第21話 マカイビト
開けゴマの如く魔界の木の太い幹に大人くらい余裕で入れる入口が開いた。
「空いた!?」
「中に入るぞ」
「はっはい」
ナァシフォは驚きつつもおっかなびっくり俺に続いて来る。
虎穴に入らずんば虎子を得ずの気分で中に入ると太い幹の中はくり抜かれ空洞になっていた。外部から光を取り入れる工夫がされているようで明るいとまではいかないが物が見える。棚とかはなく幹がくり抜かれた空間の中央には木をくり抜いて作られた螺旋階段があった。
「なんなのこれ」
「ふっふ秘密基地みたいで男心が擽られるな。上に登る前に魔物が入ると厄介だから扉を締めておこう」
「はい」
退路を塞ぐことになるが後ろから魔物に襲われるよりかはマシである。隠し扉を閉めて俺とナァシフォは螺旋階段を登っていく。
一軒家の二階分ほど登りきった先は広々とした部屋になっていた。10メートル四方くらいあって魔界の木1本分の広さではない。何本かの魔界の木を柱のように利用して上部空間を作っている。これだけの広さながら外から見たときにはナァシフォが違和感を感じる程度だったことから、よっぽどうまく擬態しているのだろう。これがマカイビトの魔界で暮らす技術というやつか。
板張りの床に棚が並べられて壺や鉢、木箱などが雑多に置かれている。まるで道具屋の商品棚のようである。
部屋の奥の方にはテーブルが設置されているが誰もいない。
「こんにちは~誰かいませんか」
ナァシフォが礼儀正しく挨拶をするが反応はない。だが此方を冷静に伺う気配は感じる。
「留守なのかしら?」
「違うな。
これを見ろ。俺は旅の魔道士だ」
俺は懐から天と地と階段をシンボルとしたシルバーのペンダントを取り出した。これぞ魔道士の証である。
魔道士は日陰者であるが故に秘密結社を結成して互いに助け合っている。俺が所属している秘密結社は「キザハシ」。キザハシが所属している魔道士に証として発行しているのがこのペンダントで、結社への貢献度に応じて鉄、銅、銀、金と等級が与えられている。こればあればキザハシと交流がある個人や組織に対して身分の証となる。このマカイビトもキザハシと交流があればいいが。あればこれでも俺は銀等級の魔道士だ粗雑には扱われないだろ。
「これはこれは魔道士様ですか」
棚の影から背が小さく小太りの中年の男がもみ手をしながら滲み出てきた。見事に気配を消していた。愛想良くしているが場合によっては俺達を吹き矢などで不意打ちする気だったことは想像に難くなく、仲間もまだどこかに隠れて様子を伺っている可能性も高い。
取り合えすキザハシと交流はあるようでいきなりの戦闘は避けられた。これから戦闘になるかはこれからの交渉次第といったところだろう。
ナァシフォは初めて見るマカイビトに興味津々でまじまじと見ている。こういう態度をとると物知らずと舐められるか機嫌を損ねられる。俺は相手はマカイビトだと肝に命じて礼儀正しく対応する。
「俺は旅の魔道士のガイガだ。こっちは俺の従者だ」
ナァシフォは一瞬キョトンとしたが頭のいい彼女はすぐに意図を察してくれる。
「魔道士見習いのナァシフォです」
ナァシフォも王族仕込の美しい所作で挨拶をする。
それでいい。根が正直なナァシフォには抵抗があるだろうが、イーセの国の姫君だなんて馬鹿正直に言ったらどんなトラブルが舞い込むか分からない。普段は善良な人間でも目の前に黄金が置かれれば魔が差さないとは限らない。
「礼儀正しいお嬢さんだ。
私はてんぷらと言います」
てんぷらは頭を丁寧に下げる。禿頭で黒白の法衣のような服を着ていて愛想も良く生臭坊主のような親しみを感じる。
「それで旅の魔道士様がどんなご要件で?」
「情報が欲しい」
周りの棚に地位列されている物に興味が湧かないと言えば嘘になる。あの草とか熱病に効く薬の良い原料になる。だが、今は後回しだ。
