第17話 もう一度学園

「ここが占いの館です」

「ええ。やっぱり前と何も変わらないわね」


 相変わらず、着替えた彼はジャンジャラギラギラ派手なアクセサリーをつけている。


「あなたにも、お一つどうぞ」


 実はめちゃくちゃ期待していた。

 

「あなたを導くペンデュラムです」

「え……」


 前とデザインが違う。

 似ているけど違う。

 青から藍へとグラデーションが美しく、てっぺんには花びらのようなクリスタルがあしらわれ、金の翼のチャームまでついて――。


「それから指輪も用意しました」

「え」


 右手の薬指にさらっとはめられる。イグニスもいつの間にか似たような指輪をしている。


「こ、これ、どっちもめちゃくちゃ高価なんじゃ……」

「その様子だと前回とは違うようですね」

「え、ええ。前はペンデュラムだけで、デザインも違って……」


 私の首に手を回してペンデュラムを後ろで留めてくれた。


「あ、ありがとう」

「いえ。これで多少は助手に見えるでしょう。それでは時間を潰しましょうか。まだ授業中なので誰も来ませんよ」

 

 い、いや、助手って……。そんなレベルの贈り物ではないでしょう。さすがに私も一応侯爵令嬢。目は肥えているのよ。


「私……あなたと将来を誓い合った覚えはないんだけど」

「私にもそんな覚えはありませんよ。前にも言いましたが、ご自分の未来を大事に思うならミセル様とご結婚された方がいい」

「それなのに、こんな高価なのくれるの……」

「お金の使い道がなくて困っていたのでよかったです」


 指輪なんて、普通に左手に付け替えればどう見ても結婚指輪でしょう。


「飽きたら捨ててもらって構わないですよ」

「……捨てるわけない。死ぬまで大切にする」

「一緒になりたい人ができたら、捨ててください。そんなものいくらでも買える人が――」


 ぐっと背伸びをして、彼の服を引っ張ってキスをする。


「私はあなたが好き」


 どうしてか涙がこぼれる。


「馬鹿な人だ」


 彼のキスはやさしい。

 やさしくてやさしくて物足りない。 


 ――もっと激しく求めてくれればいいのに。


 それができない人だってことも分かっている。 


  

 ♠


  

「あのー……あ!」

「占いの館へようこそ」


 とうとうヒロインがやってきた。

 前と同じに……って……あれ?


「ナタリー様ぁぁぁ!!!」


 なになになに!?


 金色の髪を振り乱してこっちにダッシュで走ってきた!?


「あのっ、ミセル様と婚約されていないって本当ですか!」

「え、あ、ああ……破棄してもらったのよ。護衛になるために」


 なんで私のとこに真っ直ぐに来たの!?


 というか、おかしいわ。学園に入るまで面識はなかったような。そもそも前のループと違うことがおかしい。


「そんなっ――。私のせいですね、それしかなかったということですか……おかしいですね、設定は変えないでとお願いしたはずなのに」

「意味が分からないわ。あなた、ここに占いに来たのでしょう?」

「私、転生者なんです」

「え?」


 転生者……?

 

「この世界に転生すると女神様に言われて、お願いしたんです。ナタリー・モードゥスが死なない未来が見てみたいって」

「え……」

「世界観も設定も変えずにナタリー様が死なない世界に転生したいってお願いしたんです。それなのに、婚約が破棄されているなんて……。だから私のせいなんです。でも、なんでそんなことに……」


 死なない世界。

 私が死なない世界。


 この子はヒロインで、転生者で、私が死なない世界を望んでここにいる……?


「イグニス……」

「はい」

「私、もう死なないって」

「はい」

「死なないんだって」

「はい」

「……っ、も、う……っ、く……っ、ふ……っ、うぁぁっ」


 気づいたら、イグニスの腕の中にいた。

 涙があふれて止まらない。


「もう死なっ、死なない……って、っ、ふ……っく」

「はい。あなたは死にませんよ」


 そうなるって確信していたはずなのに。私はまだ怖かったんだろうか。


 ヒロインがいつもと違う。

 私の知らないヒロインで……私が死なないと断言している。


 私は……きっともう死なない。

 死なないんだ……!


「う……っく、ふ……っ」

「ナタリー、私が彼女に簡単に説明してもいいですか」

「う、うん、おねが……っ」


 横隔膜が痙攣している。

 もうしゃべれないわ、私……。

 

「ナタリーは何度も死んでループしています。ミセル様の婚約者のままだと死ぬことに気づいた彼女は、ミセル様の護衛として生きることにしました。それでも一度死にましたが、今回は回避されたようですね。彼女は今、私の部下です」

「そ……んな……」

「今日のところはお引き取りください」

「あ、の……私、え、と、ご、ごめんなさい!」


 少しの間のあと、立ち去る音がした。フォローをする余裕もないし、そのまま声をかけずに放っておいた。


「ごめんなさい。占いの館なのに……占わなかったわね」


 少し落ち着いたので謝る。

 

「どうせまた次の時に来るでしょう。会いたくなければ毎回鍵をかけますよ」


 占いの館の意味がないでしょう。 

 

「次はもう少し話すわ」

「分かりました」

「少しお待ち下さい。鍵をかけてきます」

「今日はもう閉店?」

「ええ。貸し切りです」


 私は助手じゃなかったの?


 ここにはほとんど人が来ない。今だけ占いの館が開店していることは、特定の人間にしか伝えられていないからだ。ミセル様が選んだ特定の人間のみ、ここに来る……らしい。


 他の人が来るかどうかは、ゲームならヒロインの選択次第で変わっていた。


 もう、どうでもいいや。


 生きていて、イグニスが側にいてくれるなら、どうだっていい。


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