呪われた血

 喉を鳴らしながら、ヴォルフは消失栄華ロスト・タブレットを飲み込んだ。

 拝殿に灯る明かりを背に受け、ヴォルフは顔をゆっくりと、荒々しい歓喜の表情をこちらに向ける。


「これで! 私は、私はッ! この呪われた血を浄化したッ! アッハッハッハ!」

「…………?」


 明智達は、なぜヴォルフが狂ったように喜んでいるのか分からない。それはアルシェも同様のようだった。


「喜んでるところ悪いんだけど、何がそんなに嬉しいんだよ」


 明智が探るように尋ねる。

 ヴォルフは喉奥をクックックと鳴らしながら、晴れやかな表情で質問者を見下ろした。


「遂に我が願望が叶ったのだよ。今宵は素晴らしい日だ。ロスト・タブレットによって、この穢れを祓ったのだからな。君もよくやってくれたよ、オリヴィア君」

「こ、これで、私に用はありません、よ、ね……」


 恐る恐るオリヴィアが教師を見上げる。教師と生徒のはずなのに、目に映る二人の関係はそれには遠く似つかない。まるで主従。


「……だな、行け」


 予想外にもあっさり、ヴォルフはオリヴィアを手放した。オリヴィアも予想外だったのか、すぐには離れず、ヴォルフの顔色を窺いながら板材の上を這い、拝殿の出入り口に半身を外に出すと、素早く立ち上がりアルシェの方へ走り出した。


