第20話 再会


「フェデリカ……どうしてここに……」

 さまよいがちになる視線を、それでもフェデリカに向けて、私は問いかけた。

 フェデリカは豪奢な赤い髪を揺らして微笑む。

「どうして、というのが理由を聞いているのなら、リナちゃんに話を聞いたからよ。どうやって、というのなら天馬で来たし、ここがどうしてわかったかという意味なら……そうね、リナちゃんの話によるとあなたは勘違いしていたようだけれど、わたしがオスロンに来たのは昨日じゃないわ。もう5日も前から滞在してるの。もちろん、あなたの話も聞いていたし、“魔法屋のベルちゃん”の周囲にいる2人の稀人のことも調べたわ。だからその2人の自宅や拠点のことくらいすぐにわかるのよ」

 うぐっと変な声が出た。


 昨夜、私が収穫祭の街中でフェデリカを見かけた時には、彼女はもう私のことはもちろん、セロやアロイのことも調べていたのだ。そうでなくとも、私たちは、私の――ベルナールの体を探すために、冒険者ギルドに話を通している。


「情報も集めたし、そろそろ本人に話を聞いてみようと思ってお店に行ってみたら、休業の張り紙がしてあるじゃない。それじゃあと思って、アロイさんのお宅に伺ってみたのよ。そうしたらベルっていう女の子と一緒に出かけたって聞いて。本当は、街で待っていてもよかったの。ただ、アロイさんのお宅であなたの魔力を感じたものだから。……お部屋、1階なのね。助かっちゃった」

 フェデリカはそう言って、アロイに微笑みかける。

 まあね、とアロイは肩をすくめた。

「僕は回復術師として冒険者登録をしているから、緊急で呼び出されることもある。夜中に両親を起こさずに済むようにね」


「なぁ、ところで」

 そう口を挟んだのはセロだ。部屋の中央に立って腕を組み、足もとにいる私と壁際のモモ、入り口付近にいるフェデリカとリナ、アロイをぐるりと見回す。

「この家はそう広くねぇんだ。どうせ込み入った話になるんだろ。明るいうちにベルの家に移動しようぜ。……そんなツラするな、ベル。別に見捨てるわけじゃねえよ。ここまで関わったんだから、最後まで付き合うのはかまわねえが、こんな山ん中の小屋で夜を迎えたって狭っ苦しいだろって話だ」


 私はどんな顔をしていただろうか。もともとリナの体は表情豊かだ。セロとアロイは、私を甘やかしているわけではないが――いや、甘やかしているかもしれないが――、今までずっと力になってくれていた。フェデリカと話す時もそばにいてほしいと思ったのが、顔に出ていたのかもしれない。

 ちらりとアロイのほうを見ると、アロイも頷いていた。

「セロの案に賛成だね。ここよりはベルの家のほうが広いし……街の中にいるほうが、食事にしろ何にしろ融通が利く」


 じゃあ、そうしようかと、あらためてフェデリカに提案しようとした時、部屋の隅に逃げていたはずのモモが四つん這いでこちらに近づいてきた。そしてそのまま、私の隣を通り過ぎ、フェデリカの足もとにいるリナのところまで行く。

「あぅん……?」

 モモがリナの体に鼻を近づけ、小さく声を上げた。

「え、な、なに?」

 リナが慌てたように体を引く。

 私は、はっとした。リナが犬の姿で、モモがベルナールの姿というのがややこしいが、これは主従の再会なのだ。

「リナ、それは……その、体のほうは私の元の体なんだけど……」

「モモ……?」

 私のつたない説明など必要なかったようで、リナが小さく、モモの名を呼んだ。

 モモもそれに応えるように、スンスンと鼻を鳴らしながらリナの毛に顔を埋める。

「モモ! モモ……っ! よかった! 会いたかった! 会いたかった、会いたかった! うぁーん! モモ!!」


 互いに手がかりなんてなかっただろう。声も体も違う。リナは魔法の首輪を通して、女の子の声で話しているが、それは魂の色のようなものを魔法で変換しているだけで、元の声とは違う。むしろ、元のリナと同じ声を出しているのは私だ。だからモモは私にすり寄ってきたし、撫でられて喜んだ。

 けれど今、モモは私の横を素通りした。本当の主人を見つけたとばかりに、リナに向かってまっすぐに歩いていった。リナも、見も知らぬ男の体が鼻を鳴らす仕草ひとつで、モモだと気がついた。まるでお互いに、魂が見えているみたいだ。


「……場所を移動するのはかまわないわ。山の夜は冷えるしね。ただベルナール、ひとつだけ」

 互いに体を擦り付け合うリナとモモを見下ろして、フェデリカが言った。

「な、なに……?」

「わたしに助力を請いなさい。複雑な感情があるのは知ってるわ。それはお互い様だもの。でも、居ても立ってもいられずに“アネイラの魔女”にすがってきた女の子の気持ちを無駄にしないで」

