〈第12話〉『クロフォード家からの追放』〈後編〉

 クロフォード公爵邸―――8年前 エルザ7歳


 この年、クロフォード家では、7歳を迎えた私の魔力測定の義が邸内で行われたいた。

 私は王家から派遣された神官から【測定の腕輪】メジャーメント・バングルを腕に付けられ、強制的に宝珠に灯った光の度合いを見極められていた。

 だが、この時の私は【測定の腕輪】に光を灯せない”色無し”という魔力を持っていない子という判定を受けた。

 厳密にいえば、”色無し”と言う判定をされても、【測定の腕輪】の宝珠が反応するほどの魔力がないだけで魔力が全くの”0”という訳ではない。

 幼い私は周りの反応への理解が追い付かず、父様、母様の表情を交互に見る。

 父様は私に見切りをつけた表情をし、母様は泣きながら私を抱きしめる。

 この時の私は父様の態度、母様の泣いている理由が分からなかった。

 母様は泣きながら「大丈夫......。大丈夫よ!」と言うだけで、この日から父様は私と会話をしてくれなくなった。

 その態度はまるで実の親子ではないと言うくらいに冷めたものだった......。

 そういった態度になったのは、クロフォード家にとって”結果が全て”と言う教えがあったからだ。

 つまり、公爵家の令嬢でありながら【測定の腕輪】に光を灯せない”色無し”という”結果”を残した私はクロフォード家のお荷物というレッテルを張られたという訳だ。

 だが、この時は私の年齢が幼いという理由で公爵家からの追放はなかった。

 そして、私は”色無し”とされた自分の汚名を返上するべく、クロフォード家にある魔法関連の書籍を読み漁り、そこに記載されている魔力を向上させる術を独学で学び、雨の日も嵐の日も構わず鍛錬を続け、文字通り血の滲む鍛錬の結果、2年後には【測定の腕輪】を最高位の”赤色”へとすることができた。

 【測定の腕輪】を”色無し”から”赤色”へと昇華させたことで、クロフォード家内の私に対する周りの評価が変わった。

 今まで私の事を下に見ていた臣下の「さすがは公爵家の令嬢!」「私はエルザ様の才能はわかっていた!」などの見え透いたお世辞、態度の変化にはほとほと愛想が尽きたのを覚えている。

 だが、そう言った周りの評価の変わり様に、いつしか私は自尊心が大きくなってしまっていた。

 自身の経歴を忘れ学園入学時に”色無し”判定されたシンシアを過去の惨めな自分自身に重ねることもなく、過去の自分の事を忘れ今の自分の地位を誇示するかのようにシンシアを見下し、私は差別といじめを行っていた……。



 王立クロフォード学園―――修練場 早朝


 この日もうちはいつも通りの走り込みを行っていた。

 そして、ラストスパートで脚力を身体強化魔法で強化する。

 最近は無意識で魔力循環もできるようになってきており、学園入学当初よりスムーズに魔力を集中したい部位へイメージで動かし【紫電】【韋駄天】が使えるようになっていた。

 バチバチッと雷属性特有の魔力が脚を覆い目標としている植え木まで高速移動をする。


 (よし、よし!明日からラストスパートでの身体強化じゃなくて始めから常時使用して走ってみるか)

 うちは少しずつでも身体強化で疾走距離が伸びていることに、うんうんと頷き満足しながら明日からの自主練の内容を変えてみることにする。


 ドォンッ!!


 自分自身の成長に浸っていると、今日も魔術科の修練所から爆発音が聞こえてくる。


 「……」

 (今日も来ちょるんか......)

 そう思いながら、立てかけていた2本の木剣を回収し、息を整えながら魔術科の修練所へ足を向ける。

 魔術科修練所の扉を静かに開けると、先日同様1人で修練に打ち込んでいるエルザの姿があった。

 うちは2本の木剣を傍らに立てかけ、腕組みをして静かにエルザの修練を見つめる。


 「ハァ……、ハァ……ッ……フゥ~……」

 自身の魔力持続力の限界を見極め始めているのか、エルザは【炎球】ファイアー・ボールの連弾を撃ち終わった後に余裕が見られた。

 そこから呼吸を整え、周囲に次の魔力の光球を発生させ、その光球に炎属性をイメージし再び【炎球】を創造クリエイトしその連弾を修練用のゴゥレムへ向け放ち始める。


 (ふぁ~……エルザの修練を見続けるだけじゃ退屈じゃのぅ......)

