第24話 男の見栄と面子と誇り
峡谷を抜けると魔木が茂る森を抜けていくトンネルがの入口が開いていた。
トンネルはまるで誰かが丹念に拵えた盆栽のようで、左右の魔木の幹は楕円を描くように曲がって連なって壁を作り、天井は鮮やかな葉が茂る枝によって覆われている。下は滑らかで宝石のように輝く岩畳の上を水が流れている。
魔素が薄いのか魔界の豊かな色彩が薄まること無く煌めき万華鏡の中のようである。
左右に川岸のようなものはなく先に進むなら渓流の中を進むしか無い。水の透明度は高く水底は浅い。だが水底の石が反射する輝きに紛れた凶暴な魔魚や魔蟲がいる可能性は高く、魔界の美しさに心奪われたままに行動すれば死に直結する。
「この先にオオクニヌシ ヒノツジノカミがいます。くれぐれも用心してください。っと言ってもヒノツジノカミにとって見れば人間なんか虫と同じ。よほど刺激しなければ無視されますけどね」
「好戦的ではないんだな」
てんぷらの口ぶりは茶化しているが実感が籠もっている。実際にこの奥に行って見たことがあるようだな。
一体何の為に? 気にはなるが下手に警戒されない為に今はこの疑問は封印しておこう。てんぷらがどんなに親しげで気さくな態度を取ろうとも最後の一線では気を許してはならない。
「ええ、魔界嘯の時や縄張り争いの時でもなければ滅多に動きません。まさに神としての威厳がありますな」
魔物は己の生存権を広げる為と言うより魔界そのものを広げることが本能に刻まれているかのようだ。未だ魔界に飲まれていない土地には人間が住んでいるので、魔界嘯のおりには国を守ろうと抵抗する人間を積極的に襲ってくる。このまま全ての土地が魔界に飲まれればかつて地球で我が物顔で好き勝手していた人類は滅亡するだろう。マカイビトはそういった事態に対する人類の本能が施す生存戦略なのであろう。
好戦的ではないとのことだがオオクニヌシ機嫌一つで消し飛ばされることには変わりはない。
「俺とてんぷらが確認してくる。ナァシフォはここで退路の確保を頼む」
この奥にオオクニヌシがいることが分かればいいとうものではない。ダイダラボッチの対抗馬になるか見極めたり、友釣りの実行に備え誘導方法を検討する上での情報を収集したり、実行に備えて周りの地形を確認しておいたりと作戦立案実行部隊の俺が現地に赴いてヒノツジカミを実際に見るのはかなり重要で俺でなければなるまい。だがナァシフォが危険を犯してそこまで行くことはない。ここまで来ただけでも尊敬に値する。
それに少々情けないがオオクニヌシを前にして俺もナァシフォを守り切れる自信はない。卑下ではない。オオクニヌシを前にしてそんな自信を持てるのは、身の程知らずだけだ。
だがそれを素直に言えば反発されるのは目に見えている。だから大事な役目をさり気なく与えてやったのに、
「断ります」
ナァシフォは迷いなく断ってきた。
まあ予想していたけどね。この娘が俺の思惑通りに動くなら、そもそもこんな所にいない。
このじゃじゃ馬姫が。
「退路の確保を疎かにするのは感心しないな」
俺は師匠風を吹かせた上から目線で諭す。
「いいえ、行きます」
ナァシフォは一欠片も翻意せず俺の目を真っ直ぐ見て言い返してくる。
「お前の我儘で俺達を危険に晒す気か」
少し語気を強く言う。
「分かっています。でも一番大事で危険なところを人に任せるつもりはありません」
このっ頑固娘が、俺はナァシフォを射竦めようとナァシフォの目をまっすぐ睨み付ける。
「その心意気は買うが、お前が退路の確保をして俺が偵察するのが一番合理的な配置で危険が少なく成功する確率が高いんだよ」
なんだ威圧していて違和感を感じる。
俺の目はナァシフォを見て意思をぶつけているが、まるで幻影を相手にしているような。
「勘違いしないでください。これは私が始めたことです。
もう一度言います。一番大事で危険なところを人に任せるつもりはありません」
毅然と言い切るナァシフォ、負けじと睨み返そうとして気付いてしまった。
その湖畔のように美しい瞳に俺が映っていない。
見つめ返しているようでナァシフォの目は俺なんぞ見ていなかった。ナァシフォの視線は俺を突き抜けた遙か先を見ている。
はっきりと確信した。
ナァシフォは俺を相手にしているようで俺を通り越した未来を見据えて宣言している。
