第26話 甘え
アメムシから逃げ出した後休憩する予定だった大岩まで脅威となる魔物に出会うこと無く辿り着くことが出来たのは僥倖だった。今は大岩の上に乗り俺の膝枕でナァシフォを寝かせていた。
顔色を覗き込むと大分良くなっているし呼吸も落ち着いてきた。だがこの先に行けるだろうか? 体調もそうだが心が折れている可能性もある。魔界の恐ろしさを知って無知な子供が臆病な大人になるのはしょうが無いことだ。魔界に挑んでいく連中なんて心の箍が外れているか切羽詰まったやむにやまれない理由があるような者達だ。ナァシフォを抱えて戻ることになってもしょうがない。
そろそろどうするか決めないと行けない。まずは意思を確かめるか。
「大丈夫か?」
俺が呼びかけるとナァシフォはゆっくりと瞼を開けていく。
「はい、大分良くなりました。頭は少しゴツゴツしますけど」
死にそうになったばかりなのに、軽口を叩けるとは心が強い。箱入りのお姫様とは違うようだな。
「男の膝枕だ我慢しろ。
どうする? 行くか。この先にいるのはオオクニヌシだ体調が万全でないなら一旦諦めるのも勇気だぞ」
「行きます」
心が気圧された。
言葉は短いが魂が込められている。置いていくなんて言ったら俺はナァシフォに殺されてしまいそうだ。
心が折れているなんて杞憂だったな。
「やり直すと言っても俺は落胆はしない。寧ろ冷静な判断をした方が好感度が上がるぞ」
心は折れていないなら何度でも挑戦出来ると言っても、時間的に後一回が限界だろう。それでも無謀な挑戦をして死んでしまえば終わりだ。生きていれば逃げることも別の方法を模索することも出来る。
「今回の経験でお前は大きく成長した。次はもっとうまくいくだろう」
良くも悪くも死線を彷徨えば人は成長する。俺のように僅かな気配を感じ取れるようになっているかもしれない。
「ベストの状態ではありませんが、ここまでこの程度で来れたのはベストだと思います」
ナァシフォは興奮するでもなく淡々と朝が来たのを告げるように言う。
確かに四肢を欠損したり、取り返しのつかない怪我をしたわけではない。そもそも魔界を無傷で進めると考えているのは烏滸がましいとも言える。
なるほど冷静だな。俺のほうが過保護になっていたのかもしれない。
「そうか。なら食事を取ったら出発するぞ」
「はい」
ナァシフォは元気よく答えるとまた俺の膝の上に頭を乗せた。
「おい」
「フィアンセが甘えているんです。食べさせてくれてもいいんですよ?」
ナァシフォは子猫が甘えるように可愛く言うが、その実心は折れていないが体的にはまだ辛いのだろう。それを悟られたら戻されるのを危惧して甘えているように装ってみせているのだろう。
うまいな。
ナァシフォの可愛さに騙されれ当然だが、見破っても男しては黙って乗ってやるしか無い。成長したらイーセの人民の心を鷲掴みする君主になりそうだ。
「仕方ないお姫さんだ」
俺はデレデレを装いつつ干し肉を親鳥のようにナァシフォに食べさせるのであった。
幻想の幕開け 黎明の魔女と黄昏の旅人 御簾神 ガクル @kotonagare
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