 息を殺しながら欠伸をし、エルザの修練を見ているだけでは退屈過ぎたうちは、木剣を一本手に持ち傍らで素振りを始める。


 「ハァ……、ハァ……」

 エルザは膝に手を着き乱れた息を整える。

 息を整えている際、後方からフッフッと一定のリズムでの呼吸音が聞こえてくることに気付く。

 呼吸音の聞こえる方へエルザが顔を向けると素振りをしているうちの姿があった。


 「……」

 「フッ......、フッ......」

 エルザは修練の手を止め後方にいるうちを睨みつける。


 「……アナタ、何してるの?」

 修練の邪魔をされていると思ったエルザは険しい表情をうちへ向けてくる。


 「ん?......フッ......お前の......フッ......修練を......フッ......見ちょるだけじゃ......フッ......退屈じゃったから……フッ......素振りをやっちょるだけじゃ......」

 うちは素振りの手を止めずにエルザの質問に答える。


 「そんなことどうでもいいわよ!どうしてわざわざここで素振りしてるのよ!」

 自分の存在を無理矢理に認知させるように素振りをしているうちに、エルザの怒りが爆発する。


 「別にえぇじゃないか。うちも一人で素振りするの寂しいし、お前は何が気に入らんのじゃ?」

 うちは素振りの手を止めエルザにそう答える。


 「気に入るとかそう言う事じゃあない!アナタが居ると思うと私の気が散るのよ!」

 エルザがうちの返答を聞いてもの凄い剣幕で怒鳴ってくる。


 「えぇ~。ここで素振りしちゃダメか?」

 「アナタ剣術科でしょ!ダメに決まってるでしょ!」

 エルザはそう言ってうちの背中を押しながら、魔術科の修練所から無理矢理うちを追い出す。

 うちを追い出した後、暫くして爆発音が聞こえてくる。

 うちが居なくなったことで集中力を取り戻し、修練を再開している様だ。

 魔術科の修練所から締め出されたうちは、仕方なく1人で日課の素振りをする。


⚔⚔


 王立クロフォード学園―――学生食堂


 自主練から戻り、修練服ではなく制服に着替え身支度を整える。

 今日は2,3年が修練所を使うため、1年のうち達は一日中座学だ。

 同室のエリノアとヴィオラと共に食堂に訪れた。


 「おはよ~!」

 「お、おはようございます......」

 3人で朝食を摂っていると、ミリアとシンシアが、うち達の座っている席へ朝食を乗せたトレーを持ち近寄ってくる。

 うちとエリノアはミリアとシンシアに挨拶を返すが、ヴィオラは未だに寝ぼけており朝食を食べながら舟を漕いでいる。

 2人も制服姿であることから、魔術科も座学がある様だ。

 うち達は朝食を食べながら世間話をする。


 「あ、そう言えば昨日はびっくりしたよ……。ねぇシンシア」

 「え......。あぁ、そ、そうですね」

 ミリアがそう話しを切り出すと、早く話したそうにするミリアとは対照的に、シンシアが表情を曇らせる。


 「びっくりって何に?」

 うちとエリノアは顔を見合わせ、話の内容が気になりミリアの顔を見る。


 「あ、話さない方が良い......かな?」

 ミリアがシンシアの表情を曇らせたことで、うち達に話してよいか躊躇う。


 「え、えっと......、え、エルザ様の名誉を考えると、あ、あまり言いふらすのは......」

 シンシアの口からエルザの名前が出た瞬間、うちはエルザ関連でまた何かあったのかと眉根を潜める。


 「でもさ、決闘デュエルに勝ったティファは知っててもいい事じゃない?」

 「そ、そうかもしれません……が」

 シンシアが言い淀みながら、うちの事を気にして表情をチラッと確認してくる。


 「まぁ、言いにくい事なら別に言わんでもえぇよ。またエルザに絡まれちょるんじゃったらうちに行ってこい」

 うちは正直な所、【決闘】後エルザがシンシアへの態度を改めてくれているのか、気にはなっていたが無理矢理聞き出そうとせずに、気になってない様な態度をとるようにパンを一口分にちぎり口へ運ぶ。

