第23話 騙し?

「騙しましたね」

「騙される方が悪いのよ」


 イグニスがガックリと項垂れている。


「どうするんですか、もう戻れませんよ……」

「さぁ。一度私を殺せば戻れるんじゃない? 数年前に」

「そうしたら、あなたは私ではない私と恋人になるんでしょう」


 恋人……。

 その響きに頬が熱くなる。


「私のこと、恋人と思ってくれるの?」

「思ってませんよ」


 どうしてこの人は私をこんなにも傷つけるんだろう。


「今だけの遊び相手でしょう」

「私のこと、遊びだったの」


 ナイフで突き刺してやりたいわ。

 

「あなたにとって私がです。私はこれからも恋人はつくりません」


 遊びじゃないのに、どうして勝手に遊びにされるのよ!


「私も他に恋人はつくらないわよ」

「馬鹿ですか、あなたは。ミセ……く……っ」


 ミセル様と婚約すればいいと言いかけて、今自分のしたことを思い出したわね。というか、私とミセル様の間に何かあったと勘違いしたのなら、逆にまた婚約させようとしてもおかしくはなかったのに。


 やっぱり私のことを……。


「ま、やっちゃったものは仕方ないじゃない」

「品がなさすぎますね。侯爵令嬢でしょう」

「そもそも侯爵令嬢になったのは数年前よ。元々一般市民なの!」

「そういえばそうでしたね……。でも身分は侯爵令嬢だ」

「しつこいわね」


 私を見て、またため息をつかれる。

 これも傷つくわ。

 

「それで、なんであんなに泣いていたんですか。さすがに教えてくださいよ」


 なんでと言われても……。


 イグニスが心配そうな顔で私を見つめている。このまま言わずに帰ることは無理そうだ。


「今まで、あなたにデートに誘われたことがなかったから」

「なんですか、それ」

「誘いたいほど私、可愛くないのかなって」

「え」


 なんでそんなに絶句するの。


「せっかく今日一緒に出かけてもすぐ帰るとか言うし」

「あなたはミセル様のところに早く戻りたいでしょう。片時も離れたくないはずだ。少なくとも同じ王宮内にいないと落ち着かないでしょう」

「さすがに好きな人と初デートするなら、期待するわよ」

「期待したんですか」

「するに決まっているわ」


 イグニスがめちゃくちゃ意気消沈している。こんな姿を見せるなんて初めてじゃない?


「私には無理ですよ……貴族のご令嬢を楽しませるデートなんかできません。深く付き合えば、呆れるだけですよ。身分が違うんです。思いつきません」

「べ、別に手をつないで公園を歩くとかそういうのでも……」

「そんなデートがしたいんですか」

「う、うん……」


 恥ずかしくてまた涙ぐんでしまう。


「……今、泣きそうになっている理由は聞いても?」

「子供っぽくて呆れられるかなって」

「呆れません。もっと早く言ってください。私はもうてっきり……はぁ。もうどうするんですか、戻れませんけど」


 最初の話にループしてるわ。


「責任とって、私の側にずっといてくれればいいと思うわ」

「あなたから離れない限りは、ずっといますよ。そう言ったでしょう。はぁ……」

「さすがに目の前でため息ばかり吐かれると傷つくけど」

「あなたには幸せになってほしかったんですよ。私と一緒にいてもつまらないだけです。人を殺すより楽しませる方がずっと難しい」


 私も同じね。


「決めつけないで。私の幸せは私が決めるわよ」

「ふっ。かっこいいですね」


 かっこいい女か。可愛い女より、そっちのが向いてるかもしれない。どうしたって、可愛い女の子にはなれない。


「あなたは可愛い」


 心を読まれた気がした。


「覚悟してください。もう手を出してしまった。一回も二回も三回も同じです」

「キスだけは、ものすごい回数するわよね」

「そこまでにしておいてあげたのに。本当に馬鹿な人だ」


 その言葉は聞き飽きたわね。


「そんな馬鹿な人が好きなんでしょう」

「ええ。大馬鹿者ですから」


 ミセル様の護衛である間は婚姻も勧められないだろう。ミセル様が妨害してくれるはずだ。かといって、モードゥス家の娘が平民と結婚したというのも体裁が悪くて許されないかもしれない。


 このまま未婚で生きていこう。


 ――イグニスと一緒に。


 

 ♠


 

「戻りました、ミセル様」


 早朝、仕事が始まる前にミセル様のところに顔を出す。

 

「ああ、聞いているよ」


 イグニスはもっと早朝からミセル様についている。王宮にまだ暗いうちに戻ってもう一眠りして起きたらいなくなっていた。


「よかったね、ナタリー」


 イグニスがわざわざ報告するとは思えない。何かを察しているのだろう。


「まぁ……」

「これからも僕に仕えるんだろう?」


 イグニスといる限りはそうなる。


「もちろんです、ご主人様」


 満足そうに微笑むミセル様。

 何を考えているのかは分からないけど、分からないままでいいと思う。


 私のご主人様は、これからもずっとミセル様だ。


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