自称魔法使いは舞台で笑う

 その後、事の成り行きを語ろうと思う。

 まず怪物だが、無事に帰すことが出来た。八階まである建物の下敷きになったというのに生きていたのは驚きだった。だが、無事返せたのだから結果オーライと言うやつだ。それ以上も以下もないだろう。

 そして、崩れて瓦礫の山になった廃病院の話しをしよう。テレビに、心霊スポットとして有名だった病院という風に紹介され、一夜にして崩れたことが上げられていた。目羅があの記憶消去的なのを使ったため、直接的な記憶は失われているそうだが、残滓と言うのだろうか。噂話の原型はほとんど変わらず残り、一部の界隈からは波山ばさんが出たのでは? と考察が上げられていた。

 個人的に思う事は多々あれど、瓦礫と化して崩れてなくなったのだ。因縁もさっぱりなくなったと思えば、まあ悪い気持ちではない。


 さて、知りたいことはそこじゃないって奴もいるかも知れないから話しを進めよう。

 後日談。俺と目羅の話しだ。



「おいしい」

「目羅って良い顔して食うのな。表情変わんないけど、良い食いっぷりだね」


 ここはショッピングモール。フードコート。

 目羅の服を買いに訪れ、休憩とお礼を兼ねてパフェを奢っていた。メガパフェという奴で、ボリュームたっぷりな奴だ。メロンやオレンジ何かが添えてあり、チョコスプレーというカラフルな粒がソフトクリームを彩っている。

 それを、目羅がパクパクと匙で掬っては口に運ぶのを繰り返している。


「おいしい。おいし、おいし」

「別に一口食べたら感想言う義務は発生してないからゆっくり食べて良いんだぞ。ていうか、頭キーンとこないか大丈夫か?」

「おいし。大丈夫。おいし。目羅は。おいし。毒きかない。おいし」

「ソフトクリームは毒じゃない。ってか器用だな」


 どんどん頂上がなくなっていき、周りに添えられているフルーツにも手を伸ばしだした。これからの食費を考えると気が滅入そうだ。


「ちゃんと味わえよ。これからはこんな贅沢そうそうできないんだから」

「おいし。目羅、自分の分は狩る」

「この都会には野生の猪はいないんだ。っていうか狩りだめ」


 確か狩りって免許とか許可とか必要だった気がする。思い出しつつ目羅が猪片手に帰ってくるのを想像した。

 うん。無理だ。だって一頭捌くのなんてやったことないし。


「おいし。目羅。草、集める」

「スケールが急に貧相に! いや、そこまで覚悟しろとは言ってない。ていうか世迷にお前の食費分くらい請求してやるよ。全部あいつのせいなんだから」

「世迷。悪い。おいし」


 こうなった原因を思い返す。

 それは記憶消去が施された白い世界から転送され、迷い家に訪れた時だった。ニコニコ顔の世迷が、お疲れ様、楽勝だったでしょ。なんて言った辺りからだ。


「楽勝なわけあるか。請求だ! この学生服のクリーニング代ぐらい出せよな!」

「えっ!? そんなので良いの。てっきり制服代を請求されるのかと思ったけど、アルゴっちはやっさしいんだね〜♪」

「んっ、やっぱり制服代を――」

「喜んで払うとも! なにせ僕ちんのゲストだからねぇ〜! もてなすよ〜♪」

「くそっ! 戦闘後だから頭が回らなかった!」


 あっはっは、車掌の高らかな笑い声が響いた。敗北したゲストの低い泣き声が、勝者の喜びを助長しているように感じさせる。


「あ、それとだ。目羅を元の世界に帰してくれないか」

「ほう。それまた急だね」

「ゲートは閉じちゃったし。もうここは車掌様のお力を頼るしかないだろ」

「うーん♪ それは嬉しい評価だね。でも無理」


 あっさりと、明智の願いを断った。横にいる目羅は特に反応を示さないが、帰れるのなら帰りたいと、きっと思っている。

 語調を強めた明智が食い下がるように「なんで」と繋ぐ。


「これ列車だろう。しかも俺達はゲストだろう。降りたいところに降ろせよ」

「見た目で判断しちゃいけないって、ゲートの時に学ばなかった? これは僕ちゃんの趣味。本当の姿は何もない世界が続いてるだけで、別に進んでないよ」

「なら、寝台列車側で寝た時に戻れるのは何だよ!」

「元の世界、君ちん達が今いる現実の世界に帰す。そういう力であって世界を行き来する力じゃないんだよ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ!」

