〈第17話〉『ハンバーグは涙の味』〈中編②〉
クロフォード学園―――学生食堂・一般喫食席
ここにまで来るまでエルザを強引に引き連れている様子は他生徒に、奇異の視線を向けられる。
A組の寮から学生食堂までの道すがら、途中まで抵抗していたエルザは静かになり、すれ違う生徒から奇異の視線を向けられていたと付いて来ていた3人から後に聞かされた。
「よし。まぁここまで来れば部屋まで一人で帰らんじゃろ」
エリノア達が厨房長にうちが言った事をちゃんと伝えてくれていた様で生徒が既定の20時を過ぎていても学生食堂はまだ開いていた。
夕飯の時間も大分過ぎている事から、もう食堂に生徒の姿はなく静まり返っていた。
うちはエルザを食堂の適当な一角の席へ座らせる。
「悪い。ここでちょっと待っちょってもらえるか?それとお前等2人は夕飯終わっちょるな?」
と、エルザを座らせ、ドーラとアメリアに夕飯が終わっているか聞き、2人が頷くのを確認しうちは厨房の方へ足を向ける。
一緒についてきたミリアはエルザと使用人2人を一瞥し、うちの後を追ってくる。
うちとミリアが厨房の方へと消えていく中、取り残されたエルザをドーラとアメリアは、エルザに付き添いここまで無理矢理連れてこられた事を心配しているが、手荒ではあったが部屋から出てきたエルザの顔を見て安心している様子でもあった。
クロフォード学園―――学生食堂・厨房
「すいません。厨房長ってどちらに居られますか?」
うちはカウンター越しの一番近くにいる床を清掃している白い料理士服を着た、商・技術科の料理士見習の男子生徒に声を掛ける。
「ん?あれ、まだ生徒が居たのか。えぇっと、トルーマンシェフなら奥で明日の仕込みしてるよ」
そう言って奥で寸胴を見ている長いコック帽をかぶった男性を指差す。
「申し訳ないんじゃけど、あぁっと、ですけど、呼んでもらってもえぇですか?それか厨房に入らせてもらっても大丈夫ですか?」
うちは無理を言ってこの時間まで食堂を開けてもらっていたことに心苦しい思いを感じつつ話しかけた料理士見習の男子に質問する。
「ん~……。あんまり汚い格好で入っては欲しくないけど、まぁ、今日はもう終わりだからいい......かな?あっちから入ってこれるから入ってきて」
料理士見習の男子はうちを厨房に入れてもいいかの判断をうちの修練終わりのままここまで来た身なりを観察し、厨房へ入れることを躊躇するが清掃に時間を掛ければいいかと判断し厨房に入ることを許可してくれる。
「あ、一応さ、そこ入ってすぐのロッカーに予備の料理士白衣があるからそれを着てもらえる?」
「これでえぇんですか?」
とすでにロッカーで白衣を手に持っていたうちは、手に掲げて料理士見習の男子に確認し、「それでいいよ」と頷く仕草を見て、修練着の上に料理仕様の白衣を修練服の上から着る。
予備の白衣は男性用に仕立ててあるためか、修練着の上から着るくらいがサイズ的にちょうど良かった。
うちの背後から付いて来ていたミリアも部屋着の上から白衣を着てうちに付いてくる。
「トルーマンシェフ!お忙しいところすいません。ちょっと今来た生徒がシェフに話がある様で......」
煮立つ寸胴を汗を浮かべながらスープの抽出をしているベックリー・トルーマンに料理人見習いの男子生徒が申し訳なさげに話しかける。
「ん?あぁ、剣術科のお嬢ちゃん2人が言ってた夕飯時に”遅れてくる子が居るから食堂をできる限り開けておいてくれ”ってのはお前等か?悪いが食堂は開けちゃいたが料理はもう全部下げちまったぜ」
ベックリーは料理士見習の男子生徒とそれに連れられていたうちとミリアに一瞬だけ視線を向け、すぐに寸胴鍋の方へ視線を戻す。
「お忙しい時間にすいませんでした。既定の時間を過ぎてまで食堂を開けていただいてありがとうございました」
うちはベックリーに遅い時間まで食堂を開けてくれていたことに深々と頭を下げ礼を言い、後ろについて来ていたミリアもうちに倣って頭を下げる。
「……。別に食堂を俺達の居なくなるまで開けていただけだ。明日の仕込みが終われば問答無用で食堂は締めていたよ」
ベックリーが寸胴から目を外さないままうちに答える。
「……それで?ここまで食堂を開けさせていた事には理由があるんだろ?それを聞かせろ」
ベックリーは寸胴に向けていた視線をうちへ向けてくる。
「今日の調理で残った食材で構いません。うちに厨房を貸してもらって料理をさせてください。お願いします」
うちは再度頭を下げたままベックリーに厨房を使わせてくれるよう懇願する。
「……。おい!ちょっとこいつの火加減を見ていろ!それからお前!今日の残りの食材を出してやれ!」
