第29話 私たちの選んだ先

 ――そうして、日々が過ぎた。


 学園への視察、あのメンバーでのくだらない会話や遊び、イグニスとは夫婦になってからも相変わらずだ。そうして彼らが学園を卒業してからすぐ――、ミセル様は国王陛下となった。


 フレディーがあまりに優秀なので、揉める前にとっとと即位した方がいいだろうという判断だ。私の意見も……加味されている。元国王陛下はまだ上皇として力をもっている。もうしばらくは共同統治となるだろう。


「まさか、パルフィと結婚するとは思わなかったです」

「いい選択だろう? 君とこうして二人の時間をとっても文句一つ言わない」


 王宮のバルコニーで王都を眺めながら、ミセル様と話す。風が心地いい。


「前世の話も結構なさるそうですね」

「ああ、それも大きいな。君がいた世界をパルフィも知っている」


 私たちの関係は変わらない。

 ミセル様は相変わらず、私のことを必要としてくださる。


「ナタリーだって、護衛職から退任させようとするイグニスだったら別れているだろう?」

「当然ですね」

「今のメイド長には僕とパルフィの子の護衛にあたってもらおうと思っているんだ。産まれて、少し大きくなってからだけどね。君にはメイド長になってもらうよ、まだ先だけどね」

「……唐突に言うの、お好きですね。脈略がなかったですよ」

「ははっ」


 その話をすると言って、二人の時間をとったのだろう。パルフィは今、妊娠している。結婚してすぐだ。


「脈略はあるさ。僕との時間がもっと増える」

「……仕事上のですけどね。ほとんど報告や相談でしょう。それにまだ本当に先じゃないですか」

「いいじゃないか。仕事、好きだろう? 心の準備も必要だろうしね」

「暇よりかはいいです。ま、メイド長になった時のことを考えて今後動けるのはいいですね」

「ああ、メイド長にもそのつもりで仕事にあたってもらう」


 生きている時間が長いほど、捨てられない荷物が多くなっていく。


 ミセル様と二人でいる時間は不思議と落ち着く。護衛として周囲への警戒は怠らないけれど、私が私でいられる時間だ。


「君は……子供をつくる気はなさそうだしね」

「ええ。私には荷が重いです」

「フレディーにはあんなに懐かれていたのに」

「あっという間に青年になりましたけどね」


 パルフィからは少しだけミセル様とのことを教えてもらった。


『あの……一応言っておきますね。ゲームの展開はなぞっていません。前世でこんなことを言ってこう過ごしたらミセル様は私のことを気に入られていましたよと、ミセル様自身にもお伝えしました。ズルはしていません』


 ――と。


 今は王妃なので、口調はその時と違うけれど彼女も相変わらずだ。私に対しては、まだ申し訳なさそう。


 これだけの年月が経って、たくさんの変わっていくいろんなものを見て――生きるってこういうことをいうんだなと思う。


 変わるものと、変わらないもの。


 どちらも大事だ。


「さぁ、戻ろうか。僕のナタリー」

「ええ。我が君」 


 



「ナタリー、見て! 可愛いでしょう」

「ええ、可愛い。けど……小さすぎて少し怖いわ」


 ミセル様とパルフィの子供が産まれた。名前はウィリアムだ。まだ目もよく見えてないらしい。産まれて数日しか経っていない。全ての動作がゆっくりだけれど、可愛らしくよく手足を動かしている。金の髪で青い瞳、顔も整っているように感じる。


 ……どちらにも似ているわね。


「ねぇ、ナタリー。隣に座って」

「ええ」


 まだ体も回復していないので、基本的にはベッドの上にいる。


「はい、抱っこしてみて」

「え……」


 断りたいのに、私の方に寄せてくる。


「ちょっと待って。まだ首も座っていないんでしょう。怖いわ」

「いいから、腕はこの形ね」

「うぅ〜、これで大丈夫かしら」


 こんなに小さいからすごく軽いかと思ったのに、やや重く感じる。温かい……命の重みと温かさだ。


「なんだか、もぞもぞ動いているわね」

「抱っこが好きなのよ。ベッドに置くと泣くわよ。こんなに小さいのに一生懸命にね」

「大変ね……」

「ここではメイドさんが手伝ってくれるから、本当に助かるわ。眠る時間まで確保してくれる。授乳は必要だけどね」


 夜中も一定時間おきに授乳が必要らしい。


「可愛い……」


 ふわふわな髪の毛。同じ人間の髪とは思えない。どこもかしこも、ふにふにしている。


「ナタリーは子供、つくらないの?」

「ええ」

「なんで?」

「上手く育てられる自信がないし……私は汚れているもの」

「ナタリーはすごく綺麗よ」

「ありがと」


 こんなに無防備な存在を生み出すのは怖い。すぐに……失ってしまいそう。私はもうたくさんの人の恨みを買っている。潰した人間も組織も山だ。


 人質にとられて、ミセル様と我が子のどちらかを選ばなければならなくなった時――私は躊躇いもなくミセル様を選ぶ。


 だから、絶対に子供は産まない。


「私の前世の名前はね、サツキって言うの」

「へ?」

「五月に産まれたからサツキ。字は違うけどね」

「そ……そう」

「なんとなく言いたくなって。で、五月のゴールデンウィークに川に流されちゃったんだ」

「……この子には護衛がしっかりつくだろうし、川には流されないと思うわよ」

「ふふっ、そうね」


 産まれたばかりの子を見て自分の生死について思い出して、何か言いたくなったのかしら。子供の今後の無事は祈るわよね、母親だし。


 ……私の母親はどうだったのかな。私が死んで、多少悲しむ気持ちはあったのかな。


 どうでもいいか。


 もうそろそろパルフィに子供を戻そう。落ち着かない。


「パルフィ、もういいわ」

「そんなに怖がらなくてもいいのに」

「怖いのよ」

「ねぇ、ナタリー。もう一度どこかの誰かに転生することになったら――」


 なんて恐ろしいことを言い出すのよ。


「怖いことが、今より少なくなってるといいね」

「……今、十分すぎるほど幸せよ」

「ふふっ、そうね」


 ここで死を迎えたら――私の魂はどこにいくのだろうか。


 あの白い世界とは、きっともう無縁だ。


 

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