錬金術師は嘲笑う

「私を倒す? ……そうか、ゴーレムを倒したのはてめぇか」

「違う。目羅と、アルゴ」


 この小僧が? みたいな顔をされた。爆発を無傷で済ました目羅が強いと思われるのは当然だが、その目羅が明智を評価したのが意外という感じである。

 明智も意外な評価に気を攫われたが、少しでも脅威になってやろうと、肯定代わりに前に出た。


「平世界の住人は兎並みの身体能力と聞いてるんだが……、それは真実か?」

「……俺と目羅がいれば、ゴーレムの一体や二体、どうってことない」

「へぇ~、言うね」


 懐から石を二つ取り出した。ヴォルフはそれを優しく撫でると、指先が淡く光りだす。


「心臓の鼓動。血の脈動。主の生動せいどうを受けし胎児よ。我を模倣し、多動せよ」


 投げられた石ころがころころと転がる。そこに大小問わず周りの石が集まっていき、どんどんと人の形を成していった。

 それは、二番目の神社で襲ってきたゴーレム。ただし、胸に輝く核は無い。


「今度はしっかりと準備したゴーレムで対決してもらう。あんな出来損ないのゴーレムを倒したからと、躍起やっきになってもらっても困るんでね」


 挑戦的に笑むヴォルフ。その前に二体のゴーレムが現れた。体格等は襲ってきたのと変わらないが、ズシン、ズシンと動く人体の動作は明らかな程に滑らか。

 それを認めた明智は奥歯を噛み締め、これから起こる戦いに身を引き締めた。

 目羅は戦闘準備に入るため、アルシェを後方に移動させる。しかしアルシェは「離せ、離してくれ!」と我を忘れて腕の中で暴れていた。

 このままじゃ一人で戦うことになりそうだ。明智はその時どう立ち回るかと考えていると、スッと目羅が何事もなかったように横に立っていた。


「……アルシェさんは?」

「首、トン、した」

「えぇ!?」


 すぐさまアルシェのいる神社を見ると、板床の上に気絶していた。

 目羅を見る。


「首トンが伏線みたいになったか。っていうか、首の骨とか、折ってない?」

「大丈夫、の時も、ある」

「大丈夫じゃない時もあるのか」


 たまにの首トンでたまに首折るとかどこの小噺こばなしだろうか。テンポ感は軽快だが、内容には警戒する部分があった。

 泡も吹いてないしまあ大丈夫だろうと、半ば願望を脳裏に押し付け、明智は二体の石人間を見遣った。


「倒したら、オリヴィアさんの居場所を聞かせてもらう」

「やれるなら考えよう」


 どこまでも上にいるような口調。鼻で笑っている。

 その余裕即座に折ってやる。


「目羅ッ! まずは核だ! 核を見つけるぞ!」

「分かった」


 視線を合わせ、互いに頷くと、二人はそれぞれのゴーレムと対峙した。


「関節が弱いってのは変わらないと信じてるぜ」


 相手の動きを見るため、まず明智はその辺の小石を拾って投げつけてみた。するとゴーレムは片手の手のひらを向け、小石を手にした。

 ……のだと思ったが、手には何も残っていない。


「……もしかして、吸収した?」


 そういえば、アルシェがゴーレムは破壊しても身体が再生するとかどうのこうの言っていたような。

 と考えていると、ゴーレムが低頭姿勢でこちらに真っ直ぐ進んで来た。体当たりか、それならと横へ飛ぼうとすると、回避先が突然爆発する。


「何を驚いている。私も参加しているぞ」

「卑怯だぞてめぇッ! ごふっ――!?」


 思わぬ邪魔に悪態を吐くと突進してきたゴーレムの頭突きを喰らう。

 減速する気は無いらしく、ゴーレムは明智をかち上げた状態で神社の壁へと激突する。

 ひしゃげる木板もっばん。舞う木屑きくず。明智はくの字に曲げられ、血の反吐を吐き出す。


「ッ!」


 攻撃された明智を見た目羅は、迫りくる拳を蹴りで叩き落とすと、その勢いで軸足を中心に回転し、神社側へ飛ぶ。


「うっ!」


 しかし飛ぶ直前、目羅の背中を複数のつぶてが襲った。ぱらぱらと転がる石。片足に気力を込めて堪えた目羅は、その石が再び、時間を巻き戻すように自分の後ろ側へと集まっていく光景を目にした。

 首を回せば、嘲笑うヴォルフの姿と、人の形に戻りつつあるゴーレム。


「面白い活用だろう。ゴーレムに意思は無い。身体の中心を爆発すれば、石つぶてとなって敵を巻き込む。仲間を助けたいのなら、まずゴーレムを倒すことだ小娘」

「ッ!!」


 目羅の目に、獰猛な野獣の意思が過る。ヴォルフは身を引いた。その後、露骨なまでに怒りを露わにする。青筋の立つ額は沸騰しそうな程赤く、歯は割れそうな程に噛み締めている。

 その姿は鬼のようであり、その場で地団駄を踏む。


「っざけんな小娘ッ! オレを脅したつもりか!? いつでも殺れるって余裕こいてるのか!? オレはな、てめぇみたいな反抗的な目をしたタイプが嫌いなんだよ!」


 過激に強烈に口先から激越げきえつな尖り声を放った。どす黒い感情に従ってか、耳元のピアスに触れたかと思うと、目羅へと疾走する。

 目羅は迎撃しようと構えた。だが、ヴォルフの手中に光る物を視認し、考えを即座に回避へと切り替えた。一転、二転。距離を十分に取ってから見れば、ヴォルフが剣を地面に振り下ろしていた。


「?」

「驚いたか。これが錬金術だ。元は賢者の石を創出するため、卑金属を用いた加工技術だった。だが、とある魔法使いが卑金属を気体、固体、液体へと変化する過程を見て、戦闘や建築に役立てられないかと考えた末、こうした妙技に辿り着いた」


 ヴォルフは大袈裟に横に振り、刀身を見せつけた。

 刀身には血溝があり、横につき出た突起からグリップまでは握りやすいようにするためか、蕾状の細工が入っている。刀身そのものは野球バットの大きさくらいあり、西洋の剣そのものだった。


「魔法だけではないんだよ。こう見えて剣術も得意でね」

「ひきんぞく、だっけか? 一つだけ覚えてるのがあるよ」


 ゆらり、と明智が神社の破壊された場所から這い出た。ゴーレムは頭だけを動かし、明智を見張っていた。

 その余裕は主からの命令なのか、それとも主に似たのか、ともかく、立ち上がる猶予を与えた。


「つまりアルミだろ? あのペラペラの」


 家庭でも使っている、紙のように薄いアルミホイルを浮かべて、鼻で笑ってみせた。


「アルミなんて、紙より脆いだろ」

「……、フッ。どうやら、この世界の平均的な頭の出来は、底が見える程度、らしいな」


 なに?

 妄言を吐く生徒をたしなめるように、魔導院タロットの教師は剣先を天に向け、高言した。


「かつては卑金属だけだった。今は、溶ける金属は全て、錬金術の対象である!」


 八重歯を覗かせ、教師は冷笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る