第23話 魔界の旅路
肩幅もない道を歩いていく。
垂直に近く切り立つ崖にノミで削ったような獣道が一本刻まれていた。
上を見れば尾根は高く青空が広がり、峡谷には魔素が雲のように流れている。
魔雲、魔素が峡谷などの通路のようなところで流されているうちに集まって雲のようなものを形成したものはそう呼ばれている。
魔雲を通して下界を見れば色彩豊かな魔木が集まる森の輪郭がボヤけ本質のみが浮き出たような水彩画で描いた抽象画のような世界が広がる。その魅惑に吸い込まれそうになるが吸い込まれて落ちればただでは済まないだろう。もっとも崖には魔界の木々が生えているから下まで落ちる前に何処かに引っ掛かり捕食されてしまう可能性は高い。
道が崩れないことを祈りながら一歩一歩踏み締めながら進んでいく。
「足元気をつけろよ」
「はい」
振り返ればナァシフォは意外としっかりとした足取りで付いてくる。流石一人で魔界に入って魔物の死骸を集めていただけはある。
今のナァシフォはブルーマーは担いでいない。オオクニヌシに対して迂闊に飛んで近寄る訳には行かないからだ。見付からないように地面を這って近付きオオクニヌシを見定め、刺激しないように退散する。だからナァシフォはブルーマーの代わりに標準的な魔界の旅人の格好をしている。水食料の入ったリュックに戦闘にも使える杖、そして中型の弓を担がせている。勿論装備はてんぷら持ちだ。
「てんぷら、後どのくらいだ?」
「住処を変えてなければ、ここを抜けた先のカエルテ渓谷にいるはずですので後1日くらいですかね」
ガイド役のてんぷらは俺達の先頭を歩いている。一応今のところ真面目にガイドしているがいつ裏切るか分からない。油断は出来ない男だがマカイビトだけあってここまでガイドは手慣れたもので危険な場所を的確に避けている。俺が自力で目指していたらここまで倍の時間は掛かっただろう、時間が貴重な今ありがたい存在ではある。仕事が終わるまで裏切らないことを祈るだけだ。
「ん!?」
「どうしましたか、旦那?」
「あそこ何か動いたような気がする」
俺は前方から流れてくる魔雲を凝視する。徐々であるが魔雲が盛り上がってきているように感じる。風の流れなのかと思い出した頃一気に魔雲が盛り上がった。
「気を付けろっ!!!」
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
鯨ほどもある細長く中が空洞で表面が白くてのっぺらな魔物が浮き上がって来た。まるで巨大で真っ白な吹貫きのようである。
「ホロヌキ!!!」
「ひえ~旦那どうしやす」
「俺がここで迎撃する。お前達はその間に退避しろっ」
「了解です」
「ガイガさん、・・・無理はしないでね」
「俺に任せておけばいい」
心配そうに此方を見て言葉を飲み込んだように言うナァシフォに俺は胸を叩いてニヤッと笑って見せつつ、リュックから番傘をゆっくりと芝居掛かって引き抜いていく。
「はい」
ナァシフォはそれ以上は無駄なことはせず離れていく。
カッコ付けてみたが、ここまで接近された時点で分が悪い。なぜなら同高度ではバンジーハントは出来ない。
そもそもの話ホロヌキは中の空洞に魔素を流し空を浮く魔物で衝撃を加えても内部が凹むことで衝撃を逃がす。打撃武器に近い番傘ではそもそも不利である。槍か斬馬刀のような斬撃系の武器の方が向いている。
本来なら俺も一目散に逃げたいところだが、女子供を置いて逃げたと合ってはガイガの名折れ。
歌舞いて魅せてこその生き様よ。
ホロヌキは狙い通り逃げる二人より殺気を向ける俺に狙いを定めた。
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
その体から伸びる触手をくねらせ巨体を活かして突撃してくる。俺は番傘を構えホロヌキの動きを見据える。
ずどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
ホロヌキは崖に激突し土煙が舞い上がる。舞い上がる土煙に紛れ俺は崖を駆け上がって行く。砂煙が晴れる前にできるだけ高所を取る。足が悲鳴を上げるまで全開で動かし崖をぐんぐん駆け上がっていく。鳥が舞い上がるより速く。