 そんなうちを見たミリアとシンシアは顔を見合わせ、シンシアが小さく頷く。


 「絡まれってはないんだけど……。お嬢様、ちゃんと【決闘】の条件守ってくれて、シンシアに頭を下げたよ」

 うちはそれを聞いて「……そっか」とエルザが約束を守ってくれたことに安堵する。


 「で、でも......、そ、それが原因で、え、エルザ様に対する周りの態度が、か、かわってしまった……ようで......」

 「態度?」

 うちは横で一緒に話しを聞いていたエリノアと小首を傾げる。


 「ん~……、無視、とまではいかないんだけど、あからさまに態度が冷たくなってるって言うか……」

 「そ、そうか......」

 【決闘】でうちが勝利する事によって、もしかしたらエルザの立場がこうなってしまうのではないかという懸念があり、申し訳ないような表情をしてしまう。

 「でもさ、【決闘】を申し込んできたのは向こうだし、そうなった状況ってお嬢様の自業自得でしょ」

 うちの表情を読み取ったのか、エリノアが今のエルザの立場は自業自得だと、【決闘】後からエルザの心配をしているうちのフォローをしてくれる。

 それを聞いたミリアとシンシアはお互い困ったような表情で顔を見合わせる。

 この日の朝食は、少々暗い感じで解散になり、お互いの授業棟へと向かって行く。


⚔⚔


 王立クロフォード学園―――1年一般授業棟


 エルザは早朝の自主練を終え、同室の使用人ドーラとアメリアに悟られぬよう、静かにシャワーで汗を洗い流しその後全身をバスタオルで拭い、先日同様何事もなかったように何食わぬ顔で鏡台の前で髪を整え身支度をし、食堂で朝食を摂り授業棟へ向かう。


 「エルザ」

 講義が行われる部屋へ入る前に、エルザは圧人物から呼び止められる。

 そこには3年生である兄、クラウスの姿があった。


 「お、お兄様......、何のご、御用でしょうか?」

 学園内で普段顔を合わせることのない兄の姿を視認したエルザは委縮してしまう。

 クラウスと顔を合わせた場所が、1年授業棟の入り口であることから、思いの外他生徒の注目を集めてしまう。


 「エルザ。お前をクロフォード家及び学園から追放する」

 クラウスの口からエルザへ『クロフォード家からの追放』及び学園からの追放という冷酷な通告がされる。


 「え......?」

 兄の口か”追放”と言う言葉を聞く事になるなど思ってもいなかったエルザは、一瞬思考が追い付かなくなり、クラウスへ聞き直す。


 「聞こえなかったのか?お前をエルザ・クロフォードを公爵家から、加えてこの学園から追放する事に決定した」

 クラウスはエルザに対して無慈悲な通告を再度伝える。

 周りでその現場に立ち会い、その通告を聞いていた他生徒はそれを聞いてザワザワとする。


 「な、......何で、ですか......?」

 エルザは顔を俯かせ震える声を絞り出しクラウスへ質問する。


 「何で?お前は平民の剣士との【決闘】に負けただけでなく、先日【決闘】に敗北した際の条件として平民へ頭を下げたらしいな?」

 エルザが負けた際の条件を守るべく、平民のシンシアへ頭を下げたと言う噂はクラウスの耳に届いていた。


 「っそ、それは【決闘】に負けた時の条件だったから……!」

 エルザはクラウスへ反論しようと俯いていた顔を上げる。


 「そもそも、お前が負けていなければ、そんな醜態を、家名を汚すようなことはなかったのだ」

 エルザは返す言葉が無くなり、再び俯いてしまう。


 「……あと、お前は気付いていないようだが、この度のお前の敗北は絶対有利である魔術師の立ち位置を揺るがすものになったんだよ」

 クラウスが続けてエルザを批判する。


 「そんな......つもりは。私は......、私は……」

 エルザは思考が追い付かなくなり、今まで自身のしてきた努力が無意味で打ち砕かれた思考になってしまう。


 「……。お前の”過去”の努力は俺も認めている。お前が受けるならば、俺はお前に 【決闘】を申し込む」

 「で【決闘】……?お、お兄様......と?」

 エルザはその申し入れに俯いていた顔を上げる。


 「そうだ。【決闘】は10日後だ。この【決闘】を受けなければ3日後に追放、受ければ10日間期間が延びる......。お前はどちらを選ぶ?」

 クラウスはこの提案のどちらを選ぶかをエルザに委ねる。


 「う……、受けます......」

 エルザは悩みながら震える声で、クラウスの【決闘】申し込みを受ける事にした。

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