言い訳しないで

「……ヒロト、上がった」


 姉さんが帰ってくることなく、無事に扉の向こうから愛羅のそんな声が聞こえてきた。

 良かった。

 聞こえてきた愛羅の声は少しだけ残念そうだったけど、良かった。


「分かった」


「頭、拭いて欲しい」


「……今日は自分で拭いておけ」


「…………分かった」


 またもや残念そうな声ではあるけど、愛羅は肯定の返事をしてくれた。

 ……良かった。

 素直に頷いてくれて。


「ヒロト、終わった。ヒロトもお風呂、入って」


 そして、それから少しだけ待つと、体を拭き終わったらしい。


「……服も着たんだよな?」


「……今から」


「早く着てくれ。この前姉さんにバレないように洗って乾かしたやつをちゃんとさっき持ってきてただろ?」


「……分かった」


 ……気のせいかもだけど、俺に……いや、娘にそんなことを思うのは良くないな。やめておこう。

 

「着た」


 扉が開いて、そこからちゃんと服を着た愛羅が出てきた。

 まだ少しだけ髪が濡れている。


「そのままじゃ風邪引くぞ。ドライヤーをかけるから、こっちおいで」


「うん」


 まぁ、流石にドライヤーはまだ一人じゃできないもんな。これは仕方ない。

 ……ちょっと甘い気もするけど、少しくらい甘やかしたって別に問題は無いはずだ。




「よし、乾いたな。それじゃあ、俺も風呂に入るから、出ていってくれるか? 俺の部屋にいていいからさ」


「……娘でも?」


「それは娘でもに決まってるだろ」


「…………分かった」


 渋々といった感じで頷いた愛羅は、扉を開けて風呂場から出ていってくれた。

 それを確認した俺は、服を脱ぎ出そうとしたのだが、手が止まった。


 ……あれ、愛羅が脱いだ服、だよな。……下着もある。……持っていかなかったのか。

 ……今、洗うのは不味い、よな。

 洗ってる途中に姉さんが帰ってきたら困るし、洗うのは明日かな。

 

 ……さっきまで愛羅が履いてたんだよな。

 い、いや、それがなんだっていうんだよ。当たり前の話だろ。


 ……俺はさっさと風呂に入ってしまおう。

 そう思い、服を脱いだ。

 念の為、大丈夫だとは思うけど、俺が脱いだ服を上から置いて、姉さんがここに来ても見られないようにしつつ、風呂に入った。


 久しぶりの一人風呂だな。

 

 シャワーを頭から浴びつつ、俺は今日のことを振り返った。

 ……もう考えないようにしようとは思ってたんだけど、キス、したんだよな、俺。

 娘……いや、女の子と。

 

 ……そうだよ。

 意識しないように頑張っているけど、めちゃくちゃ意識してるよ。

 仕方ないだろ、初めてのキスだったんだから、意識しないって方がおかしいだろ。

 それが例え娘であってもさ。……血が繋がってないんだし。

 いや、血の繋がりなんて関係なく死ぬほど愛してはいるんだけどさ、やっぱり、キスを意識するかしないかは話が変わってくるだろ。


「はぁ」


 俺は、どうしたらいいんだろうな。

 ……そもそも、愛羅のことをどう思ってるんだろうな。

 愛していることはもちろんとして、それはどういう意味なのか。

 ……幸せになって欲しいと思ってるし、幸せにしたいと思ってる。……でも、それは娘だから……のはずだ。

 少なくとも、あっちの世界では絶対にそれだけの気持ちだったんだ。

 ……娘だ娘だ、なんて言い訳しないで、俺もちゃんと自分の気持ちに向き合わないとなのかもな。

 ……こっちの世界に帰ってきて、体や精神年齢が若返って、考え方があっちにいた頃と少しだけ変わったことは事実だし。

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