「……リナのこと?」

 私が首をかしげると、リナが少し震える声で謝った。

「ご、ごめ、ごめんなさい……あたし、なんだかあせっちゃって!」

「いや、違うんだ、リナ。責めてるわけじゃないよ、謝らなくていい」

「ベルさんとアロイさんが昨夜、フェデリカさんのことを、この事態をいちばんどうにかできる人だって話していたから……だって、早く……早く、なんとかしないと……」

 リナの声がまた震える。使い魔の体では涙は出ないが、鼻先を上げて、はくはくと空気を吸うように口を動かす。

 これは……泣きじゃくっているんだろうか。


「リナ、どうしたの? こちらに来る寸前のことを思い出したとか?」

 昨夜、1人で過ごして何かを思いだしたのかと思って聞いてみる。

「ちが、ちがうの……。でも、だって早くしないと……昨日の夜、ベルさんもアロイさんも魔獣を倒しに行ったんだって、アロイさんのお母さんが言ってたから……ベルさんが死んじゃったらどうしようって、あたし……」

 リナが話す内容は乱れているものの、意味はわからなくもない。

「魔獣って聞いて怖くなっちゃったんだね、大丈夫だよ、リナ。私はそんなに早く死ぬつもりはないから」

 慰めた。

 はずだった。

「死んじゃうじゃない! つもりがなくても死んじゃうでしょ!?」

 そんな反論を受けるとは思ってもみなかった。


 そして、そんなリナの言葉に同意したのはセロとアロイだった。

「俺も死ぬつもりはなかったぜ?」

「僕は、まぁ事故よりは自分の死を受け入れていたけどね。それでも、あんなに早く死んじゃう予定はなかったよ」

 その気軽な口調とは裏腹に、2人の言葉には重みがあった。


 私は、話の通じる同世代の大人として2人を見ていた。もちろんそれはそうだ。魂の実年齢にすれば、2人は私よりも年上のはずで、そういう意味で話が通じるのは当たり前だ。ただ、それだけではなかったことを、思い知らされた。

「君たちは……」

「そうだよ! セロさんだって、アロイさんだって死んじゃってここに来たんでしょ!? あたしだって気がついたらこの世界にいたもん!」

 リナに遮られた言葉は、何を言うつもりだったのかもわからない。


「そうか……いや、そうだね。その通りだ」

 私はそうとしか言えなかった。

 たとえば老人になっていたとしても、いつ死ぬのかなんて誰にもわからない。若いから死なないなんてこともない。病気や事故もあるし、都市部では少ないが魔獣の襲撃だってある。


 リナの後ろにいたアロイが、しゃがみこんでリナの頭を優しく撫でる。

「ごめんね、リナ。僕らは君の気持ちをもっと考えるべきだった。ベル、生き急げというわけではないけれど、今、目の前にある好機を逃してはいけないんじゃないかな」

「うん。――フェデリカ」

 私は顔を上げて、フェデリカの目をまっすぐに見た。

「なぁに?」

「私を……私たちを助けてほしい。事情は全て話す。報酬も、私にできる限りのことをする。私とリナとモモを……あるべき魂をあるべきところに戻してほしい。君にならできるんだろう?」

「そうね。頼み方としては60点くらいだけれど……あなたの今の見た目が可愛らしいからプラス40点よ」


 フェデリカが腕を組んで、片目をつぶってみせる。豊かな胸がブラウス越しにも強調されるようで、少しだけ目のやり場に困った。

 そんな私の心持ちを知ってか知らずか、フェデリカが続ける。

「リナちゃんの話を聞いた時点で、わたしはリナちゃんを助けたいと思ったわ。でもあなたが、流されるままではなくて、あなた自身の言葉でわたしに頼むことが大事だと思ったの。ただ、絶対に解決できるとは言えないわ。まだ詳しい話を聞いていないもの。でも、あなたが言ったとおり、これをどうにかできるのは、多分、わたしくらいね。だから精一杯やらせてもらうわ。なにせ、あなたがわたしに本気で頼み事をするなんて初めてだもの」


 セロがパン、とひとつ手を鳴らす。

「話がひと区切りついたんなら移動するぞ。……まぁ、今ので、どうしてベルナールが彼女と別れることになったのか、わかった気もするが」

 へぅゎっ!!??

 な、なな、なんで!? いや、私たちが別れたのは、フェデリカが禁忌の研究をやめなかったからであって、そういう問題じゃないわけで!

 キョロキョロしている私を置き去りに、荷物を運んだセロとアロイは、モモを誰がどうやって天馬に相乗りさせるかについて話し合っている。

 フェデリカはクスクスと笑ってこちらを見ていた。



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