第11話 報われない者

「魔道士だと」

「悪魔に魂を売った薄汚い裏切り者」

 集まっていた者達から怨嗟の声が上がりガイガを睨む付ける。何かきっかけがあればいとも容易く暴発するだろう。

 魔道士とは人でありながら魔を扱うものの総称である。

 今の時代に魔によって親しい者を失ったものなどそこらかしこにいる。魔に対する憎しみは千年雪のごとく降り積もるのみである。魔蟲などの甲羅を使用するのは魔を倒した戦利品ということで辛うじて飲み込んでいるだけで、魔に対する忌避感は半端ではない。其の肉を食すなどの体に取り入れるなど許されない禁忌と暗黙の了解に成っている。

「おい、お前。ここから叩き出してやる」

 堪え性のない一人がガイガに掴み掛かってきた。

「早漏は女に嫌われるぜ」

 ガイガは肩を掴まれると同時にくるっと腰を捻って男を人垣に向かって派手に投げ飛ばした。

「うわっ」

 投げ飛ばされた男は群衆に受け止められ怪我はないようである。

「加減はしてやったが次はないぞ」

 ガイガは群衆を殺気を込めて一睨みする。

 威嚇である。

 ガイガの強さを目の当たりにした群衆は水を掛けられたように静まり返った。威嚇も下手をすれば却って火を付けることも有るが今回はうまくいったようだ。

 静まり返った群衆に背を向けガイガは老婆を無視してケンツの傍まで寄ると開けさせられた胸を見る。

 ガイガはケンツの症状を丹念に見定めようとする。

 魔界熱とは従来の病気でない魔界由来の病気の総称みたいなもので、実際には多岐に分かれ、当然対処も多岐に渡ることになる。

 真剣な顔でケンツを見るガイガをセアは神を見るように必死に見守り、ナァシフォも初めて見る顔に声をかけられないでいた。

「この症状」

 さらけ出されたケンツの胸には赤い発疹が無数に浮き上がっている。それをガイガは数分ほど観察する。

「魔素アレルギーの一種だな」

「魔素アレルギー?」

「なんだそれ?」

 ガイガが漏らした聞き慣れない言葉にナァシフォ達は戸惑う。

「運がいいな坊主。まだ残っていたな」

 ガイガはニヤッと笑うと背中にしょったリュックを一旦下ろし中からカサカサに乾いて茶色い皮のようなものが入ったケースを取り出す。

「これを飲めば助かる可能性はある」

「本当ですか?」

 ガイガはセアの前にケースの中身を見せるが、セアはケースの中のグロテクスな物体に戸惑いの顔をしていた。

「フェアに行こう。

 これは魔蟲の部位だ。君は対価を払う覚悟はあるか?」

 ガイガはセアに切り込むような声で問う。

「子供の命が・・・」

「ケンツが助かるなら私の全てをあなたに捧げます」

 激昂し何か言い掛けたナァシフォを押しのけセアがガイガの足に縋り付いて言い切った。

「騙されるな。魔界熱に効く薬などない」

 老婆はセアを思い止まらせようとする。

「婆さん。本当か? あなたほどの医師が本当に聞いたことがないのか?」

 ガイガは老婆を問い詰めると言うより嘆願するように聞く。

「医師仲間の噂で魔界熱には魔界由来のものが効果あると聞いたことは有る」

「婆・・・。これは素敵な女性に失礼でしたね、よければ名前を教えて貰えませんか?」

 ガイガは急に人を食った態度を改め胸に手を当て頭を下げて礼を見せる。

「お前なんぞに名乗りたくはないが、イネじゃ」

「イネさん、あんたは素晴らしい医者だ」

 ここで絶対に効果ないと言い切れば所詮余所者のガイガなど誰も信用しない。だが老婆はそうしなかった。ガイガの縋るような視線に絆されたのも有るがケンツが助かるならとイネは己の心に巣食う敵愾心を抑えたのである。

 医者としての良心に従ったイネにガイガは敬意を覚えた。

「いや駄目じゃ駄目じゃ。

 セア、こんな男に頼ったら悪魔に魂を売り渡すことになるぞ。姫様もなんて男を連れてきてくれたんじゃ。」

 イネは医者の良心に従ったことを後悔するように顔を振り声を荒げる。

「だが魔に対抗できるのは魔だけだぜ」

「我等の世界に突如として表れ人類から土地を奪い、我等にこんな苦しい生活に陥れたのは魔なんだぞ」

「それは今生死を彷徨うこの少年には関係ないじゃないか」

 溜まった怒りを吐き出すイネに対してガイガは静かにお願いするよいうに言う。

「詭弁を言うな。魔道士の技は禁忌の技。皆この不吉な男を叩き出せ」

 最後には魔への憎しみが勝ったイネが集まっていた群衆に命令する。イネはイーセの名医で助けられた者も多く慕われている。そのイネが命令すれば萎縮していた男達も奮い立つ。奮い立った男達が動こうとした気勢を払い除ける一括が響いた。