砂煙が晴れだし触手が崖上に伸びてくる。
「悪いが触手プレイはノーサンキューだ」
俺は潮時と崖を蹴り上げ背面跳びをして触手を躱す。折れるほど背骨が曲がり視界が天空から徐々に下に向かっていきホロヌキを捉えると同時に番傘を構えて一直線に落ちていく。
躱された触手は落下していく俺に追い付けない。俺はホロヌキに加速していく一撃を叩き込む。
感触が今ひとつだ。
ぷしゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
空気が抜けるような音がしホロヌキがゆっくりと高度を落としていくがダメージを受けた様子はない。高度が足りないもあるが衝撃をほとんど逃されてしまった。
打撃系はやはり不利。だがしかし。この不利こそ男の見せ所。武器を獲物に合わせて用意するのも一流だが知恵と技で切り抜けるも粋ってものさ。
ゆっくりと降下していくホロヌキだが程なく魔素が流れ復活するだろう。その間が勝負。
ホロヌキから飛び降りる俺の手にはワイヤーが握られている。落下するときに崖に生えていた魔木に引っ掛けておいたものだ。バンジーハンターにワイヤーは必需品ってね。
ワイヤーをピンッと張り振り子のように円を描いて崖を駆け上っていく。先程より力が加速に繋がり、そのままロケットが射出されるように先程より高く空に舞い上がる。
そして頂点に達すると再び落下を始める。体捌きで気流を操りホロヌキ目指していく。
ぐんぐんとスピードを増していく。対してホロヌキも触手を伸ばして迎撃してくる。前回と違って迂闊に伸ばしてこない。待ち構えたカウンターの構え。
しゃらくさい。
多少勢いが死んでしまうが番傘を開いて散らしてやろうかと思った時、触手を矢が貫いていく。
ちらっと出元を見ればナァシフォが弓矢を構えているのが見えた。退避してろって言ったのに、ほんとヤンチャなお姫様だ。
ここは大人として男として無様は見せられないな。
ナァシフォが開いてくれた間隙を縫ってホロヌキに更に迫る。先程よりはスピードが出ているがこのまま当てても大したダメージは与えられない。
普通に落下の衝撃を伝える通常技のトビコミ。
硬い甲羅を持つ相手に対して衝撃を内部に伝えるヨロイドオシ。
そして硬い甲羅を破壊するために衝撃を内部に伝えること無く表面に巡らせるヨロイドマリ。
売り物の皮や甲羅を破壊してしまうのであまり使いたくない技だが今はそうも言ってられない。
「ヨロイドマリ」
ホロヌキの表面に番傘が当たった寸前力押しで押し込むトビコミと違って特殊に捻って素早く番傘を引く。
これで衝撃は内部に全く伝わらず表面だけに巡る。
パンッ
風船が割れるような音がしてホロヌキの白い表面が破裂した。そこから魔素が抜けていく。ゆっくりと高度を落としていくホロヌキ。
これで魔素を蓄えこの高度まで上がってくることは当分できまい。これが狩りだったら高度を落としていくホロヌキに対して追撃のバンジージャンプを噛まして止めを刺してやるのだが今回は獲物を捌いたりしている暇はない。
狩りでもない無用な殺生はしない。
ホロヌキの皮からいい道具が作れるので惜しいが俺はホロヌキから飛び降りるとワイヤーを伝って崖を登っていく。
「お疲れ様、ガイガさん」
「ああ」
獣道まで登った俺をナァシフォが家に帰ってきた旦那を迎える妻のように出迎えてくる。
まずい。背筋にホロヌキと戦ったときに流れなかった冷や汗が滲む。
「旦那凄いですね。魔道士なのにまるで一流の魔界ハンターのようでしたぜ」
てんぷらの赤羅様な太鼓持ちが今は救いの声に聞こえる。
「素材集めが出来るのも一流の魔道士の条件だからな」
「そうですかい。あちきの知っている魔道士は人を雇うか買ってましたがね」
「そいつは二流なのさ。
余計な時間を食った。先を急ごう」
「はい」
「分かりやした」
俺達三人は魔界の旅を再開するのであった。
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