第51話

「――ふぅ! いやー久しぶりだから失敗しちゃった!」


 照れ笑いをする私に、マスターが微笑みながら拍手をしていた。


「綺麗な声だったよ。大丈夫、充分巧いよ」


 そっかな? けっこう音外してたんだけど。


 私はマイクを早苗さなえに渡して告げる。


「飲み物取ってくるね!」


 部屋を出て、パタパタとカウンター前のフリードリンクカウンターに向かう。


 オレンジジュースを注ぎながら、ふと入店時のことを思い出した。


 ジュースの入ったコップを持って振り返り、恵さんに尋ねる。


「桜ちゃんと知り合いなんですか?」


 恵さんはニコリと微笑んで応える。


「ええ、そうよ?

 最近はごぶさただけど、今度辰巳たつみさんのお店にも行くわね」


 ――ってことは、この人も『あやかし』ってこと?!


 おそるおそる恵さんに尋ねる。


「恵さんって、どんな『あやかし』なんですか?」


「んー、『船乗りを誘惑して、船を沈没させる歌姫』ってとこかしら。

 歌うことが好きな『あやかし』なの」


「あー、それでカラオケ店に務めてるんですか?」


 恵さんがクスリと笑った。


「そうね、誰かが歌うのを聞くのも好きよ?

 私が歌ってしまうと危ないから、こっそり夜中にひとりで歌うくらい。

 カラオケ屋の店員って、それがやりやすいの。

 閉店後に、ひっそりとね」


 背後から孝弘さんの声が聞こえる。


「ってことはあんた、『ローレライ』か」


 私が振り返ると、袋一杯の食べ物を持った孝弘さんと、小さな袋を持った歩美あゆみが居た。


「その『ローレライ』ってなに?」


「ライン川に住むと言われる、歌姫の伝説だよ。

 その歌声を聞くと、船員が海に飛び込むんだ。

 それで船を座礁させるって伝説がある」


 恵さんが笑いながら告げる。


「よく知ってるわね。

 私はその『ローレライ』の血を引く人間。

 半人半妖の『あやかし』ね」


 私が小首をかしげていると、通路からマスターが近づいてきた。


「半人半妖というのは、人間との混血になった『あやかし』だよ。

 人間社会に紛れて、そんな『あやかし』も存在する。

 人の姿に近い『あやかし』には、そんな存在もいるんだ」


「へぇ~、色々いるんですね。『あやかし』にも」


 マスターはアイスコーヒーを三つのコップに注ぎ、トレイに乗せて告げる。


「戻ろうか」


「うん!」


 私たち四人は恵さんに挨拶をしてから、部屋に戻った。





****


 部屋に戻ると、桜ちゃんがマイクを片手に声を上げる。


「おそーい! 辰巳たつみ、次は僕らの番だよ!」


 え、今流れてる曲も桜ちゃんの歌じゃ?


 早苗さなえはのんきにカラオケ端末で曲を探していた。


 秀一さんは歌うそぶりも見せず、椅子にゆったりと座っている。


 マスターが秀一さんと桜ちゃんの前にコーヒーを置き、自分のコーヒーを手に取った。


 私が席に戻ると、孝弘さんがテーブルの上にコンビニ袋を三つ置いた。


「好きに食えよ、おごりだから」


 歩美あゆみも自分の席に戻り、スマホで曲を探し始めた。


 私もスマホで曲を探そうかと思ったら、なんだか古めかしい曲が流れだす。


 桜ちゃんが二本目のマイクをマスターに投げ渡した。


「ほら辰巳たつみ! デュエットだよ!」


 しぶしぶマイクを持ったマスターが、画面を見て歌いだす。


 女性パートの桜ちゃんが恋心を歌い、男性パートのマスターがそれを受け入れる男心を歌う。


 早苗さなえがあっけに取られた顔でつぶやく。


「この演歌調……これって、昭和歌謡ってやつじゃない?」


 なんで桜ちゃんがそんな歌を知ってるのかな?!


 マスターもなんで歌えるのかな?!


 しかもやたら美声で巧いし!


