第20話 魔界の草原
魔素が雲海のように漂い滲む世界から魔界の木々が突き出ている。木々の間をブルーマーで魚のように飛び回り下に視線を向ければ、魔素でゆらぐ魔界は熱帯アクアリウムを上から見ているようであった。
「いい腕だ」
「ありがとう」
あまり高く飛ぶとハネムカデやキバヤンマに狙われるので、今俺達は魔界の木々スレスレの高さを飛んでいる。地上から見上げても濃い魔素の所為で滲んで木々に溶け込み区別はつかないだろう。だからいって油断していれば予想外の奇襲を受ける。魔界において油断は死に直結する。
ナァシフォが木々にぶつからないようにブルーマーの操縦に専念している間俺は後ろで索敵をしている。正直歩いて魔界を旅するより楽で早い。俺もブルーマーが欲しくなるが長い旅路ではメンテが難しく性能を維持出来るか分からないので諦めている。
「ん」
進んで行く先に魔素が薄くなっているのか風景がそこそこはっきり見える箇所があった。
事前に仕入れておいた情報と一致する。下手をすれば時間のロスになるが、運が良ければ時間を短縮できる。賭けになるがこの程度の賭けに勝てないようでは奇跡は起こせない。
「ナァシフォ、あそこの魔素が薄くなっている場所に向かってくれ」
「了解です」
ナァシフォがブルーマーを旋回させ体がぐっと傾き外に弾かれそうになる。俺を信頼してくれているのか遠慮が無くなってきている。ここでブルーマーからふっ飛ばされては信頼失墜、ぐっと踏ん張りバランスを取る。意地でも後ろからナァシフォに抱き付くなんてみっともないマネはしないぞ。何とか面目を保っている内に魔素が薄くなっている場所に辿り着いた。
そこは木々がすっぽりと晴れて魔界の草花や苔が広がっている草原になっていた。魔素が薄いこともあり主張の強い色鮮やかな魔界の花々がよく見える。これはこれで美しく慣れれば花々を少し物足りなく感じるようになる。もっと慣れれば花を見ただけで侘び寂びを感じるようになってくる。
「降ります」
「頼む」
ナァシフォがブルーマーを低空に滑らせ俺は飛び降りると魔界の草花はしっかりと俺を受け止めてくれる。どうやら落とし穴に嵌まる危険はないようだ。
魔界の花々は群生すると地面から根を上に伸ばしていき地面の上に偽りの地面を作り出すことがある。そこに無防備に足を踏み入れれば落とし穴に嵌まったように身動きが取れなくなり、獲物を狙う魔界の花の根に絡め取られ養分にされてしまう。美しい花すら牙を剥くのが魔界である。
ぐるっと辺りを見渡す。
開けている地形の影響なのか魔素が風で流れて薄いので太陽光もよく降り注ぐようで、100m四方の魔界の草原を見渡すことが出来る。周りを魔界の木々が塀のように囲み魔界の草花が一面に絨毯のように広がっている。ここでなら薬の原料になる魔界の草花が生えていそうである。
「よし、ナァシフォも降りていいぞ」
「はい」
何かあった時の為にホバリングして待機していたナァシフォも地面に降り立つ。
「ここには何があるんですか?」
ナァシフォはブルーマーを畳みながら聞いてくる。
「ここいら辺にいるらしいとの情報はズカで仕入れていたんだ。人の世を捨て魔界に生きることを選んだ人々「マカイビト」が住んでいるかも知れない」
「マカイビト!?」
「ナァシフォは噂ぐらいは聞いたこと無いか?」
初めて聞いたような顔をするのでナァシフォに尋ねる。
「すいません。魔道士の話は聞いたことありますけどマカイビトは初めて聞きました。そもそも人が魔界に住むなんてこと出来るのですか?」
普通の人が思い浮かぶ尤も質問をしてくる。若い子にこう素直に聞かれるとちょっと先輩気分で得意になるな。
「俺は1年の大半を魔界で過ごしているぞ」
割合で言えば俺も魔界に住んでいるようなものだな。
「そうですけど」
「魔界の侵略を受けていた当初ならともかく、今は魔界の知識も魔界で生きる知恵も蓄えられてきた。大規模な集落を作るのはまだ無理だろうが少人数の選ばれた者達なら可能だろう」
「少人数ですか」
ナァシフォは残念そうに言う。
人類最大の武器は膨大な犠牲の上に積み重ねられていく知識。時間さえあれば知識はやがて魔界すら制覇するだろうが、人類はまだそこまで魔界を解明していない。そして現状では知識が蓄えられる前に人類が滅びる可能性の方が高い。
「マカイビトとは魔界と共に生きることを選び、最終的には魔界と共生出来る魔人となることを目指している人々の総称だ。人類の生存戦略の一つではあるが、このまま大地が全て魔界に飲まれた未来には生き残っているのは魔人だけかも知れないぞ」
「魔道士とは違うのですか?」
「魔道士は人の営みの一つとして魔界を技術として取り入れようとしているだけに過ぎない。今の文明社会から離れて魔界で暮らす気はない」
魔道士は今の人間社会の改革、マカイビトは今の人間社会から脱却を目指す似て非なる関係。だが似ている部分があるが故に協力し合うこともある。
「それでガイガさんはそのマカイビトさんにどんな用があるんですか?」
「人が魔界で生きる以上情報は命だ。うまくいけば探すまでもなくオオクニヌシのことを聞けるかも知れないぞ。時間が大分短縮出来る」
今の俺達にとって時間は黄金にも匹敵するほど貴重だ。
「なるほど。なら頑張って探さないと。ぱっと見、人が住んでいるように見えませんけど、どうすればいいの?」
納得したようでナァシフォはやる気に満ち溢れた顔で聞いてくる。
「マカイビトは魔物から身を守る為に住処を魔界に擬態させている。今から草原を囲む魔界の木々を見て回るから違和感を探してくれ」
「分かったわ」
魔界の木々の生え際まで寄るとそれに沿って周りだした。
魔界の森は森と比べて荒々しい。魔界の木々は太い幹がぐねぐねと曲がりつつも天に伸びていき。その太い幹は身を守る為に硬化質した鱗のような皮に覆われている。その皮に魔界の苔は張り付き侵食して栄養を吸い付くそうとし、魔界の蔦は幹に巻き付き締め上げへし折ろうとする。魔界の森は共生ではなく生存競争を繰り広げていて、結果共生しているような均衡を保っている。
魔素が霧のように漂い視界が滲む木々の上はナァシフォに任せ、俺は目に付いた木の幹を番傘で叩いていく。叩くと言っても森で木を叩くのとは違う、気を抜けば蔦に番傘を持っていかれ油断すれば魔界蔦に絡まれ骨を折られ養分にされる。
コンコン
コンコン
コンコン
カン
「!」
音が変わった。
「ガイガさん、この木の上何か変です」
ナァシフォも同時に何かを感じたようだで俺は直ぐ様近寄って魔界の木の幹を観察する。
「どうしたのガイガさん」
俺は集中して魔界の木の幹を観察する。
叩いた音が違いナァシフォも上に違和感を覚えた以上あるはずだ。
「これだな。ふんっ」
俺は木の幹の鱗状の皮を掴んで力を入れて押す。すると木の幹の一部がスライドされて行き入口がぽっかりと開くのであった。
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