「妖世界のゲートを見つけることさ」


 決まったことのように、さらっと世迷が告げる。ニヤニヤ顔のまま、いや、ニヤニヤ顔を貼り付けることで事の本質を隠しているような、そういう嫌な顔で続ける。


「ゲートは世界の穴。イレギュラー。自然の摂理に近い。だからこそ保証するよ。目羅ちんは妖世界のゲートを潜りさえすれば確実に帰れるよ。元の世界に。まあ、そんなの本人が一番理解してると思うけどね」


 話しの流れから、目羅が一歩進み出る。肩に手を置かれ、落ち着けと言わんばかりに見つめられる。


「目羅、分かって飛び込んだ。だから、何も思ってない」

「でも、帰れるなら帰りたいだろ」

「目羅には、ちょっと、分からない」


 明智にはその答えが意外だった。あの時、満月の下で大切そうに髪飾りを撫でていた。その姿から、故郷に思いを馳せているのだと思っていた。


「大切な人がいるだろ。こっちの世界じゃ、独りだ。寂しいだろ。そんなの……」


 引っ越してから孤独を感じるのは早かった。うるさいと思っていた家族の声は無く、匂いも風も全部違う。

 斎藤が来てくれたのは本当にありがたいことだった。友達の声がこんなにも頼りになるなんて、気付かなかった。

 心は無音に脆い。ちょっとした失敗で簡単に摩耗しすり減っていく。新しいばかりに囲まれただけじゃ変わらないんだ。

 それが世界丸ごと一変した目羅、苦痛じゃない訳ない。

 何とかして帰せないか、必死に考えていると、手を握られた。

 握ったのは、目羅。


「アルゴがいる。だから、さびしくない」

「目羅……」

「目羅は、アルゴに会えて、うれしい。世迷じゃない人で、アルゴだけ、たくさん話したの」


 感情は無い。

 抑揚もあまりない。

 けれど、握られた手に、確かな感情が証明してくれるようだった。


「だから、大丈夫。アルゴがいる。だから、大丈夫」

「目羅……。分かった。帰れるよう、色々サポートするからな」

「あ、ならついでにさ、しばらく目羅ちんと一緒に暮らしてくれない」

「はあ!?」


 世迷の口からとんでもない提案が入り、明智が素っ頓狂な声を上げた。気にせず世迷が話し出す。


「だってぇ、君達相棒でしょう? 良いじゃない! 目羅ちんの生活に必要なことは、僕ちんが進めるからさ、手始めにアルゴっちのマンションに空きがあったから契約しといたよ! 俺っち偉い!」

「何してるんだよ!」

「生活の準備だよ。いくら目羅ちんが野生児だからって、君らの世界じゃある程度用意をしなきゃ捕まっちゃうでしょう。さ! 君ちん達はもう帰って寝て、とりあえず目羅ちんの服でも買ってきなさい。アハハ♪」


 ということがあった。思い返しても腹が立つ。

 平日だと言うのに、こうして買い物しているのは世迷のせいというわけだ。おかげで反省文の期間が首の皮一枚繋がった訳だが、感謝したい気にはなれない。


「一応、招いた自覚はあるみたいだし、払ってくれるものは全部請求しとけ」

「分かった。ごちそうさま」

「おう。ってもう食べたのか!?」

「……食べたかった?」

「いやそういう訳じゃないけどさ。まぁでも」


 照れくさいが、それでもこれから世話になるのだから、伝えておこう。


「これからよろしく、目羅」

「……よろしく。アルゴ」


 こうして、二人は迷子の捜索を続け、生活を共にしていく相棒となった。これは、始まりの話し。


「ん? 着信だ。なんだよ世迷。ちょっかいは無しだ」

『そこに魔法使いを自称する女の子いない? 見つからないから君ちんの運に頼って連絡したんだけど』

「魔法使い? んだよそれ――」

「ワッハッハ! 聞けよ世界! アタシは魔法使い」


 フードコートから離れた、中央の広場で女の高笑いが聞こえた。


「今、アタシは困っている。この魔法使いを助けてくれる輩はいないか!」


 そう、これは始まりの話し。あらすじは凶器人間から、魔法少女へと転じる。

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