第11話 ループ

 視察は無事に終わった。

 胸騒ぎはずっと収まらない。


 学園では生徒に会うと、「あれはナタリー様じゃ……」という顔をされたけれど、もうその反応は慣れている。


 ゲームと同じく学園への見学は繰り返され、王宮での日常も変わらない。


 美しく着飾った女性たち。

 歯の浮くような台詞を吐くどこぞの貴族。

 きらびやかな夜会の場で行われる化かし合い――もとい、社交。


 私は警備する側だ。


 場を守る衛兵もいるし、個人を守る私たちのような護衛もいる。全ての貴族や王族の護衛が勢揃いしていたら邪魔なので、持ち回りだ。


「交代よ」


 先輩がスッと来たので下がる。


 いつもの夜会。

 いつもの警備交代。


「お願いね」


 いつものいつものいつもの――。


 ああ――、いつものではなかった。


 詰所へと報告に戻る静かな廊下。使用人専用通路に入り、もう華美な装飾はどこにもない。そこで、なぜかいつもとは違って窓が開いていた。


 誘われるように手を伸ばし――。


「――っ!」


 どうして無造作に閉めようとしてしまったのか。


 ――もう、手遅れだ。


 既に致命傷。


 窓から入ってきた相手に対して体に鞭打って距離を詰める。ナイフで迫るも防がれた。蹴りを入れて着地した反動で鎖鞭を回す。切っ先が相手の顔に傷をつけたところで、相手の喉に私のものではないナイフが突き刺さった。真っ赤な血が噴き出る。


 あの――、メイドだ。

 今は全身黒い。


 相討ちね。

 殺ったのは私ではないけど。


「ナタリー!」


 イグニス……。


 彼が跪き、力の入らなくなった私を抱きしめた。


 窓を閉めようと手を伸ばした時にはもう、ナイフによって心臓を貫かれていた。私よりも深い闇の力ののった一突きは重く、防ぎきれなかった。


「王妃だ」

「…………ぇ?」

「犯人は王妃だ、おそらく――。頼む、次も私と……」


 体から血が失われていくのを感じる。痛覚も視覚も薄れて――。


 唇に何かが触れた。


「ナタリー……、守りたかった……」


 守ってもらう側ではなくなったはずなのに……。


 白い。

 どんどんと世界が白くなっていく。

 意識が遠くなって、そして――。 


 

 ♠



 また「来世を始めますか ▶YES」の選択肢が空中に浮いている。


「ああ、はいはい。またこれですか。これなんてすね。もぉぉぉぉ!」


 怒ってもどうしようもない。

 私は死んだんだ。


 文字の色が紫に変化して一枚のタロットカードが現れた。


 同時に声が聞こえる。


「審判の正位置です。意味は復活。最悪の事態が好転したり、スランプから脱出したり……。蘇っている死者が描かれているでしょう。死からの復活を意味します」

「知ってるわよ!」


 あの時のカードだ。


「全てよい方向へ向かいます」

「そうね、最後に犯人を教えてくれたものね。それよりあなた、最後に私にキスしなかった? もしかしてアレなの。私が好きなの。それにしては毎晩一緒に寝てたのにぜんっぜん――」

「この調子で頑張ってくださいね」


 分かっていたけど、私の問いには何も返してくれない。


「答えなさいよ! ちょっと、私のことをどう思ってたのよ!」


 せめて、声だけでなく顔も見たい。


「それでは、来世にお連れしましょう」 


 またなのね。

 もう一度、あそこからスタートしないといけないのね。


 もういない。

 護衛と認めてくれたミセル様も、一緒に毎晩寝てくれたイグニスも。


 もう、どこにもいないんだ……。


 絶望感の中で、私はもう一度目覚めた。


 

 ♠


 

「ミセル様、私はあなたの婚約者であることをやめようと思います」

「…………は?」


 もう一度、同じことを繰り返す。


 ただし、今回は私のメイドのルナとルキアにループしていることを話した。そうでないと、私の攻撃に闇の力がのっているのを説明できないからだ。ループしてもそこは予想通り変わらなかった。どっぷりと血塗られた道に魂が浸かっている感覚はもう抜けない。

 

 あの時と同じ会話を繰り返し、また私は――、


「場所を変えようか、ナタリー」


 鍛錬場へと向かった。

 慣れ親しんだ、そこへ。


 

 ♠


 

「先にお伝えしておきますわ」

「なんだい、ナタリー」

「今は信じないと思います。けれど、伝えておきます。私は死ぬたびに何度もループを繰り返し、ここに来るのは二度目です。前回のループの時には護衛として認められ、イグニス侍従長にも鍛えられました」

「…………」


 ま、そういう顔になるわよね。

 

「なので、次のミセル様とイグニス侍従長の言葉も大体分かります。着替えは必要ありません。武器も慣れ親しんだものを使います。私が怪我をした場合、王宮に泊めていただけることも存じています」

「……ほう」

「覚えていないでしょうけれど、私はミセル様とイグニス侍従長への感謝を込めて、全力でぶつかります」


 スカートの留め具を外し、動きやすくする。ミセル様が、私たちから遠ざかった。


「いつでもどうぞ」


 イグニスの言葉に合わせて、ナイフを次々と投げていく。全て急所狙いだけれど、打ち落とされる。彼のナイフも避けながら、鎖鞭を真っ直ぐに突き刺すように投げつける。当然持ち手からは手を離さない。防がれたタイミングで蹴り飛ばそうとするも避けられた。

 戻した鎖鞭のナイフでもう一度突き刺しに行き――、


 キンキンと金属が打ち合う音が鍛錬場に響く。互いに譲らない……けれど、イグニスは余裕そうだ。当然だろう。ループ前も私よりずっと強かった。


「攻撃に癖がありすぎますね」

「あなただって、ないわけじゃないわ」

「分かっていますよ。でも、対応できていない」

「あなたが速すぎるのよ!」


 前よりもやり合える。

 そこは誇らしい。


 でも――また蹴り飛ばされる。そこは前と同じ。投げつけた急所狙いのナイフも全て弾かれた。


「そこまでだ」


 ミセル様に止められる。


「どう思った、イグニス」

「攻撃が重い。既にこちら側のお人です。私の攻撃を先に読んでいるような動きもありました。早急に、ナタリー様の話を詳しく聞いたほうがよろしいかと思います」

「……だろうな」


 よかった。

 ミセル様を狙う暗殺者だと思われてしまっては、おしまいだ。


「もう一度、場所を移そう。今度は知っていることを全て話してくれ」 

「仰せのままに。我が君」


 ――私はもうこの人を、ご主人様としか思えない。


 

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