第2話 敵機、撃墜し


 ザフィーアは地面を蹴って宙を舞い、ぐるんと一回転しながら槍をタオゼントリアへと向けた。武器を持っていた右腕が刃によってばちばちと音を鳴らして吹き飛ぶ。


 動きが変わった。ザフィーアだけでなく、アルフィルクが操縦することによって、機体の性能が上がっている。


 建物が崩れ落ち、街の面影などない惨状で瓦礫を踏みしめて、二機はぶつかり合う。


 タオゼントリアが後方に飛んだのを確認し、アルフィルクは操縦桿を傾ける。ザフィーアはすっと距離を詰めると、タオゼントリアの肩を掴んで地面に押し倒した。槍を振り上げて、白翼のマントを展開させる。


 べちゃりと吐き出された粘液が白翼のマントを汚す。滴った汁が瓦礫に落ちてじゅっと溶けた。ザフィーアを後退させ、白翼のマントをはためかせて粘液を落としながら、アルフィルクは視界モニターに映っている情報を読み取る。


【溶解反応確認 シールド耐久値10%低下】


 あの粘液は物を溶かす。シールドで防いだとはいえ、直撃を受けたのが悪かったのか、耐久値が一気にもっていかれてしまった。


(近距離で攻めるのは危険……)


 訳も分からずパイロットとして搭乗しているアルフィルクは混乱していた。けれど、そんな頭でも必死に現状をどうするべきかを考える。小型モニターを操作し、何かできないかと。


 ザフィーアの装備の一つに拘束具があることを知る。これならば、アルフィルクは操縦桿を握って旋回させた。突進してくるタオゼントリアの動きに合わせて距離を取って見極める。


 右腕が外れた肩から火花を散らせながらも、タオゼントリアは戦う意思があるのか、ザフィーアの様子を窺いながら多脚を足踏みさせていた。


 両者、睨み合う。遠くの方で鳴るサイレンが耳に響くほどに二機は音を立てず、隙を見せない。暫くの間だ、ざっと足を踏みしめてタオゼントリアが先に動いた。


 多脚をこれでもかと走らせてその巨体を武器に突進する相手を、アルフィルクはぎゅっと操縦桿を握り締めて見つめる。迫りくる巨体が距離を詰める瞬間、その瞳は捉えた。


 操縦桿を切り返し、ザフィーアの左手首から複数の鎖を放った。それは真っ直ぐにタオゼントリアへと向かい、生き物のように動いて巻き付く。突然の攻撃にタオゼントリアは回避行動ができず、鎖によって拘束されてしまう。



『ヴゴゴゴゴゴゴゴ』



 唸り声を上げながらタオゼントリアは鎖を引き千切ろうと暴れるのを引っ張ることでザフィーアは抑える。


【拘束に成功 耐久値:85%】


 表示される鎖の耐久値に残された時間は少ない。アルフィルクは迷っている暇はないと、操縦桿を操作した。


 ザフィーアはアルフィルクの操縦によって軽やかになった身体で、鎖を思いっきり引っ張ると拘束されたタオゼントリアごと振り回す。ぐるんぐるんと振り回して、勢いよく地面に叩きつけた。


 軋む音を鳴らしてタオゼントリアの身体が破損する。アルフィルクは操縦する手を止めず、ザフィーアはまた鎖を引いてタオゼントリアごと振り回し、地面に叩きつける。げぽっと口から溶解液を吐き出し、悶える姿にアルフィルクは動く。


 ザフィーアはたっと地面を蹴って飛んだ。白翼のマントをはためかせて宙を舞い、手にした槍を構えて勢いよくタオゼントリアの首に突き刺す。槍先が咽喉を貫いて、腕を力に任せて引けば、頭部が引きちぎれた。


 血飛沫のように溶解液と火花を散らせて、タオゼントリアは倒れ伏す。動くことのなくなった身体からは液が滴っていた。視界モニターの端に【生命反応無し】と表示されているのを見て、相手の死に気付く。



「たお、した……」



 自分がこの機体を操作して、あのバケモノを倒したのか。生き物なのか、中に生命体がいるのか、分からないけれど、倒すことができたのだと、混乱している頭でやっと理解して、アルフィルクは操縦桿から手を離した。


 これは何だ、どういうことなのか。冷静になっていく頭の中でアルフィルクはどうして自分が搭乗しているのかが気になった。そうだと後ろに乗っている少女、確かポラリスと呼ばれていた彼女なら知っているのではないかと振り返ろうとして、機体が揺れる。


 遠距離から砲撃を受けたのか、ザフィーアがよろけたようだ。白翼のマントを盾にして軽傷で済んでいるが、耐久値が少しばかり削れてしまっていた。まだ、敵機が潜んでいる。アルフィルクは震えた、まだ助かっていないのだと知って。



「リーダー機は倒したの。他のアポストルスたちは撤退していっているわ」



 アルフィルクの心情を察したように後部座席から声がする。可憐で落ち着いた声音で、「残っているのは少ないわ」と視界モニターに情報を映した。


 ザフィーアには索敵機能が備わっているらしく、視界モニターには二機のアポストルスが潜んでいるのを捉えていた。まだ二機もいるとアルフィルクが動揺していれば、後部座席から「大丈夫」と声をかけられる。



「このアポストルスたちはリーダー機ではないから」


「化け物には変わんないだろうがっ!」



 そう、化け物だ。機械の生き物なのか、それとも内部に生命体がいて動かしているのかなんて知ったことではない。


 ただただ、街を破壊し、殺戮を繰り返す、化け物でしかないのだ。どうして、自分が戦わねばいけないのか、死ぬ思いをしなければならないのだと、アルフィルクは怒鳴る。


 胃の中はぐちゃぐちゃだ、怒りと恐怖で。吐き気がする、身体の震えは止まらない。アルフィルクはがんっと目の前の機器に拳を叩きつける。説明がほしい、けれど相手は待ってはくれなかった。


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