ベックリーは近くに居た料理士見習の生徒に寸胴の火加減を見ておくように指示を出しうちをベックリーまで案内してくれた生徒に今日残った食材を氷結魔法陣が刻印されている保冷庫から出すよう命令する。
ベックリーからの命令を受け、今日の調理で余った食材をうちの目の前の調理台に並べてくれる。
調理台に並べられた食材は。ブラックファーブルの肩肉、レッドピッグのウデ肉、肉は合わせて600gと言ったところだろうか。
その他に使いかけの野菜類が多数とグラスランドチキンの卵が数個、すでに硬くなりかけているパンが数個と明日には飲めなくなってしまうかもしれない瓶に入ったブラックカウの乳といった明日には廃棄されそうな食材が並んでいた。
特に生鮮物の肉と野菜、卵などは貴族も通う学園では、いくら氷結魔法の魔方陣を施されている保冷庫に保管した物でも翌日の料理には使えないのだろう。
「……、ん~、ふむふむ」
「明日の朝には廃棄する食材もある。この食材で何か作れるのか?」
並べられた食材を前に、腕組みをしてレシピを組み立てているうちに、ベックリーが試すような一言を掛けてくる。
「ありがとうございます。これだけあれば十分なものが作れます」
うちは残りの食材を目の前にし、ここまでの食材を残してくれたいたベックリーに笑顔で礼の言葉を述べる。
ベックリーはうちの予想外の反応見て、翌日には”残飯”として廃棄される食材を前に、笑顔で礼を言ううちに驚きの表情を浮かべと同時にこの食材をどういった料理に変えるのか興味が湧いていた。
「ティファ。私も何か手伝う?」
うちの後ろで今までの様子を見ていたミリアが声をかけてくる。
「ん?ん~そうじゃのぅ。あ、ちょっとこの手の傷に
うちは調理を始める前にエルザに引っ掻かれた傷を思い出し、ミリアに引っ掻き傷のある右手を見せる。
傷だらけの右手を見た瞬間、数本の赤い血の筋が走っている右手を見たミリアは「どうしたのこれ!大丈夫なの!?」と声をかけてきた。
「多少痛むが血が止まらんくてな。傷口を塞ぐ程度でもえぇんじゃが......できるか?」
「あぁ、私”癒し系”の魔法って使った事ないからうまくいかないかもだけどいい?」
ミリアは完全には治癒できなくても大丈夫かとうちに確認し、うちは「構わない」と首を縦に振り手に刻まれたエルザの引っ掻き傷の治療を任せる。
ミリアはうちの右手を手に取り、手を傷口に手を翳し、目を閉じて魔力を集中する。
するとミリアから発せられる魔力がうちの右手を暖かい光が包み込む。
「ごめんね。このくらいしか治せないけど……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるミリアに、うちは「十分十分!ありがとな!」と礼を述べ、調理前に流水で手指を念入りに洗浄する。
ミリアに治療された手を洗浄した後、眼前に並べられた食材を前に腕を組みして順番に目配せし、この食材で何が作れるか顎に手を添え頭を回転させる。
「他に私にできる事ある?」
と、ミリアがうちに聞いてくる。
「それじゃそこにある卸し金でパンと玉葱と一欠けらのニンニクを摩り下ろしてくれるか?あ、出来れば摩り下ろした玉葱・ニンニクとパンは別にしちょいてくれ」
うちはミリアの気遣いに頼るように、中途半端に残っていた玉葱と硬くなりかけているパンを卸し金で細かくするるよう指示し、それが終わったら小鍋に湯を張ってトマトの湯剥きをお願いする。
ミリアが玉葱とパンを細かく摩り下ろしている間、ミリアが摩り下ろしている物とは別の玉葱をみじん切りに細かく切り、油をひいたフライパンに入れ飴色になるまで炒める。
玉葱を炒めている合間にブラックホーンブルの肩肉とレッドピッグのウデ肉を包丁を使って細かいミンチ状にする。
様子を見ながら玉葱をみじん切りにしフライパンで飴色になるまで炒める。
ミンチ状にしたブラックファーブルの肩肉と、レッドピッグのウデ肉をボウルに入れ、飴色に炒まった玉葱を火から降ろししばらく放置して粗熱を取る。
その間にミリアが摩り下ろしてくれた玉葱・ニンニクとグラスランドチキンの卵を割り入れ、ミンチ肉を捏ね合わせていく。
(ふんふん。これは胡椒か?胡椒も欲しいがクミンに似た香辛料が欲しいのぅ……)
食材をある程度煉り合せた時点でうちは周辺にある小瓶の蓋を開け匂いを頼りに必要な香辛料を選別する。
前の世界で母の料理を手伝っていたころのことを思い出しながら、ハンバーグに適した香辛料を嗅ぎ分け、香辛料の小瓶を調理台に並べ見た目で判断の付かない砂糖と塩を味見をする。
揃えた香辛料と調味料を目分量でボウルの中の材料と混ぜ合わせる。
(う~ん……。やっぱりこれ600g以上はある......か?)
