第17話 いい男には勝利の女神が微笑む
「いやあの姫様が連れてきた客人が魔物と通じていたと」
ライガンに問い詰められて衛兵の一人が自分でもよく分かってないのでしどろもどろに説明する。
「誰がそんな事を」
「シトヤさんが」
ライガンがシトヤを睨み付ける。
「証拠は有るのか?」
「こんな夜中に魔道士が一人で城内を歩いていたのですよ。それだけでも切り捨てる理由としては十分でしょ」
ライガンが表れ先程までの傲慢な態度は鳴りを潜めたがシトヤは己こそ正しいとばかりに胸を張って主張した。そして残念ながらこれに関しては見られたガイガが迂闊としか言いようがない。昨日来たばかりの旅の異邦人が人目を避けるように夜中城内と歩いていては疑われても仕方がない、ましてやガイガは魔道士なのである。
「姫様の客人だぞ」
「勿論それだけではありません。魔物が示し合わせたように表れて此奴と何やらアイコンタクトを取っているのを私は見ました」
シトヤは待ってましたとばかりに偏見に塗れた目撃証言をする。
「ほう」
「一応客人ということで降伏勧告までしたのに手向かってきました。もはや間違いないかと」
ここまでの説明をシトヤは淀み無く朗々と述べる。これでは一片の疚しい事など無いと聴衆は信じてしまう。理由も分からず集められていた衛兵達から戸惑いが消え出す。
「なるほど。事実か客人」
ライガンはそれでも姫様の客人ということもあって公平に努めようとしてるようだ。
「言い訳させて貰うと突然表れた魔物を睨み付けていたんだけどな」
睨み付けていたとアイコンタクトを取っていたは見る者の捉え方の匙加減一つで変わってしまうもの。ガイガは悪意を持つ者がそう見えたと言えばどんなに弁明をしようが無駄だということは身に沁みて知っている。知っているが抗弁の一つもしないで罪を受け入れるほどには人生達観していない。
ガイガは止せばいいのに同情を買うような殊勝な態度で言うどころか顎を擦りながらふてぶてしく言う。
「弁明は法廷でして貰おう」
「そんなことしている場合かね」
ガイガは俳優の如く様になって肩を竦めて見せる。その態度にシトヤはイラッとするが今は何も言わずライガンにこの場を預ける。弁えてしまった以上シトヤからボロが出る可能性は期待出来ないだろう。
「後顧の憂いは払わねばなるまい」
ライガンはゆっくりと腰に下げていた剣を抜く。話の分かりそうなライガンでも結局はシトヤと同じことに成る。これに関してはシトヤの言っていることは内面は兎も角表面は嘘は言っていない以上、責任ある立場のライガンに他に取れる手はないのである。
捕まえるか切り捨てるかしなければ成らない。もはや言葉で場が収まる状況ではないのだ。
「なんか笑ってないか爺さん」
「幾つになっても強者との戦いは心が躍るものよ」
妬みも悪意もない。ただ純粋に強者との戦いを楽しもうとしていることをライガンは隠そうとはしない。
「年考えろよ」
「余計なお世話だ、若造」
「俺もこの年でまだ若造と言われるのか。嬉しいやら悲しいやら」
「行くぞ。
はっ」
岩を砕く踏み込みから稲妻のような剣閃が唸る。だがそれにもガイガは対応した。唐竹割りを番傘を両手で持って受け止めた。
「いい踏み込みだ。腕が痺れたぞ」
「儂に対してもその上からの余裕ぶった態度、後悔させたく成る」
ライガンは剣を丸太の如く重く唸りを上げて振り回す。錯覚か剣がしなっているように見えるほどの剛剣、当たれば魔蟲の甲羅ですら真っ二つであろう。だがガイガもそれをすべて受け返す。
数十合と重く打ち合い、やがてパキンと硬い金属音が響いた。
くるくると天高く舞った刀身部が落下する。
ライガンの剣が根本から折れたのだ。それなりの剣だろうにライガンとガイガの打ち合いに耐えきれなかった。対してガンガの番傘は親骨一本折れていない。
「ふっじいさん、得意の獲物は斧と見たが違うか」
「その通りよ。だが城内で戦斧を持ち歩くわけにはいくまい」
確かにライガンの剛剣は凄かったが剣の扱いではなかった。厚く重い鈍器を力付くで叩き付けるような闘法であった。寧ろシトヤの方が剣の扱いは長けているように見える。
「イーセに礼儀作法があって命拾いしたぜ」
「よく言うわ」
ライガンは観念したように折れた剣を投げ捨てた。道場の試合ではない、負けた以上煮るなり殺すなり好きにしろということだろう。
「ライガンさんを助けるぞ。構え」
いつの間に衛兵達は銃を構えガイガを包囲していた。そしてライガンは強面ながら慕われているのか衛兵達も先ほどと気迫が違う。
「何をしているお前達」
「ライガンさんは下がって下さい。その位置は射線を遮っています」
シトヤがライガンに丁寧に言う。
「男同士の勝負に水を差す気か」
ライガンはガイガを庇うかの如く銃の射線上からどかない。
「あなたを助ける為ですよ。あなただって今自分がいなくなる訳にはいかないことくらい分かっているしょ。射線から退避して下さい」
「シトヤ」
ライガンは歯軋りしながらシトヤを睨み付ける。
「このイーセを、強いては姫様を見捨てるつもりですか?」
ライガンの怒りなどシトヤは酷薄な笑みを浮かべ一顧だにしない。
「宮仕えは辛いな」
「儂もお前みたく旅に出たく成ったわ」
ライガンはしみじみと言う。
「無理さ。あんたは多くを背負い込んでいる」
「お前には無いというのか?」
「全部無くなってしまったさ。おかげで憂いなく夢を追い掛けられる」
「・・・」
ライガンはどこか空虚さが漂うガイガの顔から何かを感じたようだ。重荷と感じたものが有る幸せも有る。ライガンは戦士として男としてガイガに好意を感じだした。
「どきなよ。風来坊に義理を通す必要もないぜ。まあ少しくらい戦士の義理を思っているなら次の機会に少し俺に味方してくれればいい」
「次があると思っているのか?」
「この程度魔界で魔物に包囲されたのに比べればなんてことないさ。
さあ」
虚勢でもなんでもない。極自然に当たり前のようにガイガは言う。
「済まぬ」
好意を感じ始めた男を見捨てねば自分が重荷を失ってしまう。ライガンは申し訳無さそうに射線上から退いた。
「総員構えそのまま。
最後だ。大人しく降伏しろ」
シトヤの言葉に衛兵達はガイガに照準を合わせたままに待機するが、その内心はライガンが助かった以上素晴らしい決闘をしたガイガを撃ちたくない気持ちに揺れている。
前は銃を持った衛兵に包囲されガイガの逃げ道は後ろの絶壁しか無い。まるで銃殺刑に処された罪人である。
だがその顔から不敵な笑みが消えることはない。
「はてさてどうしたものかな。言っておくがこれ以上は遊びじゃ済まないぜ。死んでも文句は言うなよ」
ガイガが包囲する衛兵を射竦めると衛兵達の腰が引ける。
「お前達怯むな」
「おっ。いい男には勝利の女神が微笑むもんだな」
ガイガの見つめる空の先。
「ガイガさん」
ナァシフォがブルーマーに乗って駆け付けてきた。
「んじゃ皆さん深夜のお勤めご苦労さまでした。俺は姫様と月夜のデートと行かせてもらうぜ」
ガイガは一礼をするとそのまま後ろにトンと飛んで城壁から落下するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます