

 羊の背後、1メートル手前でフワリと翼を広げ制動をかけながら両足で羊の背中を押さえつけた。


 メェェェ〜!


 羊は自分にいったい何の不幸が降りかかったのか、さっぱり分からないままに悲鳴をあげた。

 他の羊たちは、蜘蛛の子を散らすように彼方此方あちこちに逃げだす。

 一方、ドラゴンは捕まえた一頭の羊に対して頭を一度下げると、今度はガブリと羊の首元に噛みついた。


 メェ、ヒュュュ……。


 声になるはずの息は、意思のない笛音のように肺から漏れ出た。

 ドラゴンは逃げ惑う羊には目もくれず、捕まえた一匹の羊に満足しているようだ。

 息の根が止まったことを確認し、羊を離すと自身の体から放射状に光を発し、その光の中から1人の女性が現れた。



 そのドラゴン……。

 いや竜姫は、真紅の衣装を身にまといい赤い髪と火眼金睛かがんきんせいの瞳、そして爽やかで大人びた笑顔を持っていた。


 「凄く綺麗な人だなぁ……」

 「いやいや!」

 「それどころじゃない凶悪なドラゴンだったら?殺される?」

 「ヤバい!ヤバい!」


 赤い髪の竜姫は鼻歌を口ずさにながら羊を抱えて躊躇ちゅうちょなく僕が潜んでいる薮にスタスタと歩いてきた。

 

 「ねえ、君……羊を調理することってできる?」


 薮を掻き分け屈託のない笑顔で彼女は声をかけてきた。

 凶暴と言う言葉とは全く無縁な竜姫の明るい声に僕は、ほっと胸をなでおろした。




 山小屋の横にある焚き火台で2人は食事を取っていた。


 「ふー食った食った!」


 竜姫は人間の姿のまま、ペロとっ羊1頭を食べてしまった。

 満足そうに一服している赤い髪の竜姫を、改めて僕は観察した。

 およそ前世では、お目にかかれないくらいの鮮やかな髪の色をしている。

 

 顔立ちも良いし。

 そして胸!

 Hカップはあるだろうか……。

 こんな目の前で巨乳の美人に、お目にかかれるとは異世界ならではの特典だ。


 巨乳なくして異世界なし!

 

 どうやら話が通じそうな竜姫だし、僕は当面の死活問題である話題を口にした。


「実は…いま食べた羊は野生ではなくて、牧羊というか所有物でして……」


 「あー!」


 彼女は直ぐに察してくれた。


 「あなた羊飼いでしょ、それで羊が沢山いたのか」

 「ゴメンネェー、なんにも考えずに殺っちゃったわ」


 殺っちゃったわって……って。

 ノリが軽いなぁー……。


 「お腹ペコペコで飛んでたら、下に羊がウロウロしているじゃない?」

 「堪らずにね!」


 頭を掻きながら舌を出し、テヘペロって感じの仕草をした。


 そんな、笑顔だけでは済まないわ……。


 「羊が減っていることが、兄貴たちに知れたら僕は非常にマズいんですよ」


 「うーん、そっかあ申しわけ無いことをしちゃったなぁ……ゴメンネェ〜」


 彼女は謝りながらも「これじゃ、まるでポテトチップス一枚だ」と言わんばかりに、視線を再び周囲の高原に向けた。

 そこには草をむしゃむしゃ食べている羊たちがいる。

 彼女の目がキラリと光り、口元からよだれがたれた。


 「ダメですよ!羊1頭、失うだけでも死活問題なんだから!」


 「ここ1週間、飲まず食わずだったからねぇ……君と、お亡くなりになった羊の、お陰で元気になってきたよ」


 僕は上目遣いに恐る恐るお伺いをたてた。


 「それで弁償は……?」


 「うーん……」

 「お金で弁償したいのは山々なんだけど、いま持ちあわせが無いんだよね〜」


 彼女は暫く思案していると、ふと何かを思いついた。


 「そうだ!」

 「君、遊覧飛行をしてみたくはないか?」

 

 彼女は、僕に顔を近づけて強引に同意を求めてきた。


 「遊覧飛行って?」


 「フライトだよフライト!空を飛ぶんだよ」

 「私が君を乗せて、この山脈一体を遊覧しながら飛行するんだ」


 突拍子もない提案に僕は、わけもわからず驚いた。

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