【9】「聖女ナオ」

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【視野12】「聖女ナオ」


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タタンタタンと、小気味の良いリズム。

長い髪をく、直線的な太い風。


走行する列車の屋根に立つ2人。


視線の直上、視界いっぱいに巨大なバケモノが見える。


もう数十秒で、あれの足元へ到達するだろうな。



「今度こそ、決着をつける」



ヘシオムは、そう息巻くと

列車内に落ちていた剣を携えて魔力を溜める。



「いきます」



そして、英雄の必殺を繰り出した。



「吹き飛べぇ!!テュプロアブニス!!」



それは、まさに英雄の一撃と呼ぶに相応しい威力だった。


ヘシオムの固有スキルで、物理属性に転移した魔力は、

未知のエネルギーで出来た刃に変わり、

法力に守護された線路を根こそぎ抉り飛ばしてみせた。


次の瞬間。


ウドド運行列車は先頭車両から脱線し、

後続の車両と玉突きを起こしながら上空へ吹き飛んだ。



強い浮遊感、耳の側で風切音が止まない。

この身も、一緒に宙に放り出されたのだ。



周囲に目を配ると、

空中には雨粒の様に散布された、

大量のトマリンが見える。


強く。

強く。


聖女のスタッフを握る。


そして、俺は強く目を瞑り

魔法の準備に取り掛かる。



「さぁ成し遂げようぜ……聖女ドドゴミンさんよぉッ!!」




~以下回想~【転生者 ナオ・サガール】

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俺の名前は、ナオ。


ナオ・サガール。


元は『アシナメ』だなんて揶揄されたチンケな商人だ。



俺は目を覚ますと、人族アロアントの女になっていた。



記憶を遡って、最後の光景を思い出す。


貴族のお嬢ちゃんと、その家族を守ろうとして…

乗客も一緒に先導して……

それから……


あの賢者の兄ちゃんと、

怪物みたいな魔法使いの戦いに巻き込まれて…


それでネモの野郎を……あれ?


生命をさらう『死』の、生々しい感覚。


まさか…俺は死んじまったのか!?


なんで!?



「異世界転移きたぁあああ!!!」



耳障りな声、他にも同じ様な境遇の野郎が2人。


偉く男前のガキと、よく肥えたガキだ。


あれやこれや聞かれたが、

なんと答えたものか分からずに

とりあえず名前だけは喋ったが、

この女の体は、声が出しにくい。


うまく喋れねぇ。


話を聞いていると、ここへ召喚された所までは俺と同じだが

どうやら『転生』したのは、どうやら俺だけみたいだ。


それに、異世界がどうとか言っていた。

あいつらは『異世界』から、来たのかもしれない。



───それから。



ヘシオーム王国の国王と謁見したりだとか、

どうでも良い国の歴史だとか…


うんぬんかんぬん。


長い話に、ヘトヘトになっていた所で、

ようやく話ができそうな奴が現れた。


法力の賢者マルケリオン。


ウドド聖山で列車を止めた時に、

魔女と戦っていた賢者の兄ちゃんだ。


こいつなら俺の事情をわかってくれそうだ。


魔位測定でやたらと高い数値が出て

周りが一喜一憂していたが、

そんなこたぁどうでも良い。


とりあえずは、現状を把握したい。


そう思った俺は、夜になってから、

野郎に話を聞きに行った。


「ナオさん……だったね?

 こんな夜遅くに私に用事かい?」


さて……なんと言ったものか、

頭を回しても上手に喋れる気がしない。


「…えっと。ちょっと聞きたい事が…あって…その…」


女の声っていうのもあって、

なんか話すらいぞ。


無駄にモゴモゴしてしまう。


「そうか…いけない子だ」


………は?



「私に興味が湧いてしまったんだね」


マルケリオンは、ググッと俺に密着して、

ドアに押し付けてきたかと思えば、

あごを下からくいっ持ち上げて囁いた。


「私は、賢者である前に一人の男なんだ。

 スキを見せちゃ…ダメじゃ無いか」



ひぃぇえ!!!

気色悪ぃッ!!!



「なんだぁ!この野郎ッ!!!

 変な気起こしてんじゃねぇーぞッ!!

 離れやがれ!!ボケナスッ!!!


「あ…へっ?……は…はは…

 これは…辛辣な女の子だね。

 だが…その綺麗な声で罵られるのも…なかなか悪くない」


「女じゃねぇ!!!俺は男なんだよぉッ!!」


「お……おとこ?……それは…本当に?」


俺の言葉を受けたマルケリオンは、

先程までの雰囲気とガラッと変わり

鋭い目をして眉間にしわを寄せた。


ゆっくりと眼鏡を外して長考する。


どうやら、事の重大さがわかってきた様だ。


「………男か……アリだな……」



あ。こいつはダメな奴だ。

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