 気持ちよさそうに歌う桜ちゃんに、なんとなく対抗心が湧いてきた。


 私も動画で聞いたことがあるラブソングをスマホで探して、番号を入力した。





****


 みんなが一通り楽しんだところで、休憩がてらに食事を口にしていく。


 早苗さなえが私に楽し気に告げる。


「いやー、マスターに向けてラブソングを歌う朝陽あさひ、可愛かったなー!」


「言うなー!」


 私は顔を真っ赤にして早苗さなえの肩を揺らした。


 歩美あゆみがクスリと笑って告げる。


「安心して、きちんと撮影しておいたから」


「するなー! なにしてるの?!」


 桜ちゃんが不満げに告げる。


「僕と辰巳たつみのデュエットはー?!」


 早苗さなえが親指を立てて応える。


「ちゃんと撮っておいたよ! あとで送るね!」


「やったー!」


 静かにコーヒーを飲む秀一さんに、私は告げる。


「秀一さんは歌わないんですか?」


「俺か? 俺は洋楽しか歌わん。

 それでよければ歌ってやるが」


 早苗さなえが拍手をしながら告げる。


「聞いてみたーい! どんなの歌うの?!」


 秀一さんがフッと笑って端末に番号を打ち込んでいった――番号暗記してるの?!


 派手な音楽が鳴り始め、ドラムとギターの音がギャンギャンと部屋に響き渡る。


 マイクを持った秀一さんが、足を組んだまま歌いだす。


「これって……ロックって奴じゃ」


 なんで、日本の神様が洋楽のロックを歌うの?!


 しかもやっぱり美声で、やたら巧い! 英語の発音も完璧なんだけど?!


 みんながあっけに取られて聞きほれてる間に、秀一さんの歌が終わった。


 マイクを置いた秀一さんに、桜ちゃんが拍手をする。


「さすが秀一、巧いもんだね!」


 私や早苗さなえたちも、つられて拍手をしていた。


 秀一さんはフッと笑って応える。


「余興だ、あとはお前たちが好きに歌え」



 その後はみんなで合唱したり、記念撮影もした。


 孝弘さんがちょっと音痴で笑いを取ったりして、楽しい時間を過ごした。





****


 午後八時になるころ、マスターがみんなに告げる。


「そろそろ時間も遅い。食事をして帰ろう」


 みんなで席を立ち、マイクの入ったかごを持ってカウンターに向かう。


 恵さんが「ありがとうございました」と微笑んでくる。


「また来ますね!」


 みんなで恵さんに挨拶をして、カラオケ店を出た。



 徒歩でリムジンの止まっているところまで行き、孝弘さんがスライドドアを開ける。


「――クソ爺?! なんで居るんだよ!」


 え? 浜崎のお爺さん?


 隙間から覗き込むと、リムジンの中で浜崎のお爺さんがニヤリと微笑んでいた。



 みんなが車内に乗りこみ、車が勝手に走り出す。


 孝弘さんが不満げに告げる。


「クソ爺、どこに連れていく気だ?」


「なに、行きつけの料亭だよ。

 お前たちも晩飯はまだだろう?

 そこで飯を食いながら、少し話でもしようかと思ってな」


 マスターが眉根を寄せて告げる。


「源三、それはまだ早いだろう」


「いや? 今から話をしておいた方がいいと判断した。

 遅かれ早かれ、知ることになる。

 心の準備期間は、長いほどいいだろう」


 黙り込んだマスターに、私は尋ねる。


「どういう意味なんですか?」


 マスターは私に優しく微笑んで応える。


朝陽あさひは深く考えないで。

 この後の話も、話半分で聞き流してほしい」


 いったい、何を話すと言うんだろう?


 私たちを乗せた車は、暗くなった大通りを静かに走っていった。





****


 料亭に着くと、全員で奥まった場所の個室に案内された。


 途中の廊下や障子の感じから、ここが高級な店なのが伝わってくる。


 お座敷に用意された座布団の上に、みんなが座っていく。


 全員が座ると、仲居さんが漆塗りの小さなテーブルのような物を持って私たちの前に並べていった。


 たしか、三方膳とかいったっけ。


 なぜか私の前には、おひつまで用意されている。


 仲居さんが部屋を出てふすまを閉めると、浜崎のお爺さんが告げる。


「大したものじゃないが、好きに食べなさい。

 腹が膨れた頃に話をしよう」


 私は戸惑いながら「いただきます……」と手を合わせ、お箸に手を付けた。

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