己が描く未来を相手にした覚悟を宣言しその意思の強さが伝わってくる。
鈍い俺でもやっと分かった。
この娘が言う一番大事で危険なこととはオオクニヌシの偵察を言っているんじゃない。
俺と同じようにこの偵察を先々の布石と考え、俺がやるつもりだった役目を自分でやるつもりだ。
俺はナァシフォを甘く見すぎていた。
そりゃ立派過ぎだろお姫様。
真意を知ってしまえば、尚更やらせる訳にはいかない。
俺を動かしただけでも褒めていい。魔界に付いて来たのも大したものだ。だから以上の危険と責務をこんな娘に背負わせる訳にはいかない。
俺を巻き込んだように俺を利用し尽くせばいい。偽りでもフィアンセだろ俺が全てやってやるよ。
「足手纏だと言っている」
先程まで遠慮して退路の確保などとさり気なく外そうとしていたが、今度は違う明確に付いてくるなと一切の情を込めず冷徹な事実で拒絶した。
実際才能はあるが経験が足らずフォローする為に俺への負担は増え危険は増す。
根性でなんとかするとかいざとなったら私を切り捨てなさいとか甘いことを言うようなら遠慮なくぶん殴って足腰立たなくさせて貰う。その際にはナァシフォをてんぷらに任せることになるが仕方ない。ナァシフォに手を出したらどうなるか十分分からせてある。俺が帰ってこない事態にならない以上危険はないはずだ。
「私の夫になる男なら私を守ってみせなさい。
自信がないのですか?」
ナァシフォは今度は俺を見て俺を見定めるように問い掛けてくる。
俺の危険なんか考慮していない。それどころかいつの間にか俺がナァシフォに試されている。
間違いない。この娘は王になるべき者だ。今はまだ可愛いと思えるが直に俺の手に負えない存在になるだろう。
さてどうするか。
これがそこらの町娘なら飄々と出来ませんと流せるが、王者に問われて茶化すのは男が取るべき態度ではない。
感情を抜きにして、この先ナァシフォを連れて行くのは危険だ。ナァシフォだけでなく連れて行く俺にも危険が及ぶ。
魔を警戒しナァシフォに気を使い神経をすり減らしてオオクニヌシに挑む。ナァシフォが経験を積んで俺の相棒に成れるまで成長すれば話は別だが、今の段階では足手纏に過ぎず、ナァシフォがいない方が絶対に安全である。
だが考えが足りない若気の至りではない。この娘はそれら全て分かって上で言っている。
断れば俺はナァシフォに与えれた試練から逃げたことになる。
試練。言ってみて気付いた。これは試練なのか?
俺が求めるものに至る為の試練だというのか。逃げれば到達出来ない。
こんなの思い込みだと分かっているが。
分かっているが、安易に切り捨てられない神々しさと威厳が今のナァシフォにはある。
・
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いいだろう。ナァシフォが俺を見極めるんじゃない、俺の方こそナァシフォの本質を見極めさせて貰う。
「俺を誰だと思っている。ガイガ様だぜ。あるに決まっているだろ」
己の見栄と面子、何より誇りを掛けて宣言してしまった。もはや引き返せない。
「じゃあ」
ナァシフォの数瞬まで厳しかった顔がぱあっと明るくなる。
「だがそれもお前が俺に指示に絶対に従うと誓ってくれたらだ。今回ばかしは俺も余裕がない。
誓って俺の指示に従うか?」
「イーセノカミ・ナァシフォはガイガに従うことを誓います」
ナァシフォは心臓に手を当てて宣誓した。破れば心臓を抉っていいということだ。
「お前の覚悟は分かった。
よし共に行こう」
「イーセノカミ!!!
もしかしてお嬢ちゃんイーセの国の・・・」
「その先は言うな。俺は優しいだろ。下手をすればお前は打ち首獄門だったぞ」
「うへ~。
そんな姫さんと一緒の旦那は何者なんですか?」
「ただの旅の魔道士だよ。
ちょっと運が悪いな」
「何言っている。私に出会えたんだから天下一の果報者でしょ」
ナァシフォは俺の腕に絡みつき笑顔で俺を見上げてくる。
「はいはい。そこで運を使い切っちまったから運が悪いんだよ。
さあ、今度こそ行くぞ」
俺達三人はその先にオオクニヌシが待つ緑のトンネルに入るのであった。
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