第15話 オオクニヌシ

 風はいつの間にか止み

 どろりと空気が肌に纏わりつく息苦しい夜

 ガイガは独りイーセ城の外縁を歩いていた。

 申し訳程度に膝程度までしか無い石壁が設置されている吹き曝し、下を見れば高さに眩み、上を見上げれば星空に眩む。

 暑苦しい夜、夜風にでも当たりたく成ったのかもしれないが、番傘を括り付けたリュックを背負い夜逃げでもするようであった。そんな彼だが夜逃げとは逆にどこかに行った帰りのようで自分に宛てがわれた部屋に向かって、特に周りを気にする様子もなく淡々と歩いている。

 彼は魔界を旅する歴戦の旅人である。その彼の勘が何かを告げたのかガイガはイーセの周りに広がる山々の方を見、此方を見る二つの真っ赤に染まった目と合った。

 それは両の足で山の稜線部を踏みしめ、猿のように少し腰を曲げて山の頂上に手を付きイーセを一望し、高き山の山頂にいてその威容をイーセ中に見せ付ける。

 天に登る三日月月が赤く輝き、まるで血に染まった死神の鎌が掲げられているようであった。

「オオクニヌシ ダイダラボッチ」

 ガイガはダイダラボッチを睨み付ける。

 山すら砕くと言われる巨人ダイダラボッチ。ガイガが刈ったヌシクラスの羽百足など比較にならない一国を縄張りに持つ魔物がオオクニヌシである。

 ダイダラボッチの方でガイガを認識していたかは知らないが暫し睨み合った後ダイダラボッチは山の向こうに去っていった。

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「ふう~。今夜のところは去ったか」

 ダイダラボッチが消え去り数秒経過しガイガは緊張を解いたのか大きく息を吐いた。

「貴様何をしていていた!!!」

 ガイガが緊張を解いたタイミングで鋭い声が掛かったので、振り返ればシトヤが剣を突き付けてきていた。

「何をしていたとは?」

「惚けるなっ、お前今あの魔物と何をしていた」

「何にもしてないぜ。見ていただけだ。

 それよりのんびりしていていいのか、来るぞ」

「何がだ」

「当然、魔界嘯だ」

 魔界の魔物が溢れ大地を飲み込む魔界嘯。飲み込まれれば大地は魔界に沈む。ダイダラボッチはその先触れだというのか。

「ついに自白したな。邪悪な魔道士め、イーセの国に魔物を呼び寄せ滅ぼすつもりだな。

 皆のもの出会え」

 シトヤが大声で夜警をしていた衛兵を呼びつけると、よく訓練されているようでダイダラボッチの出現に浮足立っていたが、あっという間に兵士が集まって来た。いやむしろ浮足立っていたからこそ縋るように集まってきたと言うべきか。

「シトヤどうした。って姫様の客人がなぜここに」

 衛兵の呟きにシトヤは眉を顰める。

「姫の客人と呼ぶな。

 この魔道士が魔物を呼び寄せたのを見た」

「何だと」

 巨人ダイダラボッチを見た混乱で清浄な判断が鈍っている中においてそれなりの地位がありそうなシトヤが言えばあっさりと信じてしまう。

「この者を捕らえるぞ。私が対応するからお前達は逃さないように周りを囲め」

 シトヤは集まってきた衛兵にガイガの逃げ道を塞ぐように指示を出す。衛兵に手を出させず己自らの手で仕留めようとするのはガイガを侮っているのか剣の腕に自信があるのか両方なのか。

「分かった。だが気を付けろよ。相手は魔道士だどんな手を使ってくるか分からないぞ」

「ふっ誰に言っている。俺はイーセ流一刀術の使い手だぞ」

 心配してくれる声にシトヤは平静に努めようとして笑みを抑えきれない表情で返す。

「おいおい、こんな茶番をしていていいのか?」

「茶番だと」

「オオクニヌシが今にも攻めてくるかもしれない状況で人同士で争ってどうする。危機感が足りないぞ」

 ガイガは尤もらしいことを言ってこの場を収めようとする。

「今の状況だからこそ人類の裏切り者、獅子身中の虫を討ち後顧の憂いを断つ」

「それは過大評価が過ぎる。俺如きがオオクニヌシを操れるわけ無いだろ」

 そんな術を持っていたら、オオクニヌシを操り人類圏の奪還だって夢じゃない。ガイガは自嘲気味に反論する。

「そうだな。俺の評価でもお前は冴えない男に過ぎない」

 ジリっとシトヤは間合いを詰める。

「分かっているじゃないか。誤解は解けたようだな」

「魔導に手を出す外道。お前如きががオオクニヌシを操れないだろうが、お前がオオクニヌシの手下と言うならすんなりスジが通る」

「・・・」

「どうした図星で言葉を失ったか」

「そう来たか」

 ガイガは皮肉でなく主従の逆転とはなかなかに見事であると本気で感心している。

「なら俺がオオクニヌシに操られているという証拠は有るのか?」

 つい昨日イーセの重鎮達にされた悪魔の証明をガイガは意趣返しとばかりにシトヤにする。

「お前がオオクニヌシに操られていないという証拠を提示するのが先じゃないのか?」

「その返しは卑怯じゃないかな」

「最後だ。手向いしなければ命は保証するぞ」

 そう言いつつシトヤのガイガに向ける剣先には殺気が充満していく。

「牢獄に入れられて裁判無しで縛り首はゴメンだね」

 それはまだマシな方で怒りに狂う群衆の前に投げ出されてリンチされる可能性も高い。

 まあ、どっちにしろ捕まった時点で碌な未来はない。それは魔道士に限らず、その土地で後ろ盾のない流浪人の定である。

「なら今俺に成敗されろ。邪悪な魔道士」

「ん~なんかさあ、俺お前に恨まれるようなことしたかな? なんか私怨混じってない」

 ガイガはシトヤの自分に向けられる剣に使命感とは違う喜色に染まっているのを感じていた。

「戯言を言うな。それにしても貴様のような邪悪な魔道士が姫様の周りを彷徨いていたとは嘆かわしいことだ。俺が姫に変わり汚名を注ごう」

「ああ、俺と姫の仲がいいのに嫉妬したのか?」

 ぽんとガイガが手を叩くのと同時にシトヤは赤い月光に輝く刀身で斬り掛かってくるのであった。

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