「クリスッ!!」

「オリヴィア! 無事だったんだな! 良かった……」


 魔法少女達は抱き合い、ようやく再会出来たことに二人とも涙していた。

 アルシェは一回り小さいオリヴィアの頭を撫で、胸に寄せる。涙を流しているが、表情は穏やかで、とても幸せそう。

 アルシェは、やっと長い旅路を歩ききった。迷子だった魔法少女は、ようやく日の出を拝むことが出来た。

 明智は二人の様子に、込み上げる暖かいものを胸に感じて、アルシェの背中を優しい目で見届けた。


「あっ、クリス、大変なの!」


 アルシェの胸から顔を離したオリヴィアが見上げて、落ち着きなく話す。

 落ち着くようアルシェが声をかけるが、オリヴィアは制止も聞かずに必死に話し続ける。


「ヴォルフ先生にずっと、薬を創り出すよう言われてたの。この場所で創るからこそ意味があるんだって、だから私、土と種を使って、薬を念じながら魔法をかけたの!」

「落ち着け。もう終わったんだ。なににあんな喜んでいるか分からないが、後はアタシと、アタシの恩人達に任せてくれ」

「違うの! ヴォルフ先生が薬を何故求めてたのか、私分かったの!」

「なに?」


 アルシェ達は静かになって、切実に叫ぶオリヴィアの言葉に耳を傾けた。

 蒼い瞳から流れる涙が振りこぼれ、月光に照らされキラキラと輝く。アルシェの服を掴んで、柔和な顔に硬い緊張感を走らせ訴え続ける。


「『血』なのよ。クリス、先生は『血』にこだわってるの」

「さっきから血を浄化したとか言ってるが……」

「クリス、思い出して! 私の、ガードナー家の家系魔法を伝えた時、家系魔法が何なのか、はなしあったわよね!」

「何でその話しが出てくるんだ。アタシも家系魔法は使えるが、それは祖先達の血の繋がりがあってこそだと結論に……待て、つまり、そういうことなのか?」

「そうなの! 先生はいつも言ってた。呪われた血だって」

「――まさかッ!?」


 アルシェが驚きに表情を染めた。深い衝撃だったのか、唇を震わしてオリヴィアの先、拝殿から出たヴォルフを、強張った瞳で睨み付けた。


「先生。貴方の血は呪われていたのですか?」

「もう違うが、そうだ」

「……それは、一族全てなのですか」

「分かったのだろう、言ってみなさい。クリスタロト・サントール・アルシェ君。君の口から聞きたい。過去の者たちを尊敬する君の口から、ね」


 何かを悟ったアルシェは、オリヴィアのように震えていた。


「……なあ、一体何の話しをしてるんだ?」


 魔法世界の住人だけが知る何かに、思わず明智は聞いた。何故二人の少女が震えていて、教師が勝ち誇ったように喜んでいるのか、謎を覗き込むように、明智は尋ねた。


「……前に、家系魔法について話しただろう」

「確か、ご先祖様が編み出した血の魔術とかなんとか」

「そうだ。だがこの言い回しには、隠された失敗も含まれている」

「失敗?」


 聞き返す。アルシェは震えた声で続ける。


「過去の遺産は、失敗なくして築くことは出来ない。だが、その失敗は、時に子孫を苦しめる忌まわしい呪いとして残ることもある……んだ」


 そこで、アルシェの口は重々しく閉じた。目は下を向いて、迷うように視線が動く。共感したかのようにオリヴィアが背伸びするようにアルシェを包み抱く。

 一体、なにに恐れているんだ。


「つまりそういうことなのだよ」


 言葉を繋いだのは、ヴォルフだった。

 ゆったりと木材で作られた段を降り、砂利を踏みしめる。


「私には、忌まわしい魔術が先祖代体の血脈から受け継がれていた。資料がないため詳細は分からないが、優秀なアルシェ君の言う通り、失敗から生まれた家系魔法、変身の魔法を受け継いでいる」

「変身?」

「人間から動物に変わる魔法だ。鳥になって空を飛んだり、魚になって海を泳ぐ。そういう変身だ」

「……なんで、失敗から生まれた魔法なんだよ」


 正直、使ってみたいと思うような魔法。明智にはいまいち失敗から生まれたという意味が分からなかった。

 ヴォルフは、先ほどよりも落ち着いた表情で、しかし、言葉の響きに燃えるものを感じさせる声音で、明智に話す。


「人間が他の動物に成る、それがどれほど高度で、自然の法則を歪める魔法だったのか、我が祖先は愚かにも危険性より好奇心を優先し、この魔術を遺してしまったのだよ」


 刃の鋭さを思わせる響きをもって、言葉を紡ぐヴォルフ。


「そのまま孤独に死ねばいいものを、我々子孫を残して、この冒涜的な魔術を残し続けた。オレは……、この魔法に苦しんだんだ!」


 トタン、軽やかな響きがしたかと思えば、近くにあった手水舎ちょうずしゃが爆発した。

 爆発した場所を明智達全員があっと振り向いたが、それが誰の手によって行われたかすぐさま理解して、ヴォルフをきつく見つめ直した。

 しかし、ヴォルフは杖を向けたまま固まって、下を向いている。

 怨念のこもった重々しく焼けるような声が、地響きのように伝わる。


「オレは狼に変身できる。だが、未完成のために理性を保てなかった。不出来な血縁者は人間と狼を混ぜたような怪物に成り、同胞である魔法使いに無惨にも殺された! オレはこの血を呪った。そして克服すると誓った! そして今日! この血は浄化され完成したんだッ! 愚かな先祖も一族も皆諦めて、石を投げられることに抵抗もせず静かに家の片隅で身を丸めていた。だが、オレは、オレだけは違った。だからこそ今日、この祝福を与えられた」


 両手を広げ、夜空を見上げた。

 まるで全てで喜びに浸るよう。


「そして、ゲストである小僧」


 黄色い瞳が、明智の目を射抜く。


「お前達のおかげだ。礼と言ってはなんだか。我が家系魔法の餌食にしてやる」


 黒煙のようなモヤを身体から噴出し、どんどんと小さくなるヴォルフ、次に特徴的な黄色い瞳が見えた時、その姿は、灰色の毛皮をした狼に成っていた。

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