粗熱の取れた玉葱をボウルに入れさらに練り込み、用意した調味料と香辛料を捏ね合わせながらボウルの中の分量を目視で確認する。
ボウル内の食材を捏ねながら、その分量食材を合わせた分量が4~6人分くらいありそうなことに気付く。
「ふむふむ……、随分と調理の手際が良いじゃないか」
厨房長に褒められたことで「へへっ」と嬉しくなり自然と笑みが零れる。
「ちなみに、この料理には名前があるのか?」
ベックリーがうちのてもとから目を離さずそう質問してくる。
「え?えぇっと......は、ハンブルグ?あ、ハンバーグです!」
と、転生前の世界でのハンバーグの名称をどう説明すべきか言い淀み、結局転生前で親しみのあった料理名を答える。
だが、次の瞬間あることが頭をよぎる。
(あれ?エルザに美味いもん食べさせてやりたくてハンバーグを作っちょるけど……、これって今の時代で作ってもえぇものなんか......?)
と、うちの転生前の中世の史歴の食文化が思い浮かび、(このままこの料理を作ってえぇんか?)と疑問が浮かび肉を捏ねる手が止まる。
(う~ん、でもここは異世界で、うちが元
一瞬頭をよぎった疑問に対し、うちはこの異世界に転生前の世界の料理を再現する事に若干の躊躇と葛藤を覚えた。
だが、「美味しい料理でエルザの元気を取り戻したい」という想いが勝り、ご都合主義と思いつつも、止めていた調理の手を再び動かす。
調味料・香辛料すべてを練り合わせた肉だねを6等分し、その1つづつを表面を成型しながら右手から左手、左手から右手へと手と手の間で軽く叩きつけながら数往復させ肉だねの中にある空気を抜いていき、成型した肉だねをバットに並べる。
中世ヨーロッパで使われていた香辛料に色々と悩みながらもバットには計6つに分割された楕円形の肉の塊が並ぶ。
正直使われている香辛料の微妙な違いにここまで再現して作るのに苦労した。
うちは熱された鉄板に楕円に成型した肉だねを6つ並べ焼いていく。
”ジュ~”という肉の焼ける小気味いい音と共に、肉だねに混ぜ込んだ香辛料の香ばしく食欲を誘うような匂いが厨房に充満し、厨房の終了作業をしていた者達全員の視線がうちの調理している物に目を取られ、うちの周りに自然と集まってくる。
厨房に立ち込める香ばしい匂いに、「美味そ~」、「これって今日の賄?」
「4つ余りますから、ソースを掛けたら出来上がりなんで、もしよかったら試食でどうぞ」
うちは焼きあがったハンバーグを用意されているエルザとうちに用意された皿とは別に用意された大皿にそれぞれ焼きあがったハンバーグを取り上げる。
肉汁の残ったフライパンに赤ワインをベースに調味料を加えソースを作り始める。
「ティファ、トマトの湯剥きできたよ~」
ハンバーグが焼きあがったタイミングでミリアに頼んでいたトマトの湯剥きが完了した様だ。
ミリアにトマトの湯剥きを頼んだのには、調味料として厨房に”ケチャップ”がなかったため、うちは皮を湯剥きしたトマトをケチャップの代用としてソースに使用しようと考えた。
うちは「サンキュー!」と一言礼を言い、煮詰めている赤ワインに湯剥きされたトマトを加え木べらで赤ワインと混ぜながらペースト状にほぐしていく。
(う~ん、これは
うちは調味料が並べられている棚を箸から順に見て行く。
(ん?このボトルって……?)
