第10話 謎解きは放課後の後で

「心当たりは?」


甘木の問いに、僕たちは思わず背筋を伸ばす。手元のスマホに映るのは、今朝校舎入り口に描かれていた落書きの写真だ。壁一面に、勢いよく書かれた文字や奇妙な絵が並んでいる。校庭に差し込む朝日がガラス窓に反射し、落書きの鮮やかな色彩をさらに際立たせていた。


「……これ、空のサインじゃないか?」


僕の問いに、空はぱっと顔を上げる。頬は赤く、手は微かに震えている。


その様子を見ると甘木は息を深く吐き、僕たちを順に見渡した。


「これはただの落書きではない。誰かが意図的に空を挑発しているんだ」


甘木は冷静さを保ったまま、僕たちに向き直る。


「まずは状況を整理する必要がある。犯人を突き止めなければ、同じことが繰り返されるかもしれない。学校内の目撃情報、防犯カメラの映像、犯行のタイミングや経路も確認しなければならない」


桜島もスマートフォンを手に取り、校内地図を広げた。


「落書き現場の周囲には誰も近づけなかった。つまり犯人は、タイミングを狙い、計画的に行動した可能性が高いことから学校関係者、生徒の可能性が高い。」


空は小さく肩を落とし、視線を伏せる。


「どうして、私が……?」


僕は彼女の手をそっと握った。


憧れの存在である彼女は、同時に嫉妬や悪意の標的になるのは避けられない。

何者にもなれない者にとって何者かになったように見える彼女に対して、思う所がある人間は少なくないだろう。


空は俯いたまま、わずかに僕を見てうなずいた。


甘木はそのまま話を続ける。


「さて、ここからが本題だ。この落書きは単なる嫌がらせではない。犯人は、空の存在に何かしらの意味を持たせて、行動している。その事から犯人はもっと大きな行動を計画している可能性がある」


空は思わず息を飲む。僕も胸の奥で、何か得体の知れない緊張が走るのを感じた。


「これからもっと……?」


「その通り」甘木は落ち着いた声で答える。


「落書きは警告か、挑発か、どちらにしても学校や生徒に影響を及ぼす可能性がある」


桜島が地図に指を置き、落書き現場から校内の要所を指し示す。


「重要なのは、犯人がどの範囲で行動できるかを把握すること。校内での行動パターンを予測すれば、次の被害を防げるわ」


桜島がスマートフォンを操作し、防犯カメラの映像を呼び出す。学校内の入り口や廊下が順に映し出され、登校する生徒たちの様子が画面に映る。


「すでにこの時間帯に現場周辺にいた人物はこちらも把握済み」


「生徒会として、そして風紀委員として、この件は迅速に解決するわ。だからあなたは安心してこの学校で楽しい学生生活を送って。私たちが傍に居るから。」


安心させるように温かい声で空に笑顔を向ける。


「ありがとう」


それに答えるように涙ぐみながら空は答える。

カフェの明るい光の中で、彼女の瞳が少しだけ輝きを取り戻す。


「さて、じゃあそろそろ注文を決めようか。今日は女の子とのランチが楽しみで一日中そわそわしてたんだ」


甘木がメニューを開きつつ空に目を向ける。


テーブルの上にはランチョンマットが並び、店内には学生や主婦で賑わう声が柔らかく響く。


暗い話はこれでおしまいと言わんばかりにお茶らけた、明るい声で話し始める。


「え、えっと……どれも美味しそうで迷うね。林也君、何かおすすめある?」

「俺はチョコ系が好きだから、チョコパフェかな。桜島は?」


「私はシンプルにプリンアラモードで」


「そんなんでいいのか?」僕はつぶやいた。


「体型にはこれでも気を使ってるのよ。食べ過ぎると後が怖いわ、3人も食べすぎ注意よ。」


「京ちゃんは真面目だなぁ。こんな日くらい食べたいの食べなよ」

「会長はもう少し真面目に仕事してよ、あんたの適当な指示と報告書のせいで苦労してるのはいつもこっちなんだから」


ため息を吐き、睨むように甘木を見つめるが当の本人はどこ吹く風だ。




注文した食べ物来ると、空と甘木の目の前に山盛りのパフェとプリンが並ぶ。


「わあ、写真撮らなきゃ!」空がスマホを取り出す。


「また撮るのか……さっきも学校で撮ってたよね?」僕が突っ込む。


「記録は大事でしょ!あとで見返すと面白い思い出になるんだから」


「なるほど青春だねえ。生徒会でもやってみようか」


「会長がやってくれるんだったら構いませんよ。とりあえずこれ以上、会長は私の仕事を増やさないで下さい」


桜島に同情を覚えながら僕はパフェを一口食べて思わず目を見開く。


「うまっ!甘さ控えめでめちゃくちゃ食べやすい!」


甘木は「ふふ、やっぱり美味しいものは正義だね」とパンケーキにパフェにクレープを前に一言。


「会長も空さんもどう考えても頼みすぎよ」


やれやれとため息をつく桜島に、僕は思わず笑った。

窓の外では夕暮れの光が差し込み、カフェの空気を柔らかく染めていく。


こうして、カフェの小さなテーブルでの雑談は、放課後の騒動を忘れさせるひとときになった。


甘いものに囲まれて、笑い合う時間。


事件の予感や学校の騒ぎはまだ遠く、今はただ平穏な日常が、僕たちの間に流れているようだった。

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