第20話 接敵
轟音が止み、熱された静寂だけがその場に残る。
これまでの訓練や試合がお遊びに感じられる程の圧倒的な景色を前に、オレたちはただ立ち尽くしていた。
熱気の中、直ぐにコンラッド教官の指示が飛ぶ。
「土魔法部隊、防壁の解体!氷魔法部隊と近接戦闘部隊は森へ侵入、掃討を開始せよ!」
「了解!防壁を解体します!」
「「了解!氷魔法部隊、近接戦闘部隊、掃討を開始します!!」」
土魔法部隊が再び魔法を発動すると、黒い壁が溶けるように崩れ草原の土と同化していく。
再び現れた森は不気味さごと焼き尽くされ、視界に入る大半の木々の表面が炭化し至る所で煙が上がっている。思いのほか火は広がっていない。
・・・それにしても凄まじい。普通の生物からしたら魔物なんかよりよっぽど恐怖だろう。
そしてセレーネ教官を始めとした氷魔法部隊が戦馬を駆り、猛スピードで森の中へ駆けていく。
人馬一体のその姿は、まるで物語に出てくる戦姫のようだった。
続いて近接部隊が颯爽と狩りの森へ侵入していく。
次第に姿が見えなくなり、蹄の地響きが遠ざかっていく。
「この場に残った教官陣は、訓練生の左右後方に展開し警戒体制に入れ」
「「了解!」」
先程よりも幾分か柔らかい声で、コンラッド教官が指揮を執る。
「訓練生!出番だぞ。これからここに魔獣が誘導されて出てくる。私が指揮を執るから、その通りに動くように。弱小とはいえ魔獣だ。油断はするなよ」
「「はい!!」」
「それと、今後は了承の返事は『了解』だ。指示は各属性の代表者が復唱するように」
「「了解!!」」
各属性の代表は、火がエレナ、風がヴィンセント、氷がオレ、土がトーマス、雷がテレーズ、水がロイ、近接戦闘部隊はユーゴになった。
「そろそろエーテルが戻ってきたな・・・。 これより、訓練生による魔獣迎撃作戦を開始する!!横一列に前から土魔法、近接戦闘部隊並びに雷魔法、氷魔法、火魔法、風魔法並びに水魔法の順に整列!!」
「「了解!!横一列に前から土魔法、近接戦闘部隊並びに雷魔法、氷魔法、火魔法、風魔法並びに水魔法の順に整列します!!」」
仲間と共に大声で復唱し、早さを意識して整列していく。皆、まだ慣れなくて動線が絡み合い、少し時間がかかってしまった。
「よろしい。動線は今後話し合い改善していくように。続いて風魔法部隊、魔力干渉を開始せよ!」
「了解!風魔法部隊、魔力干渉を開始します!」
先ほどの教官陣と同じように発声による魔力干渉をヴィンセント、ライラたちが始める。
だが、やはりと言うか声の高低が安定していないように感じる。
「エーテルの支配を完了しました!!」
「よし、全エーテルを、全魔法部隊へ均等分配せよ!」
「りょ、了解!全エーテルを、全魔法部隊へ均等分配します!!」
魔力を広げ、支配した後すぐに大規模かつ微細な魔力コントロール。半端な集中ではエーテルを分割して更に人数分均等に配るなんて芸当は出来ないだろう。
分配される魔力の量が人によってバラバラな気がする。
ヴィンセントもライラも、額に汗を浮かべてコントロールを維持している。
そしてオレの前方に、濃度の高いエーテルの塊を感知した。
「土魔法部隊、エーテルを受領しました!」
「近接戦闘部隊、エーテルを受領しました!」
「火魔法部隊、エーテルを受領しました!」
「「氷魔法部隊、雷魔法部隊、エーテルを受領しました!!」」
「水魔法部隊、エーテルを受領しました!!」
「よし!全魔法部隊、各自武器を構え戦闘態勢を維持!」
「「「了解! 各自武器を構え戦闘態勢を維持します!」」」
「この後は魔獣が散発的に出現する。正面の敵は近接戦闘部隊と雷魔法部隊が受け持て。左右の敵は主に氷魔法部隊だ。弓矢で攻撃、魔法で妨害だ。火魔法部隊はこの範囲から漏れ、且つ味方がいない状況でのみ魔法を放て。土魔法部隊は後ろの部隊の盾となり自分たちに仕掛けてくる魔獣のみ迎撃せよ。状況に応じて防壁生成しろ。風魔法部隊は援護、エーテルの管理だ。魔物に魔力を使う者がいると想定し、決してエーテルを渡すな。適宜水魔法部隊は負傷者の治療に専念しろ」