「やめなさいっ」

「姫様」

 ナァシフォの戦場で放つ将軍の如き威圧に群衆は静まり返った。

「ガイガさん、その魔導の技を使えばケンツは助かるのですね」

「残念だが保証はできない。可能性があるというだけだ。もう少し早ければ確実に助けられたんだが魔素に侵され過ぎている。

 良くて五分五分だ。それでいて禁忌に手を出したと周りから白い目で見られることになる。

 割に合わないな」

 ガイガはやりきれなさそうな顔で宣言通りフェアに情報を開示する。それは言葉通りのフェア精神と言うより、まるでナァシフォを試すかのようでもあった。

「それでもこのままなら確実に死にます。

 ケンツは落ち着きのない悪餓鬼でよく私に悪戯をして困らせられました。それでも元気に笑って遊ぶ子なんです。こんなところで死んでいい子じゃないんです」

 ナァシフォは一言一言噛み締めるように言う。それはガイガに伝えると言うより自分を納得させる行為に見えた。

「イーセの国の第一継承者のナァシフォが命じます。

 魔導の技を使ってください。代価は私が払います」

 ナァシフォは一切の逃げのない口上でガイガに命じた。これでは何かあったときに批判は全てナァシフォが引き受けることになる。

「代価の意味が分かっているのか? ねんねちゃん」

「覚悟してます」

「姫様なのに」

「関係ありません」

「肉親でもないんだろ」

「何の関係があります」

 ナァシフォはガイガの試すような問に即断して答えた。

「姫様、嬉しいけどあなたがそこまですることはないよ。

 代価は姉である私が払います」

「よう坊主、美少女二人にモテモテだな。将来は女泣かせになりそうだな。」

 ガイガは二人を無視してケンツに話し掛けるが、はあはあと粗い息遣いしか返ってこない。

「セアは急いでお湯を沸かせ。それでスプーンを殺菌して、残ったお湯は冷まして微温湯にするんだ」

「はい」

「姫さんはそこの野次馬共を外に出せ。治療の邪魔だ」

「分かりました」

 ガイガは二人を部下の如く扱い指示を的確に出す。

「儂は残るぞ」

 イネも渦巻く思いはあるが王族であるナァシフォが王族として命令を下した以上臣下として従うようだ。

「ああイネさんは医師として責任を果たせ」

 ガイガはリュックから他の薬剤が入ったケースと擂粉木と擂鉢を取り出す。各ケースから慎重に分量を見切って擂鉢に入れて磨り潰し出す。

「準備できました」

 やがて完全に粉となり混ざった頃にセアが微温湯を持ってきた。ガイガは磨り潰した粉にお湯を入れ混ぜる。

 やがてどろっとしたセリー状の物ができた。

「スプーン」

「はい」

 セアからスプーンを受け取ったガイガはスプーンでゼリーを掬ってケンツの口に流し込んだ。

「うぐっごほっごほっ」

 ケンツが薬を流し込まれ咳き込んだ。そして胸だけだった赤い発疹が手足に腹に顔にと全身の肌に広がって無数に浮かび上がった。

「ケンツ」

「慌てるな。薬が効いてきた証拠だ。手でも握っていてやれ」

 皆が静かにケンツを見守る中、数分後薬が効いたのか発疹が徐々に消えていきケンツの息が落ち着いてきた。

「ギリギリ間に合ったようだな。後は坊主の根性次第だが衰弱した患者の取り扱いと一緒だ。イネさんの出番だ」

「それはなんだったの?」

 ナァシフォが尋ねてきた。

「俺が前に魔界で狩った羽百足の肺を乾燥させたものに魔導の技を加えたものだ。魔素に侵されアレルギー反応を起こした体によく効く」

「アレルギーの一種なのか?」

 老婆がガイガに聞く。

「ああ、原理は同じだ。

 これをさっきの要領で3日ほど朝夕呑ませて下さい」

 ガイガは擂鉢に残った薬を皿に移してケアに渡す。

「はい」

「言うまでもないかも知れないが、これから少年は魔に触れたものとして偏見に晒されるかも知れない。支えてあげな」

「当然です。

 それで対価なのですか」

「姫さんが払うってんだからいいよ。二重取りはフェアじゃないだろ」

「でも・・」

 言い掛けたセアを無視してガイガは取り囲んだ群衆に向く。

「君達が魔を忌避する気持ちは分かるし当然だ。

 だが魔界に世界が呑まれ始めてすでに一世紀が過ぎようとしている。もはや排除は不可能だ。ならばどうすれば生きていけるかそろそろ真剣に向き合うべきだ」

「そんなことはない。魔を討ち滅ぼす救世主様が現れる」

 群衆の一人がガイガに真っ向から反論してきた。

「救世主伝説。私はそれを否定しない。だが救世主が世界を救ってくれる前に死んでしまっては意味がないだろ。

 どうせなら生き残って救われた世界を見たいだろ」

「五月蝿え。魔界に魂を売った背信者が」

 眼の前で子供の命が救われるのを見てさえこの反応だ。人々の魔に対する忌避感は魂に根付いている。

「そう俺は背信者、魔道士だ。憎しみは俺だけに向けるがいい」

 ガイガが前に出ると群衆は割れていく。子供を救ったことに対する賞賛はなくガイガは立ち去っていくのであった。

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