調味料の棚を端から順にみていると黒い液体の入ったボトルがうちの目に留まり、それを手に取る。
(ふんふん。お、これはウスターソースか、これなら使えるな)
ボトルの蓋を取り、中身の液体の匂いを嗅いでみるとウスターソースだった。
ウスターソースをフライパンのソースに加え煮詰めてある程度水気を飛ばす。
水分が飛びトロみが付いてきたソースを小いスプーンで掬い一口味見をする。
うちは味見したソースにうんうんと2回頷き、いい出来だと満足し、それを取り分けられた皿に移したハンバーグに完成したソースをかける。
「できた!」
大皿のハンバーグはソースをかけて完成させ、うちとエルザの皿には副菜のポテト、ニンジンをソテーしたものとコーンを皿の隅に添えて完成。
「わぁ~!美味しそう!!」
ずっとうちの傍で料理を手伝ってくれていたミリアが出来上がったハンバーグの皿を見て目をキラキラさせる。
「……。そのソース、味を見させてもらっても?」
ミリア同様、調理を始めたうちをずっと観察していたベックリーがハンバーグにかけたソースの味見を申し出てくる。
うちはそれを聞いて「どうぞ」と返す。
うちの返事を聞いて、ベックリーがスプーンに手に取り盛り付けられ皿のソースではなく、フライパンに残ったソースへ手を向ける。
ベックリーが皿のソースに手を着けないのは、完成した料理の皿の盛り付けを気にしてのものなのだろう。
「シェフ、残り物のパンですが……」
味見をしようとしていたベックリーに1人の生徒がパンを一つ渡す。
この生徒がベックリーにパンを渡した理由は、うちが作ったソースをパンに染み込ませパンとソースの親和性を試す意図があった。
その生徒の意図を汲み取ったベックリーは、「あぁ、すまんな」と返事をし、持っていたスプーンを置き生徒からパンを受け取る。
ベックリーはパンを一口大に千切り、フライパンのソースをパンに吸わせ口に運ぶ。
「……。ふむ」
ベックリーは口に入れたソースを染み込ませたパンの味を目を瞑り腕組みをしてパンとソースの組み合わせの相性を確かめるように噛み締め、パンをもう1千切りしソースに浸し2口目のパンを噛み締める。
「……おい!お前、今すぐ新しいパンを焼け!」
味見を終えたベックリーが、集まってきていた調理師見習の生徒1人にベックリーが指示を飛ばす。
「い、今からですか!?でも、オーブンの火はさっき落としたばかりなんですけど……。そ、それにパンは明日の朝食分を発酵している最中ですよ!?それを焼くと明日の朝の分が少なく……」
「うるせぇバカ野郎!オーブンはまた火入れて焼きゃいいだろうが!ごちゃごちゃ言ってる間にとっと新しいパンを焼け!ここに居る全員分でな!!焼いた分の生地はあとで俺が仕込む!」
新しいパンを焼くように指示された生徒は、オーブンの火を落とした事と明日の分のパンが足りなくなると反論をしたが、ベックリーの怒号と圧に負け「はい!」と返事を返しオーブンを再加熱しパンを焼き始める。
だが、反論した生徒に比べ、周りの生徒の反応は「今日は、賄で焼き立てのパンが食べられる!!」と、普段は固い残り物のパンしか賄いで食べられない生徒達は、ベックリーの「全員分の」と言う指示に沸き立つ。
「あ、あの、いいんですか?新しいパンを焼いて......。うち等は残り物のパンでいいですよ?」
料理を作り終えたうちはベックリーと生徒達のやり取りで、「新しいパンを今から焼く」と聞き、恐縮気味にベックリーに物申す。
「構わない。このハンバーグという料理とこのソースには焼き立てのパンが必要だよ。それに、周りの奴らの反応見て分かるだろ?たまには生徒の残り物じゃなくて焼き立てのパンも食べさせてやらんとな」
うちはベックリーの返答にパンを焼きに行った生徒には申し訳思ったが、「そう言う事なら......」と納得し焼き立てのパンをいただくことにした。
「こっちの大皿のハンバーグが残るんですけど、すいません、人数分がないので切り分けて味を見てもらえたらと思います」
うちとエルザの分の皿を持ったうちに「パンは焼けたら持って行かせる」と声を掛けられ、「ありがとうございます」とベックリーと厨房の生徒へ頭を下げ、うちは大皿だけ厨房に残し自分の分とエルザの分の皿を持ち、エルザ達の待つテーブルへと戻る。
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