「ほう、情報ですか。知ってのとおりあちきは世間にはとんと疎いのですが」
そんなものを求めていないのは分かっているだろうに茶番が好きな奴だ。
「この森の奥にいるオオクニヌシについて教えて欲しい」
「退治でもなさるつもりですか?」
「まさか、するわけ無いだろ。この近辺の魔界に暫くいる予定だからな。危険は知っておきたい」
「なるほどなるほど」
マカイビトは基本自分が住んでいる魔界を荒らされることを嫌う。友釣りに使うなんて知られたら何をされるか分からない。今のところ俺は意図を悟られるようなボロは出していない。ちらっと見るとナァシフォは主に口出さない殊勝な従者のふりして一歩引いている。何も喋らなければボロが出る可能性は低くなる。沈黙は金を知って実践出来る。経験を積めば直ぐにでも取引を任せられるようになるだろう。まったく、ナァシフォを本当に従者にしたくなる。
「それで対価は?」
「俺は人里との交流もあるからなイーセの通貨でどうだ?」
完全に人間社会からの脱却を目指しているがそれは最終であり、現状ではマカイビトといえど完全に切り離れては生きていけない。僅かながらの取引があり、当然間を取り持つのは金である。故にマカイビトも金は欲しい。
「ほうイーセですか大国ですな。それならまあ信用もありますな」
オオクニヌシに狙われているなんて噂が知られたら大暴落だがな。昨夜の出来ことだ、まだ周辺には広まってはいまい。
しかし幾らイーセを救う為とはいえ、銀等級の魔道士としてキザハシの信用を失墜させるようなギリギリの交渉をしているな。救いは辛うじて嘘は言っていないことくらいで弁明の余地があるくらいか。
「いいでしょう商談と行きましょう。魔界を旅して疲れたでしょう。お茶でも入れてきますので荷物を置いてテーブルで待っていてください」
「すまないな」
ブルーマーで飛んでいたとはいえそれなりに疲れている俺とナァシフォは荷物を置くと席に着いた。なかなか出来が良い椅子ですっぽり収まり座り心地がいい。
暫く周りの棚を見ながらリラックスして待っているとてんぷらがお茶を入れて持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
てんぷらはお茶を並べていき、それが終わると俺達の対面に座った。
「いい香りね」
「そうでしょう。私のお気に入りなんですよ。お客様なのでとっておきを出しました」
てんぷらはまずは自分でお茶を飲んでみせる。
初対面の人間、まして怪しいマカイビトが出した飲食物など迂闊に口にするべきではないことは分かるが、飲まなければ相手を信頼していないとのメッセージになる。しかし警戒も無く飲めば迂闊者と侮られる。
交渉はとかく加減が難しい。
「それじゃあ頂きますね」
「俺もいただくか」
会話の一つ二つ挟むかと思いあぐねている内にナァシフォが先にお茶を飲みだした。豪胆な娘だと思いつつ俺も続いて飲む。
「独特の味だけど美味しい」
「味だけじゃなく疲れにも効きますよ」
てんぷらはナァシフォを前にして明らかに機嫌がいい。マカイビトといえど人、いや男ということか。
「それで商談なんだが、どんな情報を持っている」
「オオクニヌシは迂闊に近寄るものではありません。よって情報も限られてますよ」
「種類と生息地ぐらいは知りたい」
「それでしたら・・・」
バタン、隣で音がして見てみるとナァシフォがテーブルにうっ伏して静かな寝息を立てだした。
「どうした」
いくら疲れているからといって明らかにおかしい。声を掛けようとしたが、声を出す前に俺の視界もぐるんぐると回って歪みだす。
まずい、起きていられない。
「お二人共疲れているようですね。ゆっくりとお休みください」
てんぷらがニコニコしながら眠り堕ちていく俺達を見ているのであった。
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