愚者の旅

「アルシェさんが、ゲスト?」


 どんどん浮上する新事実に、明智は頭を抱えたくなった。

 つまりアルシェさんはゲートを目視できて、誰かのゲストだった。自分達に出会った時、ゲストも世界も知らないといったのは嘘だった?


「ま、待て! 待ってくれ! アタシは……」

「待つよ。俺ちん、段々と楽しくなってきたし♪」

「アルシェ、ゲスト……」


 各々がざわついていた。それはそうだろう。今まで迷子と思っていた人物がゲストだった。偶然じゃなく、必然とこの世界に訪れたとなれば、オリヴィア捜索の意味も変わってくる。


「アルシェさんは、ロスト・タブレットの計画を阻止するためにオリヴィアさんを探してるのか?」

「じゃあ、世迷が探してたの、誰?」

「オリヴィア・エメラル・ガードナー。ゲストである人物を探してほしいって」

「はぁっ!? オリヴィアさんもゲスト!?」

「それはアタシも初耳だ! じゃあ、オリヴィアはこういった世界に行き慣れてるのか!?」


 驚天動地と化したラウンジカー内では、主に二人が目を見開き、一人が顔を手で覆って大笑いし、一人が静かに席に座っていた。

 収拾の着かないこの状況。二人のゲストがゲートを潜り、片方が行方不明。誘拐したのがロスト・タブレット。

 何に手を付ければいいか分からずにいた。


「世迷」

「なに? 目羅ちん」

「何でゲスト、分かるの?」


 目羅が話題を作った。

 確かに気になる。ゲストかどうかどうやって確認したのか、明智は世迷の発言に注意した。


管理者マスターはね、見ただけでゲストかどうか分かるの」

「何でなんだ?」

「何で、って言われてもね。ホント、見るだけだからさ」


 すると自分の目を指差して、


管理者マスターは一目で誰がゲストか分かるんだよ。ただし、自分のゲストかそうでないかっていうレベルだよ」

「じゃあゲストの確認とか、曖昧な感じに覚えてるのに探すのって」

「そうだね。知らない人がゲストでした! っていうドッキリな体験は管理者にはあるある。それに、管理者がゲストに与えた力を回収する意味もあるよ」

「与えた力? なんだよそれ」

「スマホに入れたアプリだよ」


 あの使いづらいアプリが管理者の力なのか? 疑いたいが、そもそも手にした経緯、撮影画面で確認できるゲートなど、理解不能なものだらけなので、そういうものかとぐっと飲み込んだ。


「アルシェ、ゲスト」

「車掌の権利を賭けてもいいよ♪」


 強気に言う世迷。もう疑いようはなさそうだ。


「アルシェさん! 誰のゲストなんですか!」

「それはアタシが聞きたいことだ! いつの間に、それにあの門が見えているのはゲストだったから……わ、分からない! アタシはいつ、どこで、そんな変な力を手にしたんだ!?」


 自分の手を見下ろすアルシェ。まるで今まで手にしたものが瓦解したかのように、必死に何かを探っていた。

 取り乱し、声を上げる。オリヴィアを心配していた心労に加え、怒涛の新事実に心が耐えきれないのだろう。

 「なあ世迷」と明智が声を掛けた。


「アルシェさんを寝台列車に連れて休ませる。いいよな」

「もちろんだよ。ヒートアップし過ぎたし、休憩タイムだね♪」


 こうして明智はアルシェの様子を見守りながら、寝台列車のある方向へと連れて行った。


 □■□■□


 寝台列車は客室のように各部屋が隔てられ、取り付け用のベッドが一台、または二段ベッドが一台ある。

 部屋内は狭いが外を眺める事と寝るにはちょうど良い広さで、ベッドも洗いたての良い香りがする。

 部屋の割合を大きく取るのはベッドのため、歩き回るには向いていないが、ベッドの上をゴロゴロと回ったり、大きく伸びをするには贅沢なぐらいのサイズ。

 明智はベッドが一台ある部屋に入ると、シーツがピンと張ったベッドにアルシェを座らせ、壁付けの椅子に腰を下ろした。


「何だか、イジメみたいになってごめん」

「いや、いいんだ。アタシもなぜそうなったのか気になるからな」


 重い空気が二人を支配した。そういった意図があった訳じゃない。だが、疑ってしまった事実に明智は普段のように振る舞うことが出来なかった。

 居た堪れない気持ちに、明智は席を立つと、「何かあったら呼んでくれ」と一言添えて扉に手を伸ばした。


「い、行くなッ!」

「アルシェさん!?」


 服の裾を掴んで引っ張るアルシェ。普段の自信に満ちた表情は無く、大人びた顔に迷子になった子供のような不安げな色を見せる。

 出来るだけ優しく、不安を刺激しないように、明智はゆっくりと首だけ振り向き、声を掛ける。


「……分かった。もう少しいるよ」

「か、感謝する」


 もう一度壁付けの椅子を起こし、そこに座る。座る時に痛みが走り、いてて、と言ってしまった。それに対して「大丈夫か?」と眉をひそめたアルシェ。


「だ、大丈夫。平気だって」

「そうか。あの……」

「ん?」

「ありがとう。アタシに代わってヴォルフ先生を殴ってくれて」


 腰を曲げ、頭を垂らす。止めさせようと明智は慌てるが、アルシェの言葉はまだ紡がれる。


「怒りに我を忘れたアタシを止めた上に、ゴーレム二体とヴォルフ先生を相手に戦ってくれた。本当に、感謝してもしきれない。アタシ一人が突っ込んでいたらどうなってたか、最悪、明智君達を死なせていたと思う。本当にありがとう……」


 感謝の言葉には、自分を卑下する言葉がところどころ混じっている。

 確かに、暴走気味にはなっていたし、それは目羅も察していて即座に気絶させていた。

 でもそれは、こんな風に自分の行動を責めるためじゃない。


「オリヴィアの身を心配するあまり、アタシは二人を危険に巻き込んだ。疑われたって仕方ない」

「アルシェさん……」


 完全に悲観的な感情に染まってしまったアルシェは、今にも泣きそうな程悲しい顔をしていて、見てると胸が痛くなる。


「そんなに自分を責めるなよ」


 励ましたい気持ちでそう言うが、アルシェは力なく笑うばかり。明智は何とか出来ないかと思案した。

 笑わせられるセンスはないし、共通した話題もほとんどない。けれど何となく、明智はこの話しをしようと、喉がちょっと詰まる感覚に抵抗して、ある話しをした。


「俺、実はアルシェさんに嫉妬してるんだ」

「えっ?」


 素っ頓狂な声を上げた。あまりに突然の告白に、動揺するのも分かる。

 明智は続けた。


「俺、昔から頼られるのが嬉しいんだ。友達に頼られると、嬉しくて、誇らしくて、認められてるって気持ちになって。だから、アルシェさんにありがとうって言われるの、ぶっちゃけ嬉しいし気持ち良い」

「そ、そうなのか」

「うん。でもさ、同時に思うこともあるんだ」


 胸にある異物感を押し上げて、明智は、自分の抱えているものを吐き出す。


「俺は、俺の何に頼ればいいのか、分かんないんだ。俺は、アルシェさんみたいな夢が無い。だから――」


 この町に来た。高校生活を通して、自分の夢を探すために。

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