「「「了解!!」」」
氷魔法部隊は、オレとシエラ以下全員が弓を持ち待機している。
前列のユーゴたち近接戦闘部隊から緊張が伝わってくる。
それぞれ剣と盾を持って構えているが、オレの目の前のやつなんかはその手が少し震えていた。
――どれくらい経っただろうか。
いま緊張していても仕方がないと分かっていても上手く力が抜けない。
心のざわめきと、風と心臓の音がやけに大きく聞こえる。
百メートル以上先の藪を凝視しているとそれが微かに揺れ、気配が近づいてくる。
来たか。
「氷魔法部隊、矢を構えろ!!」
コンラッド教官の指示で氷矢を生成し番え、構える。
ガサゴソと藪を突き破って最初に現れたのは、可愛らしい顔に一本角が生えている黒い体色のツノウサギだ。
魔獣であることに違いはないが、その外見のおかげで先ほどの緊張が霧散した。
それを皮切りに次々とツノウサギやサルが出てくる。
明確に魔獣と化してしまったツノウサギ以外は、なりかけと言った外見だ。
体毛が黒っぽくなっていて黒い靄を纏っている。濁りに浸食されているのは間違いない。
「放て!!」
十二人から放たれた矢は山なりに飛んでいき、三体の魔物を射ち抜いた。
「近接戦闘部隊、雷魔法部隊、戦闘開始!!」
「「了解!!!」」
次いでユーゴ達が飛び出し、魔物に向かって行く。
ウサギの角を防ぎ、剣で突きそして斬っていく。
テレーズは持ち前の機動力で瞬く間に魔物を斬っていく。
完全に乱戦だ。
地面を凍らせたり電撃を放つなどの味方に被害が出る攻撃は出来ない。
オレたち氷魔法部隊は左右に広がり、孤立している元小動物たちを次々と射る。
氷矢のクオリティや照準など、まだまだだ。
前衛を抜けて土魔法部隊の方へ突貫していく奴らも居たが、トーマスたち土魔法部隊が難なく対処していく。
ふと後方を見渡すと、明後日の方向へ逃げていくサルたちが爆発によって吹き飛ばされるのが目に入った。
エレナたちの火魔法だ。
生物を殺傷できる威力の爆発は相当距離を置かないと巻き込まれてしまうようだ。
そうして魔物を射っていると、怪我人が運ばれてきた。
近接戦闘部隊のやつだ。太ももを貫かれて血が溢れている。
即座にロイが治療しているが、今回は復帰できなさそうだ。
*
魔物たちの骸が段々と夥しい数になっていく。
前衛のユーゴ達は息も絶え絶えで、テレーズも動きに軽やかさがなくなっていた。
しばらくして辺りが落ち着きを取り戻した頃、森に入っていた教官たちが歩いて戻ってきた。
あれから負傷した者は、ロイたちの元へ行き治癒魔法を受けている。重傷者、軽傷者それぞれだが初陣にしては上出来だろうか。
オレたち氷魔法部隊は前衛たちのおかげで全員無傷だ。
そんな中、少し疲れた様子でシエラがこちらに歩いてきた。
「やっと終わったわね」
「ああ・・・」
「どうしたの?」
「セレーネ教官たちが戻っていない」
「・・・確かに。何かあったのかしら」
その時、大きな笛の音が聞こえた。
「!!」
音が聞こえた瞬間、コンラッド教官が反応した。
なんだ?何があった?
「訓練生、全員後方に待機!教官陣は訓練生の前方に展開、迎撃態勢だ!!」
「「了解!!」」
「「了解!!」」
急いで集まり、土魔法を先頭とした列を組みなおす。
・・・!
魔力感知に意識を向けると、明らかに異質な存在がこちらに向かってきていた。
実戦経験がないので実力差は解らないが、禍々しさは十分伝わってくる。
やがて森の方から重低音の咆哮が響き、空気を震わせた。
何かが走る音が、気配が、徐々に近づいてくる。
「来るぞ――。」
――現れたそれは、想像を超える異形だった。黒く変色した体、異様に大きな牙、そして苦痛に歪んだ顔。濁りを撒き散らすその姿は、正しく禍々しい。例え身体の半分が焼け焦げていようとも、オレたちを恐怖させるのには十分過ぎた。
聞いていたモノよりデカいぞ・・・。
一寸の迷いも無く確信する。こいつが、狒々鬼だ。
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