第27話 結婚

 私たちは教会で結婚の誓いを立てた。女神のせいで何度もループしたと思うとムカつくので、女神に愛を誓っているということは気にせず厳かな気分でキスも交わした。


 誰もいない教会。

 神父さんしかいない教会だ。

 無理言って王都の小さな教会を少しの時間だけ貸し切ってもらった。サインもして、晴れて私はナタリー・レカルドだ。


 いつも私が殺されていた月に、ナタリー・モードゥスという名前の人間はいなくなった。


 もしかしたら……殺される前に誰かと結婚して名前を変えるだけで、殺される未来を回避できたのかもしれないとふと思う。


 ――それだけのことが難しいけど。


 花嫁姿で、大きなステンドグラスが印象的なチャペルをあとにして外に出るための通路を歩く。


「ナタリー、本当にこれでよかったんです?」

「ええ。誰もいないって最高の贅沢ね」


 指輪は左手の薬指に付け替えた。イグニスは新しいのを買いたがっていたけど、これがいいと言い張った。誰もいないのはイグニスにとってはどうかなと思ったけど、綺麗な私を独り占めできる時間が長い方が嬉しいと言ってくれた。


 光が差し込む開いた扉まで、もう少し。


 言葉にはしたくない。

 でも……イグニスしかいない世界を少しだけ味わいたかった。結婚するその時くらい、他の何も考えず彼だけを見つめたい。


「イグニス、ずっと側にいてね」

「もちろんです」


 こんなにまでミセル様を盲信している私でいいのかは怖くて聞けないけど、彼も護衛だ。何よりもご主人様の命を最優先にする護衛。


 だから、理解してくれているはずと甘えている。


 扉に近づく。

 待っている人たちがいる。


「幸せだな」

「え?」

「すごく幸せ」

「はい、私もですよ」


 死ぬはずのナタリー・モードゥスはいなくなった。任務で命を落とすことはあるかもしれないけど……それはナタリー・イグニスだ。何回でもやり直せると思ったけど、もう無理かもしれない。


 イグニスの腕に手を添えたまま、扉の向こう側に――。


「おめでとう!」


 陽光を浴びた瞬間に、花びらもたくさん降ってくる。


「おめでとうございます!」

「おめっとうさ〜ん!」


 こんな時まで軽いわね、魔法使い。


 そこにいるのは、あのメンバーだ。ミセル様とフレディー、パルフィ、ルーベンとレイドとオリバー。みんなでフラワーシャワーを浴びせてくれる。


「綺麗です! ナタリーさん!」


 フレディーは何度言ってもさん付けするわよね。困るわ。


「ありがとう」

 

 皆で計画したらしく私は朝知らされた。愛を誓ったらとっとと戻るつもりだったんだけど。このメンバーだということは、パルフィの発案かもしれない。ミセル様と学園で話し合って決めた可能性は高そうね。


 陛下とのあの会話のあとに一度、学園への私的な視察があった。明らかに視察の回数が増えている。


 ――って、ずっとフラワーシャワーが舞っているじゃない。魔法を使いまくってるわね、魔法使い。


「ちょっと、オリバー。縁起悪いからやめてよ」

「ええ〜、たまにしか使えないからいいじゃないか。俺の気持ちだよ〜?」


 人払いしてあるものね。外に護衛はたくさいる。


「そーゆー得体の知れないのは好きじゃないの」

「え〜、迫害しないでほしいけど、今日の主役がそう言うなら仕方がないなぁ。可愛いナタリーちゃんのお願いなら、我慢する!」


 鬱陶しいわ。


「とうとう他の男のものになってしまったか……残念だよ、ナタリー」

「思ってもいないことを言わないでください、ルーベン様」

「ええ!? 今、丁寧語だった!?」

「平民になったし、侯爵令息様ですから」

「水くさいじゃないか、酷いよナタリー。僕との関係はそんなに薄いものだったのか。やめてくれ」


 演技と分かっていても、よよよとしているルーベンも鬱陶しい。

 

「はいはい、今は楽に話すわ」

「そうだよ、二人の時だけの約束事だ。嬉しいな、君とそんな秘密を共有できるなんて」


 今も二人じゃないでしょう。貴族らしい貴族ってこんなんなのよねー……。女を見るととりあえず口説いておくのがイケてるみたいな。


「すごくお綺麗です、ナタリー様」

「もう平民よ、楽に話して」

「う……難しいですね」


 レイドは不器用だものね。途中までは攻略したし、なんとなく分かる。


「ナタリー様の結婚式に出られるなんて、もう嬉しくて……! よかった。本当によかったです」


 パルフィは私がループしていたことに罪悪感を持ってしまってたものね。


「だから平民になったのよ。あなたのが身分が高いのよ」

「それはもう今はなしにしましょう!」


 爽やかに言うわね。

 まぁいいか、この子も転生者だし、身分制度なんて馴染まないわよね。ゲームでは最後まで私は侯爵令嬢だったしね。


「ナタリー」


 ミセル様。

 私の婚約者だった人。


 まさか私が先に結婚するとは……。


「僕のお嫁さんになるはずだったのにな」

「残念でしたね」

「本当にな。でも、僕のナタリーが綺麗だから、それでいいよ」

「はい、綺麗でしょう。あなたのナタリーは」


 私の居場所。

 ミセル様の護衛で持ち物で、イグニスのお嫁さん。幸せな気持ちに胸が押しつぶされてしまいそう。


「みんな、ありがとう!」


 こんなにまで誰かに爽やかな気持ちで感謝できた時は今までにあったかな。


「でも、気を付けた方がいいよ〜」


 魔法使いが、不穏な言葉を放つ。

 そこにいた全員が沈黙した。


「女神の加護が切れたみたいだ」


 ああ――やっぱりそうだったんだ。


 ストンと納得した。

 イグニスはギョッとしていたし、他の皆も固まっていたけど――。


「ふっ、たまにはいいこと言うじゃない」

「そう?」

「あなたと知り合って、初めてよかったと思えたわ」

「こんな日まで辛辣だなぁ」

「今日という門出に相応しい最高のニュースね」


 胡散臭い魔法使い。この人は、何も言わなくても私の状況を把握していそうだ。


 私は死ねる。

 次に死んだら、もうそこで終わりだ。

 女神の加護が切れたということはそういうことだろう。


 嬉しくて嬉しくて仕方がない。


 だって私は、死にたいとまったく思えない。まだ生きたい。ここにいたい。


 ふと「審判」の正位置を思い出した。死者が復活している絵柄だった。


 ――私の生は、ここから